第二十一話
「よう、あんたが噂の大塚さんか」
阿部さんに頼まれてレベルアップの手助けをする事になり、俺達は活動拠点を奥多摩ダンジョンに移す事となる。
奥多摩ダンジョンは東京都にあるダンジョンなので首相官邸にも近く、阿部さんが活動し易いからだ。
一番最初の、地元県にある大井山ダンジョンの攻略後、俺達は池上リーダー達と別れ、数箇所のダンジョン攻略に参加している。
攻略で一番の難関となる、九十五階層から百階層の探索とボスであるドラゴンの討伐の手伝い。
あとは、先日のミスリル収集のような緊急指令を受けるのが、最近の主な仕事になっていた。
あと、実はもう一人仲間が加わっている。
「一国の首相がダンジョンで殉職とか、洒落にならないと思うのだが……」
大学の同輩にして、現在は某県警機動隊に所属する男。
現在は、出向扱いで俺達と行動を共にしている回復魔法の名手にして、うちの秘書でもある瞳子さんにフラれ続けるMな奴。
今泉信吾、その人であった。
「すまねえな。うちの総理が」
「あっ、いえ。決して、批判とかそういう事ではなく」
「呆れただけです」
「大塚!」
地方公務員の今泉からすると、中央の政治家などは雲の上の人なのであろう。
えらく謙った態度であったが、俺はと聞かれると、別に今まで公務員をしていたわけでもないので、普通に接していた。
そんな俺達にすまなそうに謝るのは、現阿部内閣の副総理である朝生太郎氏であった。
年齢は七十歳くらいだと思うが、見た目はもっと若く見える。
レベルアップ効果で、身体機能が若くなっているのであろう。
服装は、ある時期に某国際会議で着ていたギャングのようなスーツ姿に帽子とマフラーで、本当にギャングのように見えるのが凄かった。
しかも、アナライズを使うと面白い事実が判明する。
「(ギャングのようなスーツ+27って……。これを着て、ダンジョンに潜ってたのかよ!)」
更に、後ろの秘書が持っている日本刀が目に入る。
同じく鑑定すると、兼定+28と出た。
さすがは金持ちと言うべきであろうか?
初期装備が、通信販売の五刃フォークの我々とは大違いであった。
「レベル44ですか」
「ああ、また上がったみたいだな」
「そうなると、また阿部さんが対抗意識を燃やしてですね……」
「別に、政治家が無理してレベルを上げる必要はないと思うけどな。俺のは、趣味だし」
「趣味なのか!」
聞けば、噂通りに漫画を読むのが好きなので、その影響でダンジョンに潜って魔物と戦闘とか、レベルアップとかに興味があったらしい。
そして実際に参加してみたら、面白くてハマってしまったそうだ。
「副総理も激務だからよ。ミノタウルスとか斬り捨てると、スカっとするんだ」
「わかります。その気持ち」
最初は、生き物の命を奪ってとか考えたし、実際にそういう抗議活動を繰り返す動物愛護団体も存在する。
アメリカでは、魔物保護のためにダンジョンに潜り、そこで魔物に殺された人達も居るらしい。
魔物と対峙している冒険者との間に割って入り、『魔物とはいえ、無意味に生き物を殺すのは!』と冒険者に向かって叫んだそうだ。
結果は、背を向けた事になる魔物に殺されて終ったそうだが。
人が死んでいるので不謹慎かもしれないが、始めにその話を聞いた時には何かのブラツクジョークかと俺は思ってしまったほどだ。
日本では、さすがにそこまでアクティブな人は居なかったらしい。
目立ちたいとか、周囲から尊敬されたいとかそういう邪な理由でやっているので、そこまではしないのであろう。
あと、ダンジョンの魔物はあまり血を流さないという点も大きい。
空子が言うのは、地球上のマナを材料に作られる一種の擬似生物なので、傷から少し滲み出る程度なのだ。
しかもその理由が、ダメージ判定のためのビジュアル効果だと言うのだから凄まじい。
そして、ダメージが限界に達すると光の粒子となって消えてしまう。
後に残されるのは、鉱石、魔石、アイテムのみであった。
一部、血がアイテムになる魔物も居るのだが、その場合は丁寧に壷に入った状態でドロップするのだ。
何とも、不思議なダンジョンではある。
「大塚さん達のような、若い世代が活躍しているようだね」
民間冒険者だと、意外と老人なども多い。
夢よもう一度とか、もう一回会社を起す資金のためにとか。
そういう人が多いのだ。
一方公務員組は、危険なのは若者に任せて、自分達は今の高待遇を確保したいという気持ちが見え隠れしているそうだ。
確かに、公務員組で四十歳を超えてダンジョンに潜っている人を見た事がない。
そのための、あの労組を使った給料上げ運動や、民新党の暗躍なのかもしれなかったが。
「中高年も子供を養っていたりで、大変な部分もあるからな。そこの所は理解してくれよ」
難しい話はそれで終わり、後は共通の話題となる漫画などの話で盛り上がっていた。
「しかし、アレだな。大塚さんは、女神様に可愛い婚約者で両手に華だな」
「そんな作品、ありましたね」
「ハーレム物ってか」
暫く話が盛り上がり、互いに携帯の番号やメアドなどを交換してから阿部さんの元へと向かう事にする。
朝生さんから『総理を頼むわ』と念を押されたのだが、肝心の阿部さん自体は心知らずというか、ダンジョンの前で一人落ち込んでいた。
「私の方が、大塚さんと先に知り合ったのに……。朝生さんはズルい……」
「なぜに、そんな理由で落ち込むんですか!」
「のう、義信。こういうのを、メンタルが弱いと言うのか?」
空子の的確すぎる指摘に、俺達は再び日本の将来を真剣に心配してしまうのであった。
「大塚さん! 倒しましたよ!」
「そうですね……」
落ち込む阿部さんを慰めつつ始まったレベルアップ作戦であったが、その成果は芳しいとは言えなかった。
人間個人には、それぞれ差がある。
初期の能力値、レベルアップ時の成長値、レベルアップ上昇速度、限界レベルなどと。
普通の人ならば、レベル五十になればダンジョン最深部への探索に参加可能な能力は得られる。
もっとも、レベル三十に達するかどうかで一人前の冒険者扱いされるかの試練があり、ここで挫折する者も多い。
一般社会に出て他の仕事を探したり、低階層専門の冒険者になるかだ。
低階層専門でも、良く統計で出る一般サラリーマンよりは確実に稼げるので、低階層専門になる人が多いのだが。
次に、レベル四十、五十と壁が訪れる。
民間でこのレベルに達する人は、ほとんどいない。
ダンジョン攻略の大半が、自衛隊や警察主体で行われている理由でもあった。
この頃は、次第にノウハウが掴めて来たようで、民間冒険者でも深階層に潜る人は次第に増えていたが。
「阿部さん、十一階層でウサギを倒しませんか?」
「大丈夫かな?」
一緒に行動してみた結果、阿部さんに冒険者としての資質は存在していない事を確認する。
まずは、レベルの上がりが異常に遅いのだ。
それでも、レベルアップに伴う身体能力などのアップが激しければまだ芽は残っている。
だが、そういう事も無いようだ。
更に、ダンジョンは危険なので慎重なのは結構なのだが、慎重にも度が過ぎる人も駄目だ。
阿部さんは、そういう部類の人間に入るようであった。
低階層専門で動くなら短所にはならない性格だが、これで朝生さんのレベル四十超えは不可能なのだ。
「もうスライムやゴブリンを倒しても、そう簡単にレベルは上がりませんよ」
原理としては、RPGで最初の町周辺でレベルアップをずっと続けているに等しい。
次第に、何万、何十万、何百万と倒さなければレベルが上がらないのだ。
「でも、大丈夫かな?」
「……(義信ちゃん、あまり深入りしない方が……)」
しかし、本人は乗り気ではない。
というか、これで朝生さんと張り合うのは難しい。
気が付いた理沙が小声で耳打ちするが、確かにここで無理に下の階層に行って何かあったら大問題になる。
そんなリスクは、敢えて犯さない方が安全であろう。
どうしようかと思っていると、今度は空子が耳打ちをしてくる。
「(義信は、ゴールデンプラチナスライムを知っておるか?)」
「(そんな魔物が居たんだ)」
「(滅多に出会えないからの)」
出現階層は、一階層から十階層。
名前の通りに、キラキラと黄金色に輝くスライムなのだそうだ。
「(強さは、普通のスライム程度じゃが……)」
倒せば、誰でもレベルが二十から三十は上がり、金かプラチナの鉱石、魔石、貴重なドロップアイテムもあるらしい。
まさに、今日の目的に相応しい魔物であった。
「ただ、出現率が奇跡に近い」
出現率は、百万分の一。
道理で、今まで一度も拝んだ事が無いはずだ。
「それは、さすがに無理じゃと思うぞ」
阿部さんの慎重過ぎる戦い方に、同じく匙を投げた善三さんが意見する。
そんな、出現するかどうかもわからない魔物に期待するのは良くないと思っているようだ。
「ですが、阿部さんを猪とかと戦わせるのもねぇ」
「確かに、無理じゃの……」
「では、ここは我の『確率変動』で」
「この魔法、碌な目に遭わないのよね」
死の危険は無いが、地味に嫌な目に遭う魔法なので周囲の評判は良くなかった。
しかも今回は、百万分の一を高確率にするのだ。
当然、その副作用は相当な物であろう。
「しゃあない。やってくれ」
「わかった」
俺達は覚悟を決め、空子に魔法発動を頼むのであった。
「はははっ、無事にレベル45になりましたよ。ありがとう、大塚さん」
「はあ……。それはどうも……」
数時間後、奥多摩ダンジョンから外に出た俺達であったが、阿部さんは無事にレベルを上げる事に成功し、その機嫌は良かった。
ただし、護衛のSP達の表情は暗い。
みんな、まず最初に例外なくパンツのゴムが切れた。
一見大した事に思えなくもないが、地味に嫌なアシデントである。
ついでに、既婚者である男性SP氏は奥さんから離婚調停を依頼したとメールが入り、もう一人は自宅に駐車していた自家用車が盗まれたと警察から連絡が入りと。
まさに、悪夢再びという情況に見舞われていたのだ。
かく言う俺も……。
「はい、大塚ですが」
「私だよ。母さんだけど」
「……」
オレオレ詐欺ならぬ、ワタシワタシ詐欺の電話がかかってきたり。
「大塚義信さんへ。また合コンしましょう」
「へっ?」
「ほら、大学時代に」
何年も前に合コンをした相手から、なぜか再び合コンの誘いが入り。
「義信ちゃん?」
「義信?」
「知らん! というか、なぜに今! 阿部さん!」
「おかしいな? 大塚さんの情報秘匿は完璧ですよ。純粋に、その女性が大塚さんに会いたいのでは?」
「なお、悪いわ!」
当然、そんな事は許さない理沙や空子に白い目で見られる事になってしまう。
『なぜこんな事が急に?』というのが、この確率変動魔法の副作用であったのだ。
あと、俺達も全員例外なく今度は靴下のゴムが切れている。
理沙と空子は、ブラのホックが壊れたそうだ。
「セクハラ魔法よ」
「さすがは、地味に嫌な部分を突いて来る。もう使いたくないの」
「そうですか?」
「SPさん達の気持ちを察してあげてください」
しかも嫌な事に、肝心の阿部さんには何の不幸も起こっていなかった。
唯一、パンツのゴムが切れただけだ。
「でも、これでレベル45ですからね」
一国の総理が、片手間で上げられるレベルではない。
国際会議でも、数字で負ける事はないはずだ。
「というか、政治家なのじゃから、政治能力が全てだと思うがの」
空子の言う通りではあるのだが、それだけでも難しい局面があるのも事実で。
何にせよ、無駄に疲れた一日でもあった。
だが、数日後にまた阿部さんが来襲する事になる。
「朝生さん、もうレベル47なんですよ! また、密かにダンジョンに潜ってレベルを上げていたんです! ここは、私もドラゴンなどを……」
「知るか!」
相手が一国の総理でも、さすがにキレてしまう俺であった。




