第十八話
「『九十五階層、この階層のボスであるケルベロスの討伐に成功。火炎攻撃は激しいが、これは魔法防御力に優れた装備か、マジックバリアの魔法で対応可能。高レベル冒険者ならば、先に遠距離攻撃で弱らせておくと勝率が大幅にアップする模様である』と……」
機動隊選抜メンバーと大井山ダンジョン攻略を開始して二週間、既にパーティーは九十五階層をクリアーしていた。
何しろ、外部の通常ダンジョンは広い。
小さい物でも五キロ四方はあるので、まともに攻略していたら時間が足りなくなってしまう。
そこで、阿部総理からは日本は国内の全ダンジョンクリアーが目標と聞かされていたので、空子の探知魔法でその階層のボスの気配を探り、一直線にそこを目指すという方法で時間を節約していた。
一見無謀に聞こえる方法ではあったが、実は意外と危険が少なかった。
同階層に散っている他の魔物達がほとんど反応できなかったし、進路上の魔物も高レベルの俺達にかかればそう難敵でもない。
この二週間で、機動隊メンバーも大幅にレベルアップしていたので戦力にはなっていたし、実力のあるパーティーを数組同時に、同階層の別方向に展開して魔物達を引き寄せる戦法が開発されると、攻略は劇的な速さで進んでいた。
なお、この方法は大井山方式と呼ばれて、他のダンジョンでも使用される事となる。
「ドロップアイテムは、プラチナ鉱石、魔石、皮、牙、エリクサーです」
「ありがとうございます」
それと、もう一人仲間が加わっていた。
阿部さんから、俺達付きに任命された瞳子さんだ。
初日はダンジョンの外で俺達を待っていたのだが、次の日からは、外に居ると仕事である俺達へのサポートが完璧に行えないと、完全武装で俺達に同行していたのだ。
何でも彼女、高校時代は薙刀道をしていたらしく、薙刀に防具をフル装備で参加していた。
最初は、正直に言えば足手纏いだったのだが、今ではレベルも上がって自分の身くらいは守れるようになっている。
そして自分のタブレット端末で、俺達の戦闘レポートや、詳細なダンジョン情報などをマメにメモしていた。
その仕草は、さすがはキャリア官僚と思えるほど賢く見える。
可哀想だが、今泉には高嶺の華であろう。
本人には、面と向かっては言えなかったが。
「情報の共有化かえ?」
「はい、他のダンジョンにも共通する事項があれば、それは同胞への助けになります」
ここら辺が日本人らしいとでも言うべきか、日本ではダンジョンに潜る冒険者にダンジョンや魔物の情報が与えられるのだ。
今の所は、民間人は二十階層までとか、小額とはいえ有料など。
些かセコい面もあったが、民間人でもちゃんと装備を準備し、数名で組んでダンジョンに潜れば、よほどバカでもなければかなり割りの良い稼ぎを得る事が可能であった。
しかも、レベルアップで身体機能も増幅し、アンチエイジング効果まであるのだ。
現在、低階層での探索が一部ではブームになりつつあった。
一部なのは、やはり毎週一人は出る死者が影響しているのであろう。
株式やFXなどと同じで、すぐにやってみようと思う人と、やはりどうしても慎重になってしまう人がいるのだ。
別に、手を出す人が時勢に乗れているから正しいとか、半ば博打的な行為なので悪いという事ではない。
どちらを選択するのも、個人の自由としか言いようがなかったのだ。
『みなさーーーん! ここが、東京都にある奥多摩ダンジョンの一階層でーーーす!』
この前、何となしにテレビを付けたら、見た事も無いお笑い芸人、二流アイドル、自称探検家、自称ダンジョン評論家でパーティーを組んで一階層でスライムを突いている番組があった。
あとで阿部さんに聞いたら、一階層だけならと許可を出したらしい。
まあ、一階層で死ねてしまう人は逆に物凄く貴重なので、番組の収録自体は大丈夫なようではあったが。
何でこんな番組がと思ったら、スポンサーは大手製鉄メーカーと金属加工メーカーなどであった。
なるほど、ダンジョンに潜って鉱石を集めて来いという事らしい。
「他の国では、考えられないんでしょう?」
「そうですね」
如何せん、金が絡むので外国では情報の共有などは行われていないらしい。
一部ネットなどで未確定情報として流れていたが、間違っている情報も多く、それが原因で死んでしまう冒険者もいるそうだ。
「それでも、現時点で一番攻略が進んでいるのはアメリカです」
さすがは、世界一の大国。
もう僅かではあったが、日本を追い抜いているらしい。
アメリカ本土のダンジョンは百七箇所と日本と大差は無かったが、一つ一つのダンジョンの階層が広いそうで、三年以内に全て攻略できるかどうかギリギリだと、日本政府は分析しているそうだが。
「あの国では、完全な実力主義を導入しています」
アメリンドリームは、自分の実力で掴む。
いかにもアメリカらしい発想により、民間人でも、公務員でも、軍人でも。
最初にダンジョン百階層をクリアーした個人及び、パーティーには一億ドルを進呈する。
このように発表し、実際に成果も挙がっていた。
「万が一に備えて、グリーンベレーなどの特殊部隊員で構成されたパーティーも密かに投入されています」
その辺は、抜かりがないようだ。
多分、ほとんどのダンジョンを攻略するはずで。
もしそうなれば、アメリカは相変わらずの資源大国の地位を保持するはずであった。
「逆に、中国が駄目ですね」
あそこの国の人間の発想は、ダンジョンで自ら危険を犯して虎の子を得るのではなく、虎の子を得て来た人からいかに騙し取るかで五千年を生きて来ている点にあった。
なので、ダンジョンに潜っている人達のモチベーションが低く、いまだに四十階層に達しているダンジョンが無いそうだ。
ケツを叩かれても、動かない。
どうせ動いて成果を挙げても、それがピンハネされるのがわかっているのだから当然だ。
「中国の場合は、ピンハネじゃないのです。ハネられる方がピンですから」
酷い言い様ではあったが、事実なので笑えない。
正直、これで大丈夫なのかと思ってしまうが、中国は三年以内にダンジョンを攻略しないと消える事実を知らない。
多分、気長に余っている愚民や反乱予備軍を使い潰しながら財を蓄積し、後発でダンジョンを攻略すれば良いと思っているのであろう。
「あの半島も、駄目ですね」
向こうもにっちもさっちも行かないらしく、また偉そうに『過去への謝罪と賠償代わりに、ダンジョンを攻略する人員と技術を寄越せニダ』と上から視線で日本政府に要求し、阿部さんの顔をヒクヒクさせたようだ。
「あんな連中なんて、無視するに限る」
別に、差別意識があるわけではない。
全く無いとは言えないが、それなりの大学で柔道をしていた影響で、在学中に親善試合や交流戦の名目であの国の連中と数度戦っただけである。
人の足を怪我させようと、蹴りに近い足払いを連発。
人の選手生命を奪うつもりにしか見えない嫌らしい関節技に、審判の死角での反則の数々。
もう少し、その努力を純粋に強くなる方向に向けろよと思っただけなのだ。
交流試合後、半ば恐喝紛いにうちの女子学生をナンパというか連れ去ろうとして、うちの母校では韓国選手との交流戦は行事としては消滅していたが。
「酷い話ですね」
「なぜか、学生自治会の連中とか、左曲がりの教授が文句を言いに来ましたけど……」
『外国での試合で少し興奮していただけなのに、その一度をミスで交流禁止なんて酷い! 差別だ!』と、学長室で喚きたてていたらしい。
正直、意味不明である。
「なるほど、関わるだけ不幸になる連中じゃの」
「そういう事だから」
もう、その話はお終いである。
とにかく今日は、九十五階層を無事にクリアーできた。
だが、まだ五階層ほど残っているし、思うにまだ瞳子さんはレベル的に足手纏いでしかない。
とにかく、もっとレベルを上げるべきであろう。
「レベルは、自分で魔物を倒さないと上がりません。よって、今日はなるべく止めを瞳子さんに刺させてレベルを上げる方針で」
「そうだな。俺達も賛成だ」
「俺も!」
瞳子さんに惚れている今泉はともかく、池上リーダーが賛成したので、今日はこのまま九十五階層で彼女のレベルを上げ続けるのであった。




