第十七話
「ふう、良い湯加減じゃの」
今日のダンジョン攻略を終えた夜、俺達は大井山ダンジョンの近くにある渡良瀬温泉でその日の疲れを癒していた。
元々、大井山は休火山に属する山として有名であり、当然その近辺からは温泉が沸く。
それが渡良瀬温泉であり、勿論温泉宿も設置されている。
あまり知名度は無いが、高級な宿も存在していて、そこは芸能人や政治家などのお忍び専用の宿として利用される事が多かった。
たまに週刊誌に、『有名俳優Aが、ドラマで競演した有名女優Bとお忍びで、高級宿に……』とか記事が書かれるのだ。
あと、『民自党の若手議員Cが、奥さん以外の女性と……』という記事も見た事がある。
阿部さんに、『若手議員Cさんは元気ですか?』と理沙が聞いて、彼は顔を顰めさせていた。
空子に至っては、『良い宿を知っておるの。誰かと来た事があるのかえ? 総理』などと聞いて、秘書やSP達がなぜか視線を逸らしていたほどだ。
同じ男として、そこは聞いてあげてはいけないのだと俺は思う。
政治家なのだから多少の色はあっても良いのだと思うし、俺自身も空子の件では人の事は言えないからだ。
『というか、大塚さん。私が浮気をしているのが前提なんですね』
その後、表情を読まれて阿部さんにジト目で見られてしまったのだが。
そんなやり取りの後、今この高級宿は、ご覧の通りに阿部さんの命令によって俺達専用にされている。
俺達四人に、護衛も兼ねた機動隊パーティー、瞳子さんに、運転手や護衛の人達など。
主にダンジョン探索関係者によって、借り上げられていたのだ。
当然、こんな宿にもうお忍びで来る芸能人や政治家はいない。
なぜなら、俺達にモロに目撃されてしまうので、他の宿に行った方が懸命であろうからだ。
それに、どうせ俺達が来る前から、ダンジョン関係者で温泉地は人で溢れ返っている。
日本のダンジョンは、基本的に自然が多い山の麓にある。
攻略を目指す人達に一番問題となるのは、宿泊先の確保であった。
その点、この大井山ダンジョンは渡良瀬温泉のおかげで恵まれてはいる。
渡良瀬温泉側も、近年観光客の減少で悩んでいた事もあり、ダンジョン関係者で宿泊施設の利用率が百%になって大喜びなのだそうだ。
今では、旅館やホテルなどの新規建築が進んでいて、露天風呂からもそれが見えていた。
世の中、なかなか利に聡い経営者が多いようだ。
「さて、今日は子作りでもするか?」
「お前に、恥じらいはないのか?」
「おおっ、まずは理沙が先かの?」
「お前なぁ……」
「まだダンジョン探索もあるし、子供はもう少し先で」
「いや、理沙も普通に答えなくて良いから」
「残念じゃの。早くひ孫の顔が見たいのじゃが」
「善三さんもだ!」
相変わらず、空子を含めて理沙も善三さんもマイペースであった。
しかも誰に聞かれても、この絶世の美女は、俺と子供を作って空子のダンジョンを継承させると答える。
おかげで、阿部さんからもクドい程に釘を刺されていた。
『資源確保の多様性の面も含め、大塚さんは空子さんと子供を絶対に作ってください。子は宝! 安定した日本社会の維持には、子供が不可欠なのです!』
『ですが、俺には理沙がいまして……』
『あなたほどの方が、女性二人も養えないと?』
以前は自分一人すら怪しかったが、今では可能ではある。
かと言って、この一夫一妻制の世界で一夫多妻制など法でも保護されていないので難しいのではないのか?
金持ちや政治家なら隠し子くらいは居そうではあったが、元は庶民の俺にそんな発想はなかったのだ。
『それに、フェミニストな方達が五月蝿いでしょうに』
『いえ、これから世界は大きく変わります! ついでに、新しい法を強引に通す計画です! 憲法も改正して!』
阿部さんは少々エキサイトしているようであったが、この混乱を利用して何かを企んでいるらしい。
一部報道では、『軍靴の足跡が~』とか言われていたが、考えてみるに資源も無いのに戦争もクソも無かった。
今持っている武器弾薬を使い切れば在庫など無いであろうし、ようやく少量ずつ確保できるようになった貴重な金属資源を弾薬に使ったら、さすがに世論はブチ切れてしまうであろうからだ。
「恥じらいか? 無いとは言わぬよ。だが、他の男とそういう事をするつもりもないがの」
こんな俺のどこが気に入っているのか疑問ではあったが、今泉に言わせると、『従順そうなしもべ君だからかも』なのだそうだ。
久しぶり会った友人だが、失礼な奴である。
自分はドMで、近寄り難い美人である瞳子さんをお酒に誘って断られた癖に。
機動隊メンバーは、今泉以外は全員既婚者でライバルが居ないと思ってハッスルした結果が、ご覧の有様なので同情も出来なかった。
なお、他のメンバーは、宿の売店で家族に渡すお土産を選んでいた。
マッスルなのに、ほのぼの過ぎて似合わない光景だ。
「私は、良いと思うけどね」
婚約者にして、もう実はそういう関係にもなっている理沙が空子の存在を容認している一人だ。
ダンジョン探索で苦楽を共にしているし、見た目は同年代なので友人同士にもなっていたからだ。
「我に、本妻などという立場は似合わぬからの。ユラユラと義信を振り回せれば良いのじゃ」
「おい……」
随分と失礼な事を抜かす、元白キツネである。
「現実に、義信は我の思う通りに動いておるぞ。何の因果か冒険者としてダンジョンに潜っておる」
「言い返せねぇ……」
別に断っても良かったはずなのに、俺は空子の言うままにダンジョンに潜りつつ完全攻略まで果たしている。
レベルアップをして普通の人間よりも遙かに強くなってしまったし、魔法まで使えるし、現役の総理大臣と知り合いにもなってしまった。
俺はそう賢い人間でもないので、個人的にはこれも運命かと思っているのだが。
「今は、美女二人と混浴という幸運を噛み締めい」
口と中身はアレだが、空子は誰が見ても絶世の美女でスタイルも素晴らしく、理沙も背は小さいが意外と胸もあったりする。
思うに、これは今までモテない君であった俺に訪れた最後のモテ期なのではないかと。
そのように感じてしまうのだ。
「さて、この旅館の夕餉が楽しみじゃの」
「結局、それかよ!」
やはり空子は、普段通りに旅館で出される夕食が一番気になっており、夕餉の席では何回もお替を要求し、宿の人間を呆れさせる事となるのであった。




