第十六話
「大塚か! 久しぶりだな!」
「おおっ、今泉か! 本当に久しぶりだな。そういえば、警察官になったんだよな」
「ああ」
いよいよ大井山ダンジョンへと到着した俺達であったが、まずはサポートメンバーとして俺達を補佐してくれるパーティーを紹介される。
メンバーは、男性が五人。
平均年齢は三十歳前後くらいで、全員が地元県警機動隊出身の猛者ばかりなのだそうだ。
そしてその中に、一人の知り合いが居た。
俺の出た大学は、そこそこ柔道が強い大学でそれなりに歴史もある。
当然警察官になっているOBやOGも多く、俺の同期にも数名は存在している。
今挨拶をした、今泉雄吾もそうだ。
彼は、柔道百キロ級で県の代表にも選ばれた有力選手であり、オリンピックには届かなかったが、そういう逸材は警察などへの受けが良い。
OBなどの推薦もあるので、順風満帆に警察官になっている。
体格も良いし、年配層への受けも良い男なので、見事厳しい選考がある機動隊へと配属されていたのだ。
まさか、ダンジョン探索がメイン業務になるとは彼自身も思わなかったのであろうが。
その点においては、彼にも人生の『まさか』が訪れていたとも言える。
「ある程度の事情は、ボカされて聞いている。公務員だから、守秘義務のあるから外部には漏らさないさ」
その辺は、警察は色々と厳しいと聞いている。
信用して構わないであろう。
「今の所、このパーティーが最精鋭なんだ」
リーダーである池上博隆氏三十二歳既婚、階級巡査部長。
素晴らしく鍛えられたナイスガイなゴリラ。
サブリーダーである田中充氏三十歳既婚、階級巡査部長。
素晴らしく鍛えられたナイスガイなマッスル。
どうにも、機動隊にはこういう人が多い。
俺も元は体育会系なのだが、大分一般人寄りになっているので少々暑苦しく感じてしまうのだ。
実際に話してみると、とても良い人達なのだが。
全員、機動隊の装備に追加で一部腕などを保護するプロテクターを追加している。
盾は、ニュースで海外から要人が来た時に持っているあの盾であった。
新しい透明な方ではなく、昔のジュラルミン製の方であったが。
多分、古い備品を倉庫から引っ張り出して来たのであろう。
アナライズで見ると、機動隊の盾+16となっている。
武器は、警棒、警杖、自由選択の武器などを装備していた。
池上リーダーは、メインに槍で、サブに警棒。
田中サブリーダーは、メインに剣で、サブに警棒。
今泉を含めて、平均レベルは37。
到達階層は、最高で四十二階。
そう悪くない成績だとは思う俺達であった。
「今泉は、警杖メインか?」
「俺、回復役なんだよ」
えらくゴツい回復役が居るものだと思ってしまうが、治癒魔法が使える人材も収納魔法ほどではないが貴重だ。
日本では、人員の消耗を抑えるべくドロップした回復アイテムの使用権は最優先に現場となっている。
なので、なかなか外にポーション類を持ち帰れない。
現場で使われてしまうからだ。
この件で、テレビなどで無責任に文句を言う連中も多い。
快癒薬は複数回用いればガンなどにも効果があるし、毒消しはどんな毒の解毒にも対応する。
特にランクが高い毒消しだと放射線障害にも対応するので、これは一つでも確保するようにと、政府から特別命令も出ているほどであった。
ポーションに至っては、ランクによっては失った体の一部すら復活させる事が可能であり、後天的な物なら失明や失聴にも効き目があった。
なので彼らは、『頑丈な機動隊の連中よりも、病気で苦しむ一般人に優先すべき』などと言い始めたのだ。
結果は、それでも毎週のように殉職者が発生する現状が放送されると、『なら、お前がダンジョンに潜って可哀想な人に薬を渡せ!』、『お前は、何様なんだ!』と非難され、遂にテレビでは見なくなっていた。
聞けば、その自称知識人は某大陸からお金が流れていたらしい。
何でも中国では、実際にダンジョンに潜っている冒険者が薬を使う事が禁止されているらしい。
権力者とその係累や、一部政府と繋がった金持ちなどに、ポーション類が流れているからなのだそうだ。
そういう事をしているから、なかなか攻略が進まないのであろうが。
「自己紹介も終えた事だし、潜るとしましょうか?」
「そうですね。ご協力に感謝いたします」
池上リーダー以下は、マッチョではあったが言葉遣いは丁寧であった。
俺達が、外部の人間だからという理由もあったのであろうが。
入り口のゲートで身分証明書を提示し、二グループ合同での探索がスタートする。
すると、俺はふとゲート横で恨めしそうな視線を向ける六名ほどのパーティーを見付ける。
どうやら、池上リーダー達と同じ種類に属する人達のようだ。
「なあ、今泉」
「消防の災害救助チームで構成されたパーティーなんだよ」
今泉が、小声で説明をしてくれる。
何でも、この大井山ダンジョンの攻略速度は全国でビリなのだそうだ。
当然、県のお偉いさんは下に文句を言うわけだ。
ビリだと恥ずかしいじゃないかと。
そこで、政府からのテコ入れで高レベルパーティーが派遣されるいという知らせが来るのだが、さてどのパーティーの応援に入れるのかが問題となる。
散々に、OBやらOGやら地方議員やらの、水面下での醜い狂騒の挙句、『一番成績の良いパーティーで良いじゃないか』という結論に至ったらしい。
全く、無意味な論争とも言える。
まあ、日本人らしいと言えばらしいのだが。
「消防のパーティーも、そう戦闘力では変わりないんだよ」
装備の優劣などは、長時間使えばレベルアップ時の魔力付与でそう性能は変わらなくなるのだ。
となると、肝はいかに人間がレベルアップするかに掛かっている。
「幸いにして、このパーティーは今泉が治癒魔法を使えますから」
今泉は、中級の治癒魔法が使えるそうだ。
治癒魔法が使えるメンバーがいると、攻略のスピードが全然違う。
何しろ、ポーション類はそう簡単にドロップするわけでもないので、パーティーの誰かが怪我をすれば撤退も視野に入れなければいけないからだ。
治癒魔法が使えれば、よほどの重傷や死亡でなければ探索は続けられる。
この差は、大きかった。
「とはいえ、今日はパーティーの実力を確認する程度で、明日から本格的に行こうと思います」
池上リーダーの方針に全員が頷き、いよいよ四十三階層からの探索が始まる。
外部のダンジョンは、空子のダンジョンに比べると圧倒的に広いのだそうだ。
最低でも五キロ四方ほどで、天井も高く、魔物の数も多い。
四十三階層は、黄色い狼のような魔物が多数徘徊するエリアであった。
まるで雲霞のように襲い掛かる狼を倒しながら、少しずつマッピングもしながら進んでいく。
ただ、全てを調べてからでは時間が足りないので、まずはボスを最優先で探して倒し、下の階層に移動可能にする。
残された未到達エリアは、後続のパーティーに探索を任せるという決まりになっていた。
「あっちに、一番強い魔物の気配を感じるの」
空子は、いきなりこういう時に隠し玉を見せる。
魔物が魔力の元であるマナから出来ている関係で、探知の魔法でボスの大まかな居所がわかってしまうらしい。
というか、その魔法をいつものダンジョン探索で使用して欲しかったものだ。
「あの程度のダンジョンで使ったら、義信達への鍛錬にならんわ」
確かに空子の言う通りで、初の外部ダンジョンで緊張してはいたのだが、実際に蓋を開けると全く苦戦をしていなかった。
襲い掛かる狼の群れを、俺と善三さんは五刃フォークをぶん回して。
突き刺さなくても殴るだけで倒せてしまうので、池上リーダー達も驚いているようだ。
続けて、空子と理沙が中級の広範囲魔法でなぎ払うと、跡には数百もの鉱石と魔石に、疎らにポーションなどのアイテム類が残されていた。
「さて、回収回収と」
それを俺は、次々に収納魔法で収納していく。
「収納魔法って、便利なんだな」
「運搬道具がいらないからな」
普通なら、後続の運搬専用パーティーに任せるそうだ。
彼らは極力戦闘を避け、リアカーなどでドロップアイテムを回収していく。
金にはなるそうだが、配置されるのは戦闘能力が低い人が多く、一番殉職者が出るそうだ。
「動力付きだと、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、電動。全部動かないそうだ」
「馬車は?」
「馬の準備がな」
そういう物なので仕方が無いと言えばそれまでだが、現在鉱石と一緒に採れる魔石で動く動力の研究を開始させたと、阿部さんが言っていたのを思い出す。
あと、魔石による発電なども空子が可能だと言ったので、同時期に研究はスタートしたそうだ。
「今日中にボスを倒しましょう」
「そうだな」
この後も順調に探索は進み、この日は四十五階層のボスまで倒して探索を終える事となる。
この成果に、池上リーダー達は驚いていたようだ。
「一日で、三階層攻略とは凄い」
「レベルも、上がりやすかったような」
機動隊パーティーは、今日だけで全員レベルが四十を超えていた。
これも、空子をパーティーメンバーに入れる利点でもあったのだ。
「我の身は一つなので、そう指名を受けても引き受けられん。じゃが、そなた達が慎重に探索を進めてくれていて良かった。基本的に五名以上で治癒師を含むメンバーなら、平均レベルが五十を超えていればクリアーはそう難しい物でもないからの」
一度クリアーしてしまえば、もうダンジョンが消える危険もない。
そうなれば、じっくりと高レベルのパーティーを育成して鉱石を大量に獲得できるようになる。
空子は、池上リーダー以外にそう説明していた。
三年以内に攻略しないとダンジョンは消えるという事実は、当然ボカしてだが。
「ご苦労様でした。大井山ダンジョン攻略中の宿にご案内します」
ダンジョンから出ると、そこには瞳子さんは待ち構えていた。
彼女は、俺達の秘書兼マネージャーのような仕事を仰せつかっている。
他にも、完全防弾の移動用のリムジンに、専属の自衛隊員らしき運転手にボディーガードと。
いつの間にか、俺達はとんでもないVIPになってしまったようだ。
「なるべく早く、農家に戻りたいの」
「戻れるのかな?」
「意地でも戻るのじゃ。そのために、こうして無理をしておる」
少し未来への不安も出てしまうが、それはこの人物には通用しなかった。
「聞いた話によると、女神様は近くの温泉にある最高級の宿に泊れるそうですよ」
「おお、温泉か。楽しみじゃの。ちなみに、何か美味しい物は?」
「温泉の湯気で蒸かす饅頭が人気ですね。まあ、どこの温泉にもあるんですけどね」
「いいの。温泉饅頭か」
今日の探索のおかげで、池上リーダー達は空子を女神様と呼ぶようになっていた。
そしてそれに気を良くした空子は、暫く逗留する宿の情報彼らから聞き、その高級宿で出る食事に胸を躍らせる。
「凄い大物だな」
「義信は、空子と子供を作らないといけないんだがな」
「善三さん、それは理沙の祖父としてはどうなの?」
「仕方が無いと思っておる。義信は、空子の下僕だからの」
「下僕かよ!」
俺は、帰りの社内で善三さんの発言に大声で突っ込みを入れる。
と同時に、瞳子さんや、運転手さんに、護衛の人達まで頷いていたので心にダメージを受けるのであった。




