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ダンジョン発掘物語   作者: Y.A


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第十五話

「田井中さん、急なお国のお仕事だって聞いたけど、頑張ってなぁ」


「ありがとうございます。頑張って来ます」


「理沙ちゃんも、義信君もなぁ」


「行って来ます」


「留守をお願いします」


 俺、空子、理沙、善三さんの四人は、近所の住民達からお見送りを受けていた。


 急転直下、いきなり総理大臣の訪問と要請を受けた俺達は、日本国内に発生したダンジョン攻略のため、暫く農業を休業する事となったのだ。


 必要な着替えなどの荷物に、使い慣れた五刃フォークや農作業用ツナギなどを持ち、黒塗りの高級車でまずは県内唯一のダンジョンへと向かっていた。


「大井山ダンジョンは、現在県警機動隊有志と消防隊有志によって攻略が行われています」


 黒塗りの車内で、俺達付きになった若い女性が説明を始める。

 内閣府の所属で、経済産業省から出向している東大出のキャリア官僚なのだそうだ。

 昨日、『大塚さん達付きにしますから』と阿部さんから電話があった。


 黒木瞳子さんは、スーツ姿の良く似合う、キリっとしたいかにもキャリアウーマンと言った感じの女性だ。

 ショートカットが特徴の活動的に見える美人だが、少し近寄り難いタイプの美人。

 というのが、第一印象であった。


 年齢は、今年で二十五歳。

 俺よりも、一学年上というわけだ。

 同じ県出身だが、別に同校生というわけでもない。

 聞けば、県内で一番東大生を輩出している私立高校の出身で、俺に縁があるわけがなかった。


 理沙などに言わせると、自分はバカ女子高の出なので雲の上の人なのだそうだ。

 まあ、言うほど理沙の学校は酷くない。

 極めて、普通の学力を持つ人が行く女子高なのだが。


「自衛隊はわかるけど、警察と消防も体を張っているんだよね」


「はい。実際に、もう犠牲者も三名出ています」


 これには、複雑なお役所同士のライバル心もあるようだ。

 多くの人が住んでいる都市部から離れた山地とはいえ、そこに突如発生した魔物が住むダンジョン。

 だが、魔物はダンジョンからは出ないので、警察と消防は最初は入り口だけ警戒して手を出さないでいた。


 ところが数日すると、政府の命令で自衛隊が部隊を潜入させる。

 最初の富士山麓に突入した部隊は散々であったが、その犠牲を糧に攻略も進み、次第に鉱石や素材やアイテムなども手に入り、結果に気を良くした政府は自衛隊の大幅増員と予算増を確約。


 こうなると、一部マスコミが『軍靴の足音が!』などと騒ぎそうな気配なのだが、自衛隊が国内で魔物の掃討に当たったところで治安維持の枠内でしかなく、鉱石が入手できると知ると、一気に反自衛隊論はマスコミから消滅した。


 それはそうだ。

 マスコミは大手ほど、その鉱石を必要とする企業から多額の広告費を取っているのだから。


 そして自衛隊によって探索が進み、成果が増えると焦るのは警察と消防だ。


『えーーー、万が一にもダンジョンから魔物が出て来て、町を襲うという可能性もありまして……』


 結局、警察や消防も治安維持やら防災の観点からなどと法を曲解して精鋭を送り出す事になる。

 当然犠牲も出たが、それは多額の保障などで誤魔化したようだ。


 成果が挙がると、政府は警察と消防の人員と予算の総額も容認する。

 送り出した訓練済みの精鋭の替わりに、通常業務を行う人員の補充という面もあったからだ。

 

 一部から予算増額への批判もあったが、それはすぐに収まっていた。

 魔物には、銃などが効かない。

 装備品も、ダンジョン内でレベルアップによる強化を行うしかなく、予算の大半は人件費と初期の武器防具代のみ。


 失業率の低下に貢献するし、獲得した鉱石などは企業に販売するので、毎年増え続けていた国債発行額はむしろ減ると予想されていた。


 極めて利益率の高い、国家が運営する資源公社が財政を大幅にプラスにするからだ。


 結果、ここにダンジョン攻略国家プロジェクトがスタートしていた。


「自衛隊の手が届かないダンジョンでは、現在警察や消防が積極的に関与していますね」


 自衛隊という組織は、さほど人員が多いわけでもない。

 なので、急ぎ攻略ダンジョンを増やして本来の国防に戻りたいという面もあった。


「幸いにして、現在世界中の国が軍をダンジョンに送り出しているという点ですか」

 

 他所に、ちょっかいをかける暇が無いとも言えた。

 他国からの、特に某隣の大陸や半島からの工作員やスパイ活動などは相変わらずなので、これには警戒が必要であったが。

 どこの国が、どれくらいダンジョンを攻略してどのくらい資源を手に入れたのか?


 高レベルの有望な冒険者がどれくらい居るのか?


 これからも、金属資源をダンジョンから得ないといけなくなったこの世界において、新たな国力の指標にもなるからであった。


「俺達も、早く兼業冒険者に戻りたいですね」


 攻略されていないダンジョンが消えるまでの期間。

 これが、阿部さんとの約束の期間であった。

 

 その間、なるべく多くのダンジョン攻略に協力代わりに、日本政府は極力サポートをするし、おかしな連中からは必ず護衛する。

 護衛は、一生確実に行うと言われている。


 なぜなら、空子が指定した俺達しか入れない『空子のダンジョン』の存在があるからだ。

 実はあのダンジョン、レベルは早く上がるし、鉱石やアイテムの獲得効率が物凄く良いらしい。


 とはいえ、全体量で考えると富士山麓他のダンジョンよりは劣るわけで。

 要するに、空子とその子孫に『空子のダンジョン』の権利を永劫譲るという密約も含まれていたのだ。


『そもそも、国家で奪い取るのは不可能じゃぞ』


 たまたま便宜的に庭の社から出入りしていたが、それが可能なのは空子だけで、一緒に入れるのも彼女が認めた人間だけ。

 今で言うと、俺、理沙、善三さんだけである。


『ですが、空子さんは長い年月を生きられるのでは?』


『そこは、誤解じゃの』


 今のように起きている状態では、俺達とさして違わない年数しか生きられないらしい。

 この百万年の大半は、内乱で衰退した母国が復活する淡い期待を込めて休眠状態にあり、外部からの知識は魔法による一種の睡眠学習であったそうだ。


『レベルアップした人間は、若い時間が長くなって寿命も延びる』


 レベル五十以上になると、平均年齢が百五十歳くらいになり、若い時間が百二十年以上も続くそうだ。


『我もそのくらいは生きる。今までの合計活動時間は二十年ほどじゃから、義信や理沙とそう変わらんの。それまでに義信と子を作って、その子にダンジョンの権利を譲渡する』


 もう休眠状態で長い年月を生きるのは嫌なのだと、空子は宣言していた。


『宜しい、認めましょう。どのみち、空子さんしか出せない、入れないダンジョンを国家が奪う事も出来ませんから』


 成果の鉱石やアイテムはあるが、証拠が無いので接収する根拠も方法も存在しないという点も大きかった。

 

『産出した品物への税金はかかりますけど』


 面倒な税金も、国家に物納で卸せば良いように法律を改正するという。

 それを、新設した公社が民間企業や外国に販売する。


 美味しい天下り先の誕生ではあるが、外国では資源公社は珍しくも無い。

 要するに、皆で幸せになりましょうという事のようだ。


『空子さんには、戸籍も準備します』


『戸籍が無いと、ダンジョンには潜れないからの』


『あはは、良くご存知で』


 阿部さんとこんなやり取りがあり、俺達は家と農地の管理を阿部さん紹介の農業企業社員に任せ、こうして謎の助っ人冒険者としての活動をスタートさせていた。


「もう少しで、大井山ダンジョンに到着します」


 瞳子さんの指摘で前方を見ると、我が県一の標高が高い山である大井山の麓に、石造りのいかにもダンジョンの入り口らしい物が見えてくる。

 入り口の前にはゲートがあり、警察による物々しい警備が行われていた。


 良く見ると、ダンジョンから帰還したガタイの良い警察か消防の人間と思しき男性が数名出て来る。


 装備は、現在日本政府が一括購入している、スポーツメーカー謹製の鎧に似たプロテクトスーツ姿であった。

 このプロテクターには、炭素繊維や頑丈で金属を使わずに軽い新素材なども使われ、非常に使い勝手の良い物になっているようだ。


 こういう部分は、さすがのメイドインジャパンなのであろう。


 どんな装備でも、使ってレベルアップすれば使える武器や防具になるのだが。

 

 あとは、刀工や刃物メーカーなどが作成した剣、刀、槍、斧、メイス、ハンマーなども持っていて、頭部にはベルト式のヘッドライト。

 これは、唯一俺達と共通した装備であった。


「多分、機動部隊の人達ですね」


 こうやって、メイン攻略パーティーが交代で探索を続け。

 他にも、地図の作成や、現れる魔物やドロップアイテムなどを記す記録班と護衛パーティー、治療を行う治癒師とその護衛パーティー、ドロップしたアイテムを回収する回収専門班と。


 次第に、探索のマニュアルとローテーションが普及しているようであった。


「あの、あれは?」


「民間の方ですね」


 探索した階層の情報は、彼ら民間の冒険者に有料で公表されている。

 有料なのは、情報だけ集めてダンジョンに潜らずにネットなどで公表するバカを防ぐ仕組みだからだそうだ。

 

 もっとも、一度それなりに鉱石やアイテムを確保すれば十分に利益が出る程度の金額なのだそうだが。


 彼ら民間パーティーは、登録を行って身分証明書とタブレット端末を借りる。

 タブレット端末には、既に先遣隊が踏破済みの階層の情報や出現する魔物が記載され、自分に合ったレベルの階層でひと稼ぎする。


 稀に死んでしまう人もいたが、重傷でも救護班が間に合えば救助はして貰える。

 当然、ポーション代などは払う必要があったが。


 タブレット端末は、連絡用の通信機も兼ねていた。

 基本的に近代兵器の類が一切使えないダンジョン内ではあったが、なぜか通信機器だけは普通に使えるようだ。


 これで、運搬に使える動力付きの車両も動かせれば、もっと素早く大量に鉱石などを確保できるのだが。

 レベルアップした人間がリアカーやネコ車で鉱石を運ぶ様子は、もうダンジョン入り口近辺の風物詩となっていた。


「あの連中は?」


「ああ、中国人でしょうね」


 今の所は世界中どの国でも同じであったが、基本的にその国のダンジョンにはその国の人間しか潜れない。

 混乱する経済や増える失業率の穴埋めに使われていたからなのだが、何とか入れないかと無茶をする在日外国人は多いようであった。


「差別だとか、民新党や社会党の議員まで引っ張り出して大変なようです。大塚さん達も、近寄らないでくださいね」


 差別とかそう言うレベルの問題ではなく、下手をすると空子などは誘拐される危険もあるからなのだそうだ。

 それは、自前でダンジョンを持っているのだ。

 知られれば、狙われる危険もあった。


「大塚さんもですよ。現在、確認されている収納魔法が使える人間は、僅かに四人です」


 俺を含めて日本に二人、アメリカに二人だけらしい。

 適性が一千万人に一人で、全日本国民が適性を確認したわけでもないのだから当然とも言えたのだが。

 ちなみに、他の国は収納の魔法の巻物すら手に入れていない国が多いとの事であった。


「自分の国で、ダンジョンに潜れば良いのに」


「使い捨てにされるのが当たり前らしいので、嫌なのだと思います」


 世界一の人口を誇る中国なので、ダンジョン攻略が一番進んでいそうな気もするのだが、実際には先進国でも一番モタついているらしい。


「共産党や軍のお偉いさんが、死んでも一向に構わない人達を強制的に送り込み、貧しくてチャンスに賭ける人達が碌な準備もしないで潜るんです」


 結果、大量の死人が出るし、せっかくレベルアップして生き残っても成果の大半を奪われてしまうそうだ。

 それに反抗し、ダンジョンを管理する政府高官の私兵や軍によって殺される人も多い。

 ダンジョンの外では、普通に銃も使えるのでレベルアップした人間も殺されてしまうからだ。


「正しく、修羅の国」


 貧民の命を代価に、ダンジョンから出た成果を奪う。

 歴史書に記されている通りの恐ろしい中国の支配者達の姿に、俺達は身震いを感じていた。


「でも、そんな事をしていたら一向に攻略が進まないのでは?」


「はい、全く進んでいません」


 成果を挙げると、収奪され。

 逆らうと殺されるのだ。

 本気で下の階層に出向くような有能な連中は粗方殺され、新規に人が来ても大半が生き残れない。

 結果、ダラダラと同じ階層で食える分だけの収入を目標に働く連中ばかりになってしまったそうだ。


「恐ろしきかな。儒教」


 ダンジョンに潜って稼ぐ連中に価値など無く、そこから収奪できる存在こそ至高。 

 相変わらずと言えば相変わらずではあったが、その考え方が一向に下の階層を攻略できない理由になっていたのだ。


「収奪している軍幹部や政府高官の方々は、そんな事は気にしていませんけどね」


 使い捨てで、いつ始末して潰しても何の罪悪感も抱かない連中をダンジョンに追い込み、その成果を一方的に現場作業者から収奪しているのだ。

 経費はほぼゼロなので、低階層でしか出ない金属ばかりでも何の問題も無いらしい。

 

 そして、そのあまりの高収入ぶりに、何の危機感も抱いていないそうだ。

 こんな情況でも、中国の指導者達からすれば我が世の春と言った感じなのであろう。


「韓国と北朝鮮も、ほぼ同じ感じですね」


 当然、ダンジョンの攻略は捗っていないらしい。

 両政府は、『日本に負けるな!』と発破をかけているが、肝心のダンジョンで命をかけている人達の士気が最悪なので成果は挙がらず。


 こうなると、もう笑うしか無いというのが俺の感想でもあった。


「三年後には、地獄なのでは?」


「そうですね」


 ダンジョンが全部消えて無くなるわけで、そうなると大半の資源は輸入となってしまう。

 中国と半島は、果たしてどうするつもりなのであろうか?


「あの、攻略期限の話ですけど」


「我が国の立場上、アメリカには伝えてあります」


 勿論笑顔で、『他の国には、絶対に話すなよ!』と言われたそうだ。


「やっぱり……」


 どの国でも、一つダンジョンが攻略できればわかる事実なので、わざわざ言う必要も無いそうだ。

 というか、まずは自分の国の利益を追求する事こそが本来の政治家の姿であり、わざわざ他国にそんな重要な情報を教えるのはバカのする事であった。 


「残ったダンジョンが少ないほど、産出する鉱石やアイテムは増えるからの」


「まあ、そういう事だよな」


 百を百で分配すれば一。

 百を十で分配すれば十。

 国家に真の友人などおらず、わざわざ『教えなくても良いのであろうか?』などと考えるのは、お人好しの日本人くらいであるらしい。


「資源なら、ある国から買えば良いのです。日本もずっとそうでした」


 瞳子さんの正論に俺達は納得し、車はいよいよ大井山ダンジョンへと到着する。

 いよいよ、外部のダンジョン攻略が始まるのであった。

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