第十四話
「阿部さんがいる」
「総理大臣だよね?」
「前に、お腹が痛いと言って辞めたとネットに書いてあったの」
「空子は、最近ネットで情報を集めておるのか?」
「そうじゃ。何か、テレビはマスゴミだから信用してはいけないらしい」
「ネットにも虚偽情報は多い。あまり過信せぬようにの」
「わかったぞ、善三」
「あのう……」
元白キツネの空子が所持するダンジョン。
その名も、『空子のダンジョン』をクリアーしてから二週間後、俺の家の居間には、厳ついスーツ姿のSPとおぼしき数名の男性と、テレビで良く見るこの国の総理大臣の姿があった。
なぜ、俺の家に一国の総理が?
という疑問で頭が一杯の俺に比べ、他の三人はとことんマイペースであった。
理沙は、普通に総理大臣に見れたので感動していたし。
空子は、前にこの総理大臣が退陣した時の事情をネットで得たらしく、相変わらず発言がフリーダムで失礼だ。
元公務員の善三さんはそれを嗜めつつも、今の民自党政権政治にあまり興味は無いらしい。
更に、元地方公務員なのに、前に政権を担った労組絡みの民新党にも興味が無いようだ。
今の民自党阿部内閣の前に、日本の内外で三年間も醜態を曝した民新党はバカ扱いしていたし、今の民自党政権も前よりはマシ程度の認識だ。
退職後も、興味が無いから県庁でもかなりお偉いさんだったのに、どこかに天下りする事もなくすぐに農業へと転進している。
善三さん曰く、『政治のフリゴッコ』には興味が無いそうだ。
「今日は、大塚義信さんに用事があるのです」
「俺にですか?」
両親が地方公務員の俺風情に、一国の最高権力者が何の用なのであろうか?
俺は、次第に不安になっていく。
「単刀直入に言います。あなた、ダンジョンをお持ちですね?」
「いや、正確に言うと俺じゃないですけどね」
阿部総理のスバリな質問に、俺はシドロモドロに答えるのが精一杯であった。
「なるほど、銀河中心部で栄えていた魔法文明の置き土産ですか……」
ここで隠していても、何もならないであろう。
そう考えた、俺ではなく空子は自分の正体とこの世界中で起こっている奇妙なダンジョン発生の仕組みについて説明をしていた。
「あの、本気で信じるのですか?」
空子が嘘を言っているはずはなかったが、いきなり一国の総理がすぐに信じて真に受けるのもどうかと思ってしまうのだ。
ふと、三代前の宇宙人首相を思い出してしまう。
あの人は言動が理解不能で、宇宙人のようだと言われていただけで、本当に宇宙人というわけでもないのだが。
いや、もしかすると俺達が知らないだけで実は宇宙人なのかもしれないと思い始めてもいた。
何しろ、身近に空子のような存在も居るのだから。
「ええ、実は断片的ながらも情報が入っておりまして」
それは、それなりの数の反対を押し切り、多くの殉職者を出して攻略された富士山麓のダンジョン最下層での出来事であった。
ラスボスであるドラゴンを倒すと、その部屋に空子が説明した事柄が書かれた古文書のような物が置かれていたらしい。
その古文書風の巻物は日本語で記載が為されていたらしいが、曲がりなりにも政府の人間がそう簡単に信じても良いのであろうか?
俺は、日本の政治家の質を少し心配になってしまう。
更にその古文書には、三年以内にクリアーされていないダンジョンは消滅するという事実も記載されていたそうだ。
「おい、空子」
「ダンジョンを攻略して、それなりの利益が出た後に事実を公表する。さすれば必死になるであろうし、信憑性も高まると。基本的に、こんな魔法術式を構築する魔法使いなど性格がひん曲がっているからの。もう百万年も前に死んでいるから文句も言えんが」
「……」
空子のあんまりな説明に、阿部さんは絶句してしまう。
護衛のSP達も、心なしか顔が引き攣っていた。
「話を戻します。攻略メンバーは、レンジャー部隊出身の最精鋭の十名。全員がレベル五十以上の猛者で、魔法も全て上級取得者です」
彼らは、苦労の末に百階層に鎮座するドラゴンを倒していた。
当然レベルも上がるし、あの称号も手に入れたようだ。
「『ドラゴンスレイヤー』の称号。続いて、『二番目に迷宮を攻略せし者』です」
この時点で、日本政府は何かがおかしい事に気が付いた。
世界で一番最初にダンジョン攻略に成功したはずなのに、自分達は二番目だと言われたからだ。
「他の国が、先に攻略したとか考えなかったのですか?」
「隠す理由がありませんから」
そうなのだ。
ダンジョン攻略は、犠牲も多いが資源確保の切り札なので名誉でもあるし、国益にも叶う。
攻略成功を隠す理由などないのだ。
「可能性としては、国内のどこかにまだ国が認知していないダンジョンがあり、それが先に攻略されていたという事になります。海外の可能性もありましたが」
現在、日本国内のダンジョンに潜るのは許可制になっている。
実入りは大きいが危険なので、『もしダンジョン内で死んでも、国は責任を負いません』という書類にサインをする必要があったからだ。
公務員組は、新しい規定に沿って保障は沢山出るようであったが。
あとは、人権団体とかが五月蝿いので、未成年はダンジョンに入るのが禁止になっていた。
肝心の未成年者からは、非難轟々のようだが。
「そこで、ダンジョンに潜った人間はレベルアップするという事実を元に、あなたを探し当てました」
ダンジョン探索者名簿に記載されていないのに、いきなり身体能力が増した人間。
そういえば、この前の柔道県民大会で、現役オリンピック選手である五条を開始十秒で倒した記憶が蘇る。
「スポーツ新聞で、油断大敵と半分お笑いの記事になっていましたがね」
いくら平和ボケの日本でも、そう甘くは無かったようだ。
すぐに探られて、正体が割れてしまったらしい。
「勘違いしないで欲しいのは、日本政府はあなたを保護するつもりだと言う事と、スカウトが目的でもあるのです」
「保護ですか?」
俺ではなくて、メインは空子なのだが。
個人所持のダンジョンに、大量の獲得している資源やお宝。
更には、俺の持つ収納の魔法も問題となっているらしい。
「なぜに、俺が収納の魔法を使えると?」
「実は、政府でも一名確保していまして」
その人は、機動隊の警察官であった。
命令でダンジョンに潜り、そこで見付かった巻物から収納の魔法を会得した、唯一の人という事になっているそうだ。
「彼は現在、最重要保護対象者になっています」
富士山麓のダンジョン攻略では、最前線メンバーの荷物持ちとして活躍し、他にも全国のダンジョンに荷物を取りに駆け回っているそうだ。
収納の魔法は、いくらでも物を収容できて自由に取り出せる。
全国のダンジョンで集めた鉱石などを、お台場に開設された鉱石の集積所へと運び、そこで鉱石は種類毎に集まった企業にオークションで競り落とされる。
おかげで、ようやく製鉄メーカーなどは生産を少量ながら再開できるようになっていた。
「アナライズの魔法ですか。それでステータスを見ますと、こう記されているのです。所持スキル『収納』(二人目)と」
つまり、一人目がいるという結論に至るわけだ。
「おい、空子」
「収納魔法はレアじゃからの。唯一アカウント機能が付いておるのじゃ」
何でそんな機能をと思わなくも無かったが、そういえば魔法使いは性格がひん曲がっていると空子が言っていたのを思い出す俺であった。
「じゃあ、俺にはなぜ『一人目』がステータスに付かない?」
「一人目など表示の無駄であろう。我が決めたわけではないがの」
俺はまた、百万年前の魔法使いに文句を言いたくなってしまう。
「いや、それでも外国の人も可能性も」
「でも、使えるのでしょう?」
「はい……」
ここで隠せるほど、俺も社会経験が豊富でも、大人というわけでもない。
二十四歳の若造など、この程度が普通であろう。
「とにかくですね。残り二年四ヶ月ほどで国内の残り九十六箇所のダンジョンを攻略する必要があるのです」
ある内は、低階層でも鉱石が採れるのでありがたい存在ではある。
だが、クリアーしないと三年で消えてしまう。
もし消えれば、今後の鉱山開発は不可能なので、クリアーされた数少ないダンジョンから資源を採掘しないといけなくなるのだから。
「日本は、一箇所でも多くのダンジョンを攻略します。あとは、時間が余れば……」
南太平洋の、旧委任統治領周辺。
ここには小国が多いのだが、ここでも二十箇所ほどのダンジョンが確認されている。
問題なのは、これら小国ではダンジョンのクリアーが覚束ないという点にあった。
「当然、採掘料を支払いますが、この二十箇所の攻略も日本が行います」
保守系で日本第一主義の首相らしいので、これを機に一気に資源大国日本を目指すつもりのようだ。
「そこで、大塚さん達にはその協力をして欲しいと。勿論その報酬は、責任を持ってお支払いいたします」
ついでに、おかしな連中に狙われる可能性があるので、護衛も付けるそうだ。
「さようなら、平和な日々。でも、理沙達もですか?」
「実は、アナライズを使える自衛隊員に皆さんを調べて貰ったのですが……」
俺がレベル167、理沙がレベル166、善三さんがレベル124。
空子などは、レベル407というおかしな数値になっていて、現在日本で最も高レベルな人間トップ4なのだそうだ。
「おい、空子。俺達は、ガチムチの精鋭自衛隊員よりも上なのか?」
「当然じゃ。我のダンジョンに入れる人間は、我を守るために強くなるのが早くなるのじゃから」
魔物を倒した時に入る経験値に補正が入り、他のダンジョンで探索をしている人達よりも数倍早く成長するらしい。
なるほど、道理で二日に一度しかダンジョンに潜らない兼業冒険者でも、毎日最前線の自衛隊パーティーよりもレベルが100以上も高いはずだ。
「レベルが100を超えると、そうレベルは上がらないからの」
「知らんかった」
「日本のために、力を貸してください」
そこまで一国の首相に頼まれて、断れる人も少ない。
この場合は、居ないというのが正解であろうか?
何にせよ、俺達は暫く農業を中断してダンジョン攻略に挑む必要があるようだ。
ただ、今度のダンジョンは空子の管理下にはない。
危険も多く、油断は出来ないので、俺達は心を引き締める必要があった。




