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ダンジョン発掘物語   作者: Y.A


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第十二話

「義信君、頑張れよ!」


「目指せ優勝じゃ!」


「お弁当は、大好物ばかりだから頑張って!」


 とある日曜日、俺、大塚義信は某県立体育館で柔道の試合に参加していた。

 この県の県庁所在地に、公務員の父と専業主婦の母から生まれた俺は、中学生時代から柔道を部活動として選んでいた。


 強さは、正直微妙なところだ。

 県内では有力選手ではあったが、全国大会には届かない。


 高校と大学では、県内外の有力校数校からスカウトが来るくらいの実力はあったが、国際大会とかオリンピック強化選手になど届くはずもない。


 途中で怪我でもして競技が出来なくなると退学の危機なので、高校も大学も、念のために一般入試で入学して柔道を続けていたほどなのだ。


 当然その程度の強さだと、さすがに就職時には企業からのオファーは無かった。


 いや、それは自分でもわかっていたのだ。

 自分の実力など、その程度であるとういう事を。


 なので、普通に就職活動に勤しみ、県内ではそれなりの規模の会社に就職したわけだ。

 この日本という国は、実質年寄りが強い実権を持っている。

 年寄りという生き物は、基本的に自分に従順な若者が大好きだ。

 部活の先輩後輩の関係にも似ているのだが、目上の人間が白い物を黒と言えば、それに追随して黒いと言った方が受けは良い。

 結果、その枠に当て嵌まる人材を、厳しい運動系の部活で学生時代を過ごした人間を一定数受け入れる企業は多い。


 従順で頑丈な、社畜になってくれるからだ。


 そんなわけで、俺の新卒カードは効率良く使えたはずなのだが、人生には『まさか』という坂があるらしい。

 大分前に、某首相がテレビで言っていた。


 潰れないと思っていた会社が潰れて転職活動で苦戦し、その間に両親も死んでしまい、二人が残した第二の人生を送るための過疎の村にある家と農地で生活を送る。


 まあ、その間に年下の押し掛け彼女が出来たり、変な元白いキツネの押し掛け妾志願者が出来たり、子供の頃にやった某RPG風なダンジョン探索で、そんな境遇を嘆く暇すら今は消えていたのだが。


「ベスト4が目標」


「ヘタレな事を言うでない。目指すは優勝じゃ」


「人間、出来る事と出来ない事があるんだが……」


 今日の俺は、県で運営する総合体育館で主催される県民柔道大会に参加していた。

 重量別だけでなく、下は小学生未満から上は六十歳以上の部まで。

 年代別でも分けられていて、それぞれの参加人数は少ない。

 素人も、現役選手も、俺のようにもう引退した人も出場していて、ある程度柔道を齧っている人間に言わせると『温い』試合となっている。


 柔道のハードルを下げるためと、競技人口増加促進のため、柔道連盟なども協賛している大会でもあった。


 そして、なぜ俺がこの試合に出ているのかと言うと。


「すまないな。転職活動中なのに」


「いえ、もう農業をやる決意が出来ましたから」


「そうか。これからも大変だろうけど、頑張れよ」


「あ、そうだ。これ、うちの村で作っている野菜です」


「すまんな」


 高校時代の、柔道部顧問に誘われたからなのだ。

 中学生以下は、県内の柔道居室に通っている子達が出る。

 六十歳以上の部ともなると、滅多に試合の機会が無いので寧ろ喜んで出る。


 しかし、中学生から四十歳以下の部に出る人は少ない。

 特に現役選手などは、こんな試合で優勝しても自慢にもならず、逆に下手に怪我でもして公式戦で支障が出るのを嫌がるのだ。


 俺が誘われたのは、そういう事情によってであった。


「安西先生、後輩達はどうですか?」


「今年は期待できるんだよ! おっ、サツマイモがあるな。石焼きイモにして食べさせてやるか」


 俺の母校は県内では有力校ではあったが、決して強豪高ではなかった。

 練習は厳しかったが、安西先生の人柄と熱心さで生徒達からの人気は厚い。

 俺も、彼からの誘いでなければ決して今日の大会には出なかったはずだ。


 去年も、両親の葬儀に来てくれて大変に世話になったという点も大きい。


「ご両親も、大塚が元気だから安心しているさ」


「ですかね?」


 特にここ半年ほどは、空子やダンジョン関係でそれどころではなかったという点も大きいのだが。


 あとは、理沙との関係であろうか?


「あの子も応援に来ているのか。やっぱりな」


 お通夜と葬儀で手伝いまでしてくれた安西先生によると、理沙は慣れない喪主にされて忙しい俺を手伝いながらも、ずっと俺の姿を目線で追っていたらしい。


「あの娘、大塚が好きなのが解り易かったな。でも、良かったよ」


「実は来年に結婚するんです。式には来てくださいね」


「そうか、それは楽しみだな」


 どこか押し掛けられた部分も大きかったが、今はダンジョンの関連の事もあって、俺と理沙は一緒に暮らしている。

 どうせ結婚するのだからと、善三さんに押し付けられてしまったのだ。

 

 そして善三さんの方であったが、元々家が隣なのでいつでも理沙が世話しに行けば良いのだし、ほぼ毎日にうちに食事に来るようにもなっていた。


 世間的に農業見習い扱いになっている空子を妙に気に入っていて、良く世話を焼いているようだ。


 あと、ダンジョンの件であったが、彼にももうバレてしまっていた。

 ちょうどニュースでレベルアップの効果が流れていた事もあり、それを知ると、寧ろ喜んで探索にも参加している。


 装備はやっぱり五刃のフォークで、ヘルメットとヘッドライトに、農作業用のツナギも同様であった。

 外見から見て、うちは全員ファーマーパーティーなのだ。


 最初は低階層から探索を開始し、今では大分レベルも俺達に追い付いて来ている。

 魔法は、身体能力強化や武器へのエンチャットなどの補助魔法に適性があるようだ。

 

 それと、なぜレベルがわかるのかと言うと、実は八十五階で上級者用の巻物が見付かっていたからで、その中に特殊魔法アナライズという物があったからだ。


 対象者のステータスを表示する魔法で、魔物でも仲間でも自分でも表示可能であり、その魔法を使った結果、俺はレベル56、理沙はレベル55、空子にもレベルがあって297。


 彼女場合は、元からかなり強かったようだ。

 内心、敵には回すまいと心に誓う。


 最後に、善三さんはレベル49。

 

 俺達に付き合っているので、かなりレベルの上がりは早かった。


 おかげで体も頑丈になって疲労し難くなったとかで、自宅の三ヘクタール、俺の家の一ヘクタール、他二軒の耕作放棄地まで借りて一日おきの作業でも、あまり疲れなくなったそうだ。


 俺達が手伝っている点を差し引いても、今の善三さんはスーパー後期高齢者直前老人とも言える。

 そういえばこの前、酒を飲みながら俺に密かにこう語っていたほどだ。


『最近、毎日朝勃ちするぞ』


 内容が内容なので、理沙と空子には言えなかったが。


 理沙は、その内に後妻でも貰うのではないかと心配していたが、本人はたまに夜密かに歓楽街の方に遊びに言っているようだ。

 

『ワシが死んだら、農地はお前らが継げ』


 最近では良くこの言葉を口にし、今日も俺の応援に空子と共に来ていた。


「ご家族で応援か。頑張らないとな」


「またまた、五条がいるから無理ですよ」


 五条とは、同じ県内の柔道名門高で同学年であった奴だ。

 当時から圧倒的に強く、去年などはロンドンオリンピックで軽中量級で銀メダルに輝いた逸材でもあった。


「地元の英雄だからな。協会が頭を下げて呼んだらしいな」


 ここ最近、全日本柔道連盟は体罰やら金の問題でイメージが落ちている。  

 そこで、現役のメダリストをゲストに呼んでお客を集めたというのが真相のようだ。


「色々と大変なんですね」


「まあな。俺も、現役時代は木っ端選手だったから良くは知らんが」


 恩師とも話も終わり、いよいよ試合が始まる。

 

 最初は体重が低い階級から始まり、お昼近くになるといよいよ俺の出場する軽中量級がスタートしていた。


「頑張れってね」


「頑張れよ。義信」


 若い女性二人の応援を受け、同時に俺はなぜか同階級の地元の英雄五条から物凄い視線で睨まれてしまう。


「五条が、なぜに俺を殺意ある視線で!」


「ああ、それはね」


 中身はともかく、空子は神秘的な銀髪を靡かせるスタイル抜群な絶世の美女ではある。

 上への義理で、仕方なく地元のお遊びの大会に出場した五条は、会場で目敏く空子を見付け、果敢にナンパを実行したそうだ。


 やはり、本気で柔道をする気はないらしい。


 ところが……。


『こんにちは、俺の事はテレビで知っていると思うけど』


『知らん』


『オリンピックで、メダルを取った五条です』


『ああ、金メダルを逃したとネットで酷評されていたの』


『今度は、間違いなく金メダルを』


『そうかえ、頑張ってたもれ』


 五条の方は、どうにか空子の興味を魅こうと会話を続けるも、空子からすれば迷惑でしかない。

 結果、メダリストなのにナンパで情けない醜態を周囲に曝す事になってしまったようだ。


「同じ男の立場で考えると、少し可哀想かも……」


 とはいえ、柔道をしている男などさしてモテるはずもない。

 もしモテたいと思ってスポーツを始めるのなら、まず外さなければいけないスポーツの双璧にあるのが、この柔道と柔道だからだ。

 

 いくらメダリストの五条とて、顔の造作などはフツメンでしかない。

 しかも、獲得したのが金ではなくて銀メダルというのも微妙である。

 

 当然、そこまで女性人気が出るとも思えなかった。

 あまり人の事は言えないのだが。


「自分を一蹴した絶世の美女が、義信ちゃんの応援に来ていたのを知ったんだからね。実力差から考えて、ぶん投げてやろうと思っているのかも」


「すげえ、とばっちり……」


「義信ちゃん、あんなバカはぶん投げてちゃってね」


「あれ? 理沙も?」


「あいつ、空子ちゃんが脈ナシだとわかると、私に切り替えたんだよ。失礼しちゃう」


「まあまあ、理沙も可愛いからだろう」


 空子は別枠と考えても、理沙も十分に可愛い部類に入る。

 というか、この会場に詰め掛けている女性の中で、理沙に勝てる人などほとんどいないはずだ。


「婚約者がいますって断ったから、私が義信ちゃんの応援で来ているのを知って勝手に怒っているんだと思う」


「五条、そんな理不尽な嫉妬で俺に怒りを向けないでくれ」


 しかも運の悪い事に、俺と五条は二回戦で当たる予定になっている。

 俺は、早々の敗退を覚悟しなければいけなかった。






「一本! それまで!」


「……」


「……」


 いよいよ始まった俺が出場する、十五歳から四十歳までが出場する軽中量81キロ以下級。

 一回戦の相手は白帯の初心者だったので、これはさすがに一分以内で背負い投げで一本勝ちであった。


 レベルアップの関係で体が軽かったような気もするが、次の相手は現役のオリンピック選手。

 普通なら手加減を期待したいところであったが、奴はナンパした二人が俺の応援に来ている事実を知って、一方的に憎悪を向けている。


『(一本負けだけは、したくねえ)』


 と思い、臨んだ一戦であったが、結果はあっという間についてしまう。

 五条がいきなり初手から俺を強引に崩し、得意の体落しをかけてきたのだが、俺には物凄く遅い動きにしか見えず、すぐに返し技で逆に五条の背を畳に付けてしまったのだ。


 結果は、誰が見ても俺の一本勝ち。

 会場内は、大勢の観客も、五条も、そして俺自身も。

 言葉すら出ない情況になっていた。


「ええと……」


「クソぉ! リア充は、奇跡まで起すのかよ! こんちくしょう! 次のオリンピックは、絶対に金メダルを取ってやる!」

 

 投げられてから暫くして、五条は俺とお互いに試合終了後の礼を行い、その後彼は絶叫しながら会場から走り去っていく。

 柔道は礼に始まり、礼に終る。

 取り乱しても試合後の礼を忘れないのは、悲しいまでに身に付いた習性とも言えた。


 そして残されたのは、オリンピック選手に勝ってしまった俺。

 

 しかし、その結果の扱いには誰もが苦慮していたのだ。


「安西先生」


「ええと、ゲスト扱いで油断していたとか? もしくは、密かに特訓を積んだか? 大塚」


「いえ」


 寧ろ、ダンジョンと農作業ばかりで試合前数日のみ練習してようやく一部の勘を取り戻したに過ぎない。

 多分、レベルアップ影響なのであろう。


「優勝しちゃっても良いんじゃないか」


「ここで俺が負けると、五条も余計に道化ですよね?」


「そうだな……」


 結局、俺は十五歳から四十歳までの軽中量級の部で優勝を果たす。

 市民大会なので公式戦ではなかったが、思えば大会で優勝するなど初めての事であった。

 レベルアップのおかげなので、微妙な気持ちにはなったのだが。


 そしてそれ以降、世界中で似たような案件が多数発生する。

 各スポーツの大会で、ダンジョンでレベルアップをした人が立て続けに強豪を子ども扱いして破って行ったのだ。

 

 この事実に、世界中の競技団体などが苦慮する羽目になるのが、それはすぐに収まる事となる。

 みんなダンジョンでレベルを上げ始めたので、すぐに元の状態に戻ってしまったからだ。


 そして俺も、来年の大会でリベンジに燃える五条に破れる事となる。

 レベルの差で身体能力は上なのだが、やはり柔道には才能も必要となる。

 

 やはり、俺では柔道で一流選手にはなれなかったのだ。

 それでも準優勝はしたし、五条は空子にまた相手にもされていなかったようであったが。

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