第十一話
『政府は、緊急雇用計画を発表しました。世界各地に出現している謎のダンジョンで討伐と採集活動を行う失業者への支援を……』
俺達が、ダンジョンに潜るようになってから半年。
攻略階層は、既に八十階を越えていた。
順調に自分も愛用の武器と防具もパワーアップし、多くの魔物を倒してドロップアイテムも大量に確保している。
まだ売る決断がつかないので、俺が魔法で収納しているのだが、その量は膨大な物になっていた。
何しろ地球にあった金属資源は、全てダンジョンで魔物を倒さないと手に入らないのだ。
倒せば、相応の物が手に入るのは当然とも言える。
実際、世界各国でもダンジョンの真実が次第に明らかにされていた。
魔物を倒すと鉱石が得られ、下の階層に行くほど貴重な鉱石が大量に手に入る。
魔物を倒すと、その人や武器がレベルアップして、その能力は驚異的な物となる。
レベルが上がって強くなれば、ダンジョンで魔物に殺される確率が大幅に下がるので結果オーライでもあった。
政府の命令でダンジョンに潜っている自衛隊、警察官、消防隊員などの精鋭は、オリンピック選手など鼻で笑われるレベルの強者ばかりになっているそうだ。
たまに殉職者も出ているのだが、それでもダンジョンで得られる鉱石の量が増えると次第に世論は収まっていく。
最初は、前年に野党に転落した民新党や社会党などを中心に批判が出ていたのだが、『では、金属をどう確保するのか?』と聞かれると答えに窮してしまう。
世界中で鉱山が消えたので、輸入などとは口が裂けても言えなかったからだ。
実際、現在も輸出入がされているのは、石炭・石油・天然ガスだけであった。
当然どこの国も、同じ結論に至って人をダンジョンに送り込んでいる。
ただ、まだ他所の国に輸出可能な量など確保できていなかった。
自国向け分すら全く確保できておらず、都市鉱山からの金属リサイクルとダンジョン攻略体制の強化で当面は凌ぐしかなかったのだから。
「日本のお家芸、輸出産業は風前の灯火かぁ」
輸出するにも、その輸出品に使う金属が確保できていなかったのだ。
途方に暮れる財界に飛び込んだ、ダンジョンで魔物を倒すと鉱石が手に入るという事実。
結果、スポンサーの立場でマスコミを煽り、もっと人をダンジョンへとキャンペーンを繰り広げていた。
「日本の未来のため、子供達のため。若者よ、ダンジョンに潜れ! 日本ダンジョン協会は、やる気のある若者達を応援しています!」
テレビから流れる、しょうもないCM。
これが戦前なら、八紘一宇とか大東亜共栄圏。
戦後なら、社会主義、人権、男女同権、戦後保障、脱原発とか言うのであろうか?
何にせよ、輸出産業への大打撃によって増えた失業者を吸収すべく、人をダンジョンへと送り出す政策は既にスタートしていた。
「日本ダンジョン協会?」
「金属が欲しい企業、天下り先と利権が欲しいお役人、支持率が欲しい政府が三位一体となって造られた組織だな」
収入は一番低いが、特別手当や万が一の際への保障が厚い公務員組。
実入りは物凄く良いが、死んでも保障は薄い民間参加枠。
これらダンジョンに潜る人への訓練と教育を行い、探索中のサポートなども行い、最後が一番大事なのだがドロップアイテム類を買い取る仕事を行うらしい。
俺は、自分で知り得た情報を理沙に説明していた。
「支部は、全国九十七箇所に確認されたダンジョン全てに。本部は、モロに霞ヶ関かよ。全く繕わないというか……」
事前のサポートさえあれば、階層が低ければ滅多に死ぬ人もいないのがダンジョンなので、低階層でスライムやゴブリンやウサギを倒して鉄や銅を拾って売れば、相場の上昇もあってソコソコの収入にはなる。
ただ、それも三年以内に百回の最下層をクリアーしていればという条件があるのだが。
「かと言って、教えてやるわけにもいかずだよなぁ」
俺が事実を説明したところで、果たして誰が信用してくれのか?
今は、日本が一つでも多くのダンジョンを三年以内に攻略してくれる事を祈るのみであった。
「ただ、以外にも日本はダンジョン攻略が一番進んでいるんだよな」
お国柄とでも言うべきなのか?
あと根底にあるのは、資源が出ない日本に住む人々に刻まれた脅迫観念の一種なのかもしれない。
既に数百名もの犠牲が出ているにも関わらず、多くの人々がダンジョンに挑むようになっていたのだ。
そして、低階層でも得られる鉱石、魔石、アイテム類などが高く売れると知ると、皆挙ってダンジョンへと足を運んでいた。
当然危険ではあったが、日本では比較的早くサポート体制が整ったのが良かったようだ。
昨今の若者がなかなか就職できない時勢において、生活のために仕方なしにフリーターや派遣などを選んでいる人も多い。
そういう境遇にある人達も、パーティーを組んでダンジョンに挑んでいるとニュースになっていた。
「どうせ、派遣を使っている製造業も仕事が無いしな」
材料が入手できないので、大幅に生産を減らすか、下手をすると休業している企業すら存在していたのだ。
ただこれは、世界中どこの製造業も同じであった。
リサイクルとようやく出始めたダンジョン産の鉱石から、作れる物だけを作る。
輸出などほとんど不可能なので、国内産で賄うしかない。
この現実に、所謂大手の多国籍企業ほど悩んでいたのだ。
「富士の麓のダンジョンは、もう少しで百階に到達するらしい」
ここまで早い攻略は、世界初でもあるらしい。
攻略メンバー全員が自衛隊の精鋭で、しかも武器は高名な刀鍛治に打たせた物を標準装備させ、防具も頑丈な新素材を使用した物をスポーツ用品メーカーに急遽作らせて装備。
挙句に、戦えば戦うほど彼らは武具と共にレベルアップするのだ。
俺なんかよりも、よっぽど向いていると言える。
『現在、北海道の師団が進めている大雪山、羊蹄山、羅臼岳、利尻山、カムイエクウチカウシ山、石狩岳以下二十六ヶ所のダンジョン攻略は予定の63%が終了し……』
政府や他の官庁は、危険そうなダンジョン探索を最初は自衛隊だけに任せる事にして、実際に犠牲も出たので彼らに押し付ける事にした。
ところが、次第に鉱石やエネルギー源として使えそうな魔石。
一瞬で怪我や病気が治ってしまうポーションに、疲労回復効果に優れた魔物の肉、新素材として有望な魔物の骨や牙や毛皮など。
利権を全て防衛庁に奪われてしまうと、役人根性を発揮させて全力でダンジョン攻略にのめり込むようになっていたのだ。
警察と消防隊精鋭の追加参戦。
民間参入とはいえ、後ろに経済産業省の意図が見え隠れする各企業からの応援人員。
失業者対策に託けた、多数参加への世論誘導と。
理由が些か情けないというか、日本の役人らしいという点は置いておいて、それでも経済対策としては効果があったようだ。
自衛隊や警察などで不足する人員の大量採用もあったし、碌に仕事をしていない外郭団体からも人は出させられていた。
企業の業績悪化で税収が落ちる予定だったので、必要の無い予算を無駄食いしている特殊法人などがターゲットにされたのだ。
こうなると、もう人を出すしか手が無かった。
比較的年寄りが多いので、新規に社員として人を雇う怠け者も相変わらず多かったのだが。
『現在、週末にダンジョンでレベルアップをする人が増えており……』
理屈はわからないが、魔物を倒せばレベルが上がる。
レベルが上がると、身体能力の大幅上昇に、アンチエイジング効果もあった。
低い階層でスライムばかり倒しても、一日粘れば初回でもレベルは最低三つは上がるし、五つも上がればオリンピック選手よりも優れた肉体が手に入るとあって、週末にダンジョンに潜る人も増えていたのだ。
レベルを上げ、魔物から出た鉱石と魔石を売って金も稼げるし、現在製造業などは不景気で給与削減の話もあった。
アルバイトとしても、ダンジョン探索は人気になりつつあったのだ。
『このダンジョン狂騒とも言うべき事態に、各国は……』
当然、他の国でもダンジョン探索は国家プロジェクト扱いで進んでいる。
『日本とほぼ同数のダンジョンが出現した、アメリカでは……』
世界中の出現したダンジョンではあったが、その数は偏っている。
攻略の進め具合から予想すると、将来資源大国になりそうな国は限られていた。
カナダ、アメリカ、ブラジル、日本、インドネシア、アフリカ数ヶ国、スイス、北欧。
このくらいのようだ。
「でも、どうして日本が?」
「日本は山が多いからの。あとはマナの発生条件などもある」
魔力の元となるマナは、自然が多いほど大量に発生する。
その国土の七割が山野で、周囲を海に囲まれている日本には多くのダンジョンが発生する条件が整っているそうだ。
「逆に、お隣は辛かろうな」
中国は、荒野が多い。
国土は広くても、実はそう自然が豊かというわけでもないからだ。
結果、二十箇所くらいのダンジョンに官民揃って探索を行い、あの国の特徴の足の引っ張り合いでさほど攻略は進んでいないらしい。
ダンジョン内での、成果の取り合いによる殺し合い。
上前を撥ねようとするお上も、ダンジョン内では銃も使えないので毎日のように後ろから刺されて死んだりしているらしい。
当然、政府はその犯人の処罰に躍起になってやっとレベルアップした冒険者を逮捕したり殺してしまう。
ようやく稼いで外に出ても、今度は近代兵器が使えるので強盗などの被害に遭いやすい。
結果、命を落としてまたレベルの高い冒険者を失う。
多分、三年以内の攻略は不可能であろう。
「ある程度の、冒険者同士の連携は必要だからの」
アメリカは元々世界一の大国だし、人を上手く使う手法にも優れている。
他の資源大国候補も、何とかはするであろうと予想されている。
問題は、ダンジョンが自然の多い場所にある関係で、小国などでは対応できないという点であろうか?
他の国も自国のダンジョンで手一杯なので、助けにも行けないのだ。
「お隣の半島ものぉ……」
意外にも、お隣の半島のアレっぷりを空子は知っているらしい。
あの国に自然保護という考えは薄い。
何しろ、植林も碌にしないで山から競うように木を切り出し、ハゲ山にして日本のせいに出来るのだから。
それでも、半島全部で二十箇所ほどのダンジョンは確認されている。
南は、軍や警察などに民間からの参加者が。
北は、軍と政治犯などを送り込んでいるようであったが、その成果は微妙という他は無かった。
微妙なので、現在また戦後保障問題で日本に噛み付いて、今必死に経済を維持しようとしている日本人達を本気でキレされていた。
「比較的安全な浅い階層で、得た物を高く売る手法を考える。あの連中の考えそうな事だけど」
ダンジョンのせいで、この半年で世界は大きく変化しており、まだ大きく変化するであろう。
「まずは、空子のダンジョンをクリアーしないとな」
「我のダンジョンは、別に三年でクリアーしなくても消えないがの」
「秘密の特別枠だね」
朝食後、三人は見ていたテレビのスイッチを切ってから装備を点検し、庭の社へと向かう。
今日も、ダンジョン探索は始まるのであった。




