第十話
「長い……。女性の買い物は、マジで長い……」
久しぶりに、県庁所在地のある町へと買い物に出かけた俺をある試練が襲う。
ダンジョンに潜るようになり、レベルが上がって体力も以前とは比べ物になるないはずなのに。
その成果すら嘲笑うかの如く、俺を疲労の極地へと誘うのだ。
そう、女性の買い物に付き合うという行動自体がだ。
「空子ちゃん、いいなぁ。スタイルが良くて」
「これも良いな。さすがに、巫女服オンリーでは辛くての」
「だよねぇ」
女性二人の買い物がもう既に四時間にも及び、付き合わされている俺は完全にグロッキー寸前であった。
いくらレベルアップで身体能力が上がっても、精神力がガリガリと削られるので疲れてしまうのだ。
「服に、下着に、生活雑貨にと。これで、暫くは困らないの」
「今までは、どうしてたの?」
「義信から、ネットショッピングで買えと言われての。じゃが、現物を見ないで買うのは意外と難しいのじゃ」
「イメージと違う物が来ると困るよねぇ。返品も面倒だし」
ようやく必要な物が全て買えたとの事で、三人は遅めの昼食を取りながらこれから予定について話をしていた。
とはいえ、買い物も食事も同じデパート内でしかしていない。
そもそも、我が県は自他共に認める田舎である。
それなりの物を買える店となると、県庁所在地にあるデパートか専門店に限られてしまうのだ。
「しかし、どんだけ買うんだよ……」
「言うほどお金は使ってないよ」
「量は、感心するわ」
資金源として、ダンジョンで手に入れたただの金杯を『金・プラチナ買い取ります』のノボリがある店に売りに行ったのだが、その買い取り金額は脅威の一言であった。
二百グラムほどの金杯が八百万円で買い取りという現実に、小市民の俺と理沙は驚く事しか出来なかったのだ。
別に、この世から金が消えたわけではない。
金鉱などで採れなくなっただけで、これだけの大騒ぎになってしまったのだ。
もう新たに、金が採れないかもしれない。
そんな強迫観念が、金の相場を急高騰させていた。
『何でも、急に鉱山から金が無くなったとかで……』
昨日まで金を含んでいた鉱石から、今日は急に金が消えてしまっていた。
しかも、それはご丁寧に既に廃鉱になっている佐渡金山などでも同じであったらしい。
どこを探しても、金が微塵も検知されないのだそうだ。
『お客様は、海水に金が含まれている事実をご存知ですか?』
どうにか採算が取れる回収方法を研究中だったらしいが、その肝心の海水からも金などが消えていたらしい。
残っているのは、海で生物が生息するのに困らない最低限の金属やミネラル類だけであったらしい。
『そんなわけでして、皆さんもっと相場が上がるであろうと死蔵してしまう人が多くて……』
この情況に、買い取り屋が大繁盛という事も無いらしい。
更なる相場の上昇を見越し、隠してしまう人も多いようだ。
『そんなわけでして、また何かありましたら』
『そこまで金持ちじゃないですよ』
あるにはあるのだが、金杯一つで八百万円というのも凄い話だ。
俺だけなら余裕で三年は生活できる金額でもあったし、あまり立て続けに金を売りに行って変な連中に目を付けられるもの嫌だ。
暫く生活する資金は余裕であるので、今は暫く余計な事はしない方が良いであろう。
もし売るにしても、店は変えるであろうし。
「さあ、次はデパ地下に行くぞ」
「お前、どんだけデパ地下が好きなんだよ」
白キツネ時代から空子は、デパ地下で購入した料理やスイーツに異常な執着を見せていた。
最初に食べた、某高級ホテルで出されているデミグラスハンバーグが気に入ったかららしい。
今日も、必ず寄ると明言していた。
普段の生活では食料は自給自足か交換で手に入るので、わざわざ町に出て買う必要があるのは一部調味料くらいであったからだ。
「このお寿司、美味しそう!」
「二千円って……。高っ!」
「絶対に買うのじゃ」
「わかったよ……」
多少の散財は、現在の生活を支えているのが空子なので容認せざるを得なかった。
まあ、ビックリするほどの散財でもないし、この程度で済むのなら可愛い物であろう。
「十人前を包んでくれ」
「マジでかよ」
「生物でも、義信が収納しておれば腐らないからの。それに、ここは遠いからなかなか来れないのじゃ」
結局、大量のおかずや弁当に和洋のスイーツなどを大量に購入されられてしまう。
とはいえ、その金額は金杯の売却代金八百万円に比べれば微々たる物であったが。
「明日からも、気合を入れてダンジョンを攻略するぞえ」
「もう、これが俺の仕事か……」
「義信ちゃん、もう今さらだよ。兼業農家になっちゃいなというか、もうそうだし」
「確かに、理沙の言う通りだ……」
理沙に事実を指摘され、俺はもう転職活動を停止する事を決意する。
「もうとっくに、求人すら調べていないではないか」
「五月蝿いな。こういうのは、気持ちの問題なんだよ」
こうして、週に一度の日曜日は過ぎていくのであった。




