良い夢を見る方法 ~幕間~
朝、ノルド様の帰路に同行させてもらう形で湖を出発した。休憩を挟みながら順調に移動して、影が長くなってきた頃。
先行していた偵察隊が野営地を確保したと戻ってきた。今夜はそこで一泊するということで、向かった先は、小さな川の傍にぽっかりと開けた場所だった。
先着していた騎士様たちはすでに野営の準備をすすめていた。
「ローリ、まずは馬に水を飲ませよう」
下馬して手綱を取ったノルド様に習い、私もタビーを川岸に連れて行く。
タビーもナハトも嬉しそうに川の水を飲み始めた。
「お疲れ様、ありがとうね」
首筋を撫でると、タビーは水面から顔をあげ、ブルルとたてがみをゆらした。
薪がそんなに確保できなかったということで食事はパンやチーズで簡単にすませることになったけれど、全員に温かいお茶がふるまわれた。みんなで焚火を囲む。ノルド様を挟んで私とヴォイドさん。後ろに立つのはシュヴァルツさん。配置はともかく、やっぱり温かいものを飲むとリラックスできるなあ。
その後、騎士様達が木に天幕をかけて、テントのようなものが作られた。
「ローリはこちらを使うように」
「よろしいのですか?」
ノルド様の斜め後ろからヴォイドさんの物言いたげな視線が突き刺さる。
「慣れぬ身で馬での長距離移動をしてきたのだ。夜気に当たっては体が休まらぬ」
シュヴァルツさんが頷いた。当たり前のようにそういってくれるノルド様に、私は心の底から感謝した。
前世を含めても野営は初めてだし。騎士様たちだから外敵には安全だけど、やっぱり知らない男性の集団の中で眠るというのは緊張するものだ。布一枚でも遮るものがあれば安心感が違う。自分ではわからないけれど、すごく変な寝顔とか、すごい寝相とかしてるかもしれないし。
「翌日の移動に障りないようしっかり休息をとるのも行軍での義務です」
頷きの次にはこんな長文トークまで! これで疲れがとれてしまいそう。
「ありがとう存じます」
喜びを隠しきれない声でお礼をいうと、ノルド様が小さく頷く。
「これも使うように」
おもむろに毛布が差し出される。その隣には同じように毛布を差し出すシュヴァルツさん。
「私も毛布を持参しています」
「一枚では心もとない。女は体を冷やしてはならぬ」
シュヴァルツさんが隣で頷く。
「それではお二人の体が休まりません」
私はアイテムボックスにお布団もたくさんもっているから! その気になればベッドも出せる。これは見つかった時に言い訳がきかないのでやらないけど。
「野営は今日一日のことではない。行先を変えたことでお前の負担も増やしてしまった。少しでも体を休めてほしいのだ」
ノルド様がそういっている間に、シュヴァルツさんが天幕の中にまずは自分の、それからノルド様の毛布を畳んでさっと敷いてしまった。
「この上に横になり、その毛布をかけるとよい」
シュヴァルツさんが横で頷く。
「天幕だけでなく毛布までお借りしたら、ノルド様たちは夜具がなくなってしまいます」
「オレたちはマント一枚でも眠れるのだ。日頃鍛錬をしているからな」
シュヴァルツさんが横で頷く。
確かに、シュヴァルツさんならば……。ふと、脳裏に前世の中の人が映画で披露していた見事な筋肉美が思い浮かんだ。いやいや。だけどマント一枚じゃさすがに。
「あの、よろしければこちらも……」
騎士の皆さんが毛布を手に、ずらりと並んでいた。主と上司を差し置いて毛布を使うことが憚られたのだろう。悲痛な顔を隠しきれていない騎士様たちによって、あっという間に私の前にものすごい量の毛布が山積みされていく。ヴォイドさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ですよねー。なんと断ればいいかと思案していると。
「ならぬ」
断ってくれたのはノルド様だった。
「明日の移動もある、皆は自分の毛布を使用して休み、しっかり疲れをとるように」
家臣の騎士道精神を喜ぶかと思いきや、ノルド様はとても実利的な良い主だったようだ。
「ですが……」
「ならぬ、それぞれ夜具を取って横になるように」
騎士の皆さんはチラリとシュヴァルツさんを見て、それからそそくさとそれぞれの毛布を手に散開していった。
「ありがとうございます。私もノルド様とシュヴァルツさんにしっかり休んで欲しいので、毛布はお返したいです」
ノルド様が首を左右に振った。男前はどこで何をしても絵になるなあ。
「オレはシュヴァルツたちと天幕のすぐ外にいる。ブチ馬も、天幕の隣の木につないである。何かあればすぐに声をあげるように」
もう、そこまでいってくれるなら借りてしまうことにした。
「お気遣いありがとうございます」
せめて、しっかりお礼をいう。
「女の身で野営をさせてしまって、すまない」
「いえ、私こそ天幕や毛布を使わせていただいて恐縮です」
「よい、明日もある。しっかり休め」
「ありがとうございます」
天幕を潜ろうとしたら、ノルド様が幕を持ち上げてくれた。女性に対する扱いがとても丁寧なのは、身分の高さのせいだろうか。もう一度お礼をいうと、“良い夢を”、と就寝の挨拶をもらった。
私は二人分の毛布の間にこっそり布団を敷いて、自分の毛布をかぶる。
「下がシュヴァルツさんの毛布か」
それだけで布団がポカポカしてくる気がする。
自分で買ったことはないけれど、前世では、それぞれのファンに向けてキャラクターの絵や写真がついた枕やシーツが売られていた。だけど! これはシュヴァルツさんが普段愛用している毛布なんだよー。そっと手を伸ばして触ってみる。うん、ゴワゴワ。昨日まで普通に使用されていた野営用の夜具だからね。でも、シュヴァルツさんの! というところが大切なんだよ。新年には、良い初夢を見るために枕の下に宝船の絵をいれるという。全身の下にシュヴァルツさんの毛布がある今夜は、きっと最高の良い夢が見られるはずだ。
あけましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
初夢に間に合いませんでしたが、新年のご挨拶に。
本編では地文となっていた、野営の夜のできごとです
新しい連載を始めました。ご高覧いただければ幸いです! 「公爵家の長女でした」ともども、よろしくお願いいたします。
恋とはどんなものかしら ~当て馬令嬢の場合~
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