インペリアルブルー
「お嬢さん、ローリさん」
あたしがいつも店を出している場所からは少し奥まった屋台で、店番をしている彼女に声をかけた。
「まあ、串焼き屋のおかみさん。いらっしゃいませ」
嬉しそうに笑いかけてくれる。初めてぼっちゃんと串焼きを食べに来た時よりも大分髪が伸びて、女っぷりが上がったんじゃないかねえ。
「もっと早く来れたらよかったんだけど、ローリさんの店はすぐに売り切れて閉まっちまうだろう。またあのお菓子を食べたくてね、今日は店を早仕舞いにしたんだよ」
「まあ、ありがとうございます。私もおかみさんのところに開店の挨拶に行ったきりですみませんでした」
「いいんだよ、繁盛してるようで何よりだ」
「ローリ、こちらは?」
「エディさん、こちらは表通りのほうの串焼き屋のおかみさんです。柔らかくてとてもおいしいんですよ」
「それは今度ぜひ食べに行かないとね」
エドワードです、と深緑の髪をした若い男が愛想よくいった。この髪色、帝都に本店のあるマクラウド商会の血縁だね。あたしを怪しんでるのか、目が笑ってないよ、おお怖い。
「実はね、二人分持ってきたんだよ。よかったら食べとくれ」
あたしは手にした籠から皿を二枚、二人に差し出した。
「マクラウドの若旦那のお口に合うかはわからないけど」
「これはいい匂いですね。さっそくいただきます」
「おかみさん、ありがとうございます。かえってすみません」
「いいんだよ。それでねマクラウドの若旦那、ローリさんを少しお借りしてもいいかねえ」
あたしは街路樹の下に置かれたベンチを指さした。
「構いませんとも。ローリ、目の届く場所から出てはいけませんよ」
「はい、エディさん。じゃあ、おかみさん。そこで果実水を買っていきましょう」
串焼きをごちそうになるんですから、飲み物は私が。といってローリさんが木のコップを二つ手にした。
「はあ、椅子に座るとホッとするよ」
「おかみさんは一日お店をだして、いつも大繁盛ですもんね」
「ありがたいことだけどねえ。たまにはこうして休むのもいいさ」
ローリさんと同じように、切り分けて皿に盛った肉をつまみながら果実水を飲んだ。
「今日はまだお菓子は残ってるかい?」
「ええ、まだありますよ。たくさん買ってくださいね、おかみさん」
茶目っ気たっぷりにローリさんが笑った。本当に可愛らしい人だねえ。あたしは今日の本題をさりげなく切り出した。
「そういえば最近、どうだい? ぼっちゃん、串焼き屋のほうにはさっぱり顔をだしてくれないんだけど」
「私も、お店を出してからはお会いしてないです。お忙しいのでしょうね」
ローリさんが寂しそうに笑った。
ああ、ローリさんはやっぱり知らないんだね。この間、ぼっちゃんが来ていたこと。本人たちはこっそりのつもりらしいけど、ぼっちゃんもお付きの騎士連中もみんな大きな体で大きな馬を連れているから。町場の人間からすれば目立つことこの上ないんだけど、みんな気が付かないふりをしている。
青紫の目をした男の子。お偉い人たちは「インペリアルブルー」と呼ぶらしい。皇帝さまの血筋に時々出る特別な瞳。この街の、帝都の主。いずれこの国の主となる雲の上のお方だ。家も店もここにあって、街から出る機会のないあたしなんかは知らなかったけど、帝都によく行く乗合馬車の御者が教えてくれた。
帝都ではぼっちゃんの誕生日にはお祝いのパレードがあったり、バルコニーで手を振ったりもするらしい。あの不愛想な子がねえ。どんな顔して手を振ってるんだか、一度見てやりたいもんだ。
ぼっちゃんの正体を、街の連中のどれくらいが知っているのかはわからないけど、言いふらすことでもないと思うからあたしも黙ってる。たまにいる、平民には何をしてもいいと勘違いしているようなバカ貴族とは違う。時々ふらりと現れて、屋台や食堂を食べ歩くぐらいだし、良く食べるからお得意様でもあるしね。
うちはなかなかの人気店で、街門から続く通りがよく見える場所にある。板であおいで肉の焼ける匂いを流してやれば、ぼっちゃんに限らずみんなふらふらと店によってくるってもんさ。それなのに。いつだってあたしの店で串焼き肉を頬張っていたのに、あのぼっちゃんが店に寄らないで街を出て行ってしまった。いつもの不愛想さんとは違った、声をかけるのも憚られるような強張った顔をしておいでだったよ。
あたしはピンときた。隣の屋台にちょっと見といておくれと声をかけて路地を歩いて行った。やっぱり。ローリさんが楽しそうにマクラウドの若旦那と店番をしていた。ぼっちゃんはこれを見ちまったんだね。あれっきり、ぼっちゃんはまた姿を見せなくなった。
いずれこの国の主になるお方が、“いい人”だと連れてきたお嬢さん。最近、なぜか他の男と店を出して、あたしも不思議に思っていたんだ。いくらマクラウドが大店だといったって、ぼっちゃんの“いい人”にちょっかいをかけるなんて豪気過ぎやしないかい? それに、お嬢さんのほうもぼっちゃんに“脈あり”だと思うんだけどねえ。町人風情が余計なお世話かもしれないけど、あたしはぼっちゃんには幸せになってもらいたいんだ。だから。
「そういえば、もうすぐぼっちゃんの誕生日だろう? 今度来たら串焼きをたらふくごちそうしてやらないとね」
「まあ、そうなんですか。私も何か贈り物を用意します」
いつも、とってもお世話になってますから、とはにかんだ。
やっぱり。ローリさんはぼっちゃんの正体を知らないんだね。マクラウドの若旦那、何で教えてないんだか。いいや、あたしも云えやしない。ぼっちゃんがいっていないのなら。一介の町人のあたしが告げることじゃない。その正体も。この間、お嬢さんを見て悲しそうに帰ってしまったことも。
でも。ぼっちゃんのために、これだけは伝えておきたい。伝えなくっちゃあいけないってことがある。きっとね、この街で暮らしているあたしにしか伝えられないことなはずだ。だから。あたしはなんてことない顔をしてきりだす。
「ローリさん、この間ぼっちゃんは結局何を買ってくれたんだい?




