手紙
「エディさん、今日の分のクレープはもうさっきので売り切れです」
「まだ昼前ですよ、前回よりもさらに売れ足が速くなりましたね」
「今日はカスタードにブルーベリーを混ぜてあるんです。おじいさまの一押しです」
「ああ、あれはジャムよりもプチプチした触感があっておいしいですからね」
屋台を出すようになって、もう二週間になる。エディさんと市場を回ってお手頃な果物を探し、カスタードクリームと合わせて試食品を作ったり。刺しゅう入りの小物を作りためたりといった準備期間は文化祭の前のようでとてもとても楽しかった。
屋台なんだから、準備ばかりしていないでまずは気軽に売ってみようということで、あっという間に開店することになって。最初は恐々と始めた売り子さんも、今ではなかなか板についてきたような気がする。
売っているのが作り置きのお菓子や刺繍小物など、行列ができるような種類のお店ではないこともよかったのかもしれない。買いに来るのはたいてい女性だし、生活必需品でもなく。一度にたくさんとか、毎日必ず買うような品物ではないので、私にとってはちょうどいいペースで商売させてもらっている。
準備期間中は毎日通ってきてくれていたエディさんも、今はお店を出す前の日に来て、お店を出した日の午後に戻るような感じだ。商売のアドバイスというよりも、私が一人で店番をしなくてすむように気を使ってくれているのだろうなあと思う。ぽつりぽつりと来る程度のお客さんなのに、売り子二人は必要ないからね。
エディさんと二人の店番も、最初は何を話してよいやら気まずかったりしたのだけど、最近はなかなか楽しく過ごせている。行商や屋台、店舗経営の経験もあるエディさんの話はとても楽しくて勉強になるし、手の空いている時は帳簿のつけ方なども教えてくれるのだ。
私たちのように、週に何度か、時間貸しで出店している屋台のスペースは人通りの少ない場所に割り当てられているので、雰囲気もゆるく、みんな椅子に座って手仕事をしたりお茶を飲んだりしながらのんびりとやっている。
今のところは週に2回の午前中だけだし、正直、売り上げ的には微妙な儲けで、これで今すぐ生計を立てることはできていない。けれど、周囲の屋台とは何度も顔をあわせるうちに顔見知りになれた。何度もきてくれるお客さんもいて、マクラウド家の住人以外の知り合いができ、街や市井の生活に馴染むという意味ではよい経験値になっていると思う。おじいさまはいらないといってくれるけれど、帳簿の練習といって利益の一部を納めるようにしている。
公爵家にいた頃を含めて、いや、もしかしたら前世もあわせても今が一番楽しいかもしれない。前世での学校生活はお友達もいて楽しかったけれど、進学先を制限されたり、なにより奨学金をもらうためによい成績を取り続けなければいけないというのはかなりのプレッシャーだった。今はお金の心配がまるでないというのが何より大きい。
マクラウド家の居候という立場ではあるけれど、アイテムボックス内にはお金も物資もたっぷりあるのでいざとなれば一括返済もできるし。何かあればタビーに乗って手ぶらで逃げても何も困らない安心感! みんなとても良くしてくれて、ここを出ていきたいどころか、むしろここにずっといられたらいいと思うけれど。
そんな風に。あてのない逃亡生活から街に定住し、小商いといえど順調で、知り合いが増え。ささやかながら心のゆとりと生活に自信が持てるようになってきた私は、なんとノルド様にお手紙を書いてしまったのだった。
老のお孫さんに手伝ってもらって無事お店を始められたこと、自立にはまだ足りないけれど屋台が順調なこと。髪がまた少し伸びて、料理や売り子の仕事の時にはノルド様のリボンを結んで気合を入れていること。いろいろな果物をいれて、カスタードクリームの種類が増えたこと。特に人気のブルーベリー味をノルド様に食べてもらいたいこと。毎日楽しく暮らしていること。この街を、この家を紹介してくれたノルド様にとてもとても感謝をしていること。
便箋にして3枚。自分でもちょっと長いかな? と思ったけれど、どうせ書くのなら伝えたいことを全部書いてしまおうと思って。知り合いが増えたといっても、他にお手紙を送るような人もいなかったし。誰かに今の生活の充実ぶりを伝えたかった。それにはやっぱり、出店してみようと思わせてくれたきっかけ、マクラウド邸の外に連れ出して、屋台や街を見せてくれたノルド様しかいないと思ったのだ。
実はちょっと気になっていることもあった。ノルド様が前回、騎士様たちと立ち寄られた時。街の散策から戻って、お店をだしてみたいという話をしたときに、ノルド様は少し険しい顔をされていた。おじいさまに頼まれて厨房にお湯をもらいにいって、戻ってきたら応接室にはおじいさましかいなかった。急な用事で帝都に戻られたのだと。次は遠乗りに行こうと伝言を預かったといっていた。
ノルド様には私が生家から逃げてきたことを話してある。あの時、私が人目につくことを思慮してくれていたのに、聞き入れずにお店を出してしまったことが少し後ろめたかった。もしかして、本当は急用ではなくて、心配を無下にされて気を悪くして帰ってしまった、なんてことはないと思うのだけれど……。
何の見返りもなく火の扱いを教えてくれたり、足手まといを街まで同行させてくれて、素性も知らないのに居候先まで与えてくれた優しい人が、そんなはずはない。でも、あのあとノルド様に会う機会もなく。最後に見た顔はどうみても出店を喜んでくれてはいなかったから。私は少しだけ不安になってしまうのだ。
この国で初めて、私を心配しているといってくれた優しい人に嫌われるのは怖い。“次の約束”を残していってくれたけれど、お忙しいだろうから一体いつになるかはわからない。それまで、ただ待っているのがどうにもできなくて。
ノルド様の思慮を決して無下にはしておらず、屋台は週に二回の午前中だけ、必ず付き添いがいて危ない目にはあっていないことを書き添えた。それからブルーベリーの入ったカスタードクレープも籠にいっぱい。屋台を終えて帝都に戻るエディさんが、騎士様の詰め所に寄る用事があるからと預かってくれた。
遠乗りの時は無理かもしれないけれど、いつか、私が屋台で売り子をしている姿を見てもらえたら。そして、串焼きのように一緒にブルーベリークレープを食べたい。利益の一部はおじいさまにも納めているけれど、ノルド様積み立てもしているのだ。ノルド様は高位貴族だから、町場で欲しいものなどないと思うけど、今度は私がノルド様積み立てから串焼きをごちそうできたらいいなあ。
諸事情によりGW中はなぜか平日よりもPCに近づけず、ノートに手書きをしておりました。
お待たせして大変申し訳ありません。いつも読んでくださってありがとうございます!
更新頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。




