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「はあ、やっと出られたわ。タビー、ありがとう」

私が黒髪の男の下から抜け出すと、タビーはおもむろに口を開いた。男の上半身がドサリとベッドに落ちる。


助けを乞う私の声をきいて、タビーはきてくれたのだ! 厩替わりの倉庫の扉は、タビーがいつでも出入りできるように外してあったのだけど、いわゆる玄関は閉ざされていて。タビーが小屋の入り口を叩くように前足を掻いている音がする。後ろ足で本気で蹴られたら扉が壊れるだけではすまないかもしれない。私はあわてて、扉をアイテムボックスに収納した。飛び込んでたタビーは、私の上に倒れこんでいる男の襟首をバクッと咥えて持ち上げてくれたというわけだ。


ベッドの上にうつ伏せ横たわる男は若干苦しそうけど、仰向けに戻してあげることはしないで私は小屋を出た。私も痛い、重たいめにあったのだ。彼も少しは苦しい思いをしたらいいのだ!

「扉、つけておかないとね」

タビーが小屋を出てから扉を元の状態に戻し、二人で湖のほうに歩いていった。畔に腰を下ろす。タビーは体を横たえた。私はタビーを背もたれにするように寄りかかった。温かさを感じて、ほっと息をついた。


「タビーごめんね。助けてくれてありがとう」

手を伸ばして肩のあたりを撫でると、気にするなというように長い尻尾をひと振りしてくれた。


「あの人、『俺を狙ったのはお前か』っていってた。あの身なりにしても黒馬にしてもそうだけど、狙われるような身分の人っていうことね」

巻き込まれないようにしなければ。早く良くなって、早く出て行ってもらう。そうしたらまたタビーと二人でゆっくり過ごせばいい。


「それにしても、重たかったわ。腕のあたりとか、布越しでもタビーみたいな感触だった。あの人、どれだけ筋肉が詰まっているのかしら」

うらやましい。それが正直な気持ちだ。もし私があの人のような男性だったらどうだろう。


自分が男だったらと考えたことが何度もある。「次期様のようになれませんよ」と家庭教師にいわれる度。妹のようにふるまえず、母からの失望を感じる度。殿下と男爵令嬢の睦まじいという噂を聞く度、そしてそれを父に叱責される度。兄ほどに優秀にはなれず、跡取のスペアにはやはり足りなかったかもしれない。それでも、男の体があれば剣や乗馬を訓練して、次期当主の兄を脅かすことのない弟として、兄を支え守る騎士として父にも認めてもらえたのではないか? 妹を守る気さくな次兄として関係を作り、母にも受け入れてもらえたのではないか。男であれば殿下のご学友という形で上手くやれたのではないか。


「……そんな訳ないのにね」

小さく自嘲の笑みが漏れた。

「あの人、苦手だわ」

早くいなくなって欲しいのは面倒ごとに巻き込まれたくないだけじゃない。整った見目に上質な衣装。何より、人を従えることに慣れた物腰が兄を、父を、殿下を思い出させる。ここにきて、楽しいことばかりでゆるりと弛緩していた心がきゅっと縮みこむ。


わかっている。彼のせいじゃない。置き去りにしてきた人達へのわだかまりを、私が勝手に彼に投影して委縮しているだけだ。彼には何も関係ない。早く元気になって、早く出て行ってもらえばいいだけ。ほんの数日、怪我人を介抱するだけ。それだけだ。私はタビーのあたたかいお腹を何度も撫でた。

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― 新着の感想 ―
[一言] また、襲ってくるかもしれないから、少なくとも手は縛っておくのは当然でしょう。普通は、もう見捨てるでしょうね。
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