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㉒ 今の私にできること

「本当にいいんだな?」


「うん。一時的とはいえ、今は私が皇帝だからね。目を背けるわけにはいかないよ。できるだけのことをしないと」


「わかった。なら、もう止めない」


 こういった会話の後、私たちが向かったのは後宮と牢獄から助け出された人たちが治療を受けている救護施設だった。


「皇帝陛下、お待ちしておりました。このような場所に足をお運びいただきありがとうございます」


 先ぶれを出しておいたので、壮年の医師が跪いて私たちを迎えてくれた。


「よろしくお願いします。お忙しい中、お時間をとらせて申し訳ありませんが、これも必要なことなので。それから、少しですが薬を持ってきました。ここで使ってください」


「おお、これはありがたい!助かります!」


 私がアレグリンドから自分用に持ってきた回復薬などを手渡すと、医師はとても喜んでくれた。

 これは本当はマックスに反対されたんだけど、私のためにとっておくより今必要としている人がいるならそっちに回すべきだと説得して、少しだけ手元に残してあとは全部救護施設に渡すことにしたのだ。

 もう魔獣が出てくることもないし、護衛もしっかりついているんだから私が危険な目にあうことはないはずなのだから。

 

「後宮からは、近衛も含めて約百人が救出されました。全員が手当が必要な状態です。外傷がある人もいますが、それ以上に問題なのが、全員が薬物中毒になっていることです。また、ほぼ全員が精神的な傷を負っています。せっかく助かったのに、このままでは自殺してしまいそうな人も少なくありません。特に軍人はほとんどがそうです。体は治療できても、心を癒せる薬はありませんので……」


 後宮に入れられた男性に惨い罰を与えたり、虐殺したりするのは近衛の役割だったのだそうだ。

 本来なら人を守るためにいるはずの軍人が、罪のない人たちにそんなことをするのはとても辛かっただろう。

 そんな過酷な現実から目を背けたくて薬物を使っていたのだそうだ。

 そして、後宮に入れられた男性たちは、軍人と同じ薬物に加えて各種媚薬などを与えられていて、酷い状態の人も多いとのことだった。


 予想してはいたけど、胸が悪くなるような話だ。


「牢獄の方はどうだったのですか?」


「そちらからは、約二百人が救出されました。こちらは半数ほどは無事で、帝都に家がある人は既に帰宅させています。これは陛下のような若い女性にお伝えするのは抵抗があるのですが……救出されたのはほぼ全員女性でした。それも、若く美しい女性ばかりです。その……牢獄に入れられた女性を前宰相は好きなように弄んでいたようで……こちらも質の悪い媚薬などに侵されている人が多数います」


 また耳を塞ぎたくなるような話だった。

 さらに悪いことに、まだ話には続きがあるのだ。


「男性はどうなったのです?若くない女性もいたはずですよね?」


「魔力量の豊富な貴族は、投獄されるとすぐに魔力を全て吸い取られて殺害されました。それ以外は、人体実験や魔法具を造る材料にされたり……あの魔獣が出てくる魔法具も、そのようにして造られたそうです。今のところ、私が把握しているのはここまでです。詳しいことはまだ調査中だそうです。これ以上の惨いことは行われていなかったと信じたいところですが……」


「そうですね。もう酷い話はたくさんです……」


 私たちは静謐の牙の護衛まで含めて青い顔で俯いた。

 

「酷い話ではありましたが、約三百人もの人々が救われたというのもまた事実です。もう後宮はありませんし、無実の罪で投獄される人もいません。悪夢の時代は終わりました。陛下にはどれだけ感謝しても、し足りないくらいです」


 医師は努めて明るくそう言ってくれた。

 それだけで、私も少し救われたような気分になった。


 それから医師は私の求めに応じて施設内を案内してくれた。

 寝台も病室も足りないらしく、廊下の床にシーツや毛布が敷かれてその上に寝かせられている人もいる。 見る限る全員男性だ。


「ここにいるのは、後宮にいた人たちです。女性患者は、別な棟に隔離してあります。男性を近づけるのはよくありませんから」


 青い顔で死んだように眠っている人、包帯でグルグル巻きになっている人、胸のあたりを押さえて苦し気に呻いている人、錯乱してなにやら喚きながら寝台に縛りつけらている人……医師は悪夢の時代は終わったと言ったけど、この人たちにとって悪夢はまだまだ続いているのだ。


 その間で立ち働く医師や看護人も、ずっと休む間もなく働いているのだろう。目の下のクマが酷い。


 私が救護施設を訪ねるのをマックスが渋ったのは、私にこのような光景を見せたくなかったからだ。


「レオ。もう十分だろう。これ以上ここにいてもできることはない。部屋に戻ろう」


 私の肩を抱いて視界を遮ろうとしたマックスに、私は首を振った。 


「いや、そうでもないよ。私にもできることがあるよ」


 私は医師に向き直った。


「私、洗浄魔法が得意なのです。汚れたシーツとか包帯とか、きれいにするのを手伝わせていただけませんか?」


 そう言うと、医師はぎょっと目を見張った。


「陛下が手ずからなさるのですか!?」


「こういった場所では、清潔を保つことが重要ですよね?今はどこも人手不足だと聞いています。洗濯する手間が省けると助かりませんか?」


「それは、もちろん、助かりますが……よろしいのですか?」


「是非手伝わせてください。今の私にはそれくらいしかできませんから」


 短期限定の皇帝だから、執務とかはないからね。

 それなら、私にできる範囲のお手伝いをしてもいいだろう。


「では……お願いしてよろしいでしょうか。正直、本当に助かります」


 医師が連れて来てくれた部屋には、汚れた布類が山のように積まれていた。

 血やらなにやらの混じりあった悪臭も漂っている。


「ここまでとは……申し訳ございません、とても陛下のお目に入れられる状態では」


「大丈夫ですよ。これくらい平気です。では、早速」


 焦る医師ににっこりと笑って見せてから、私は意識を集中して洗浄魔法を展開した。

 表面の布だけでなく、積み挙げられた布の山の内部にも満遍なく魔力を行き渡らせるようにと丁寧に魔力コントロールをして、数秒後には汚れた布類の山は清潔な布類の山に生まれ変わった。


「おお!こんな一瞬で!これは素晴らしい!」


 医師は目を丸くした。


「まだまだいけますよ。汚れものをありったけ持ってきてください」


 そう言った私をマックスが遮った。


「集めてもらうのも手間がかかる。もうどうせだから、病室を回って片っ端から洗浄したらどうだ」


「それもそうだね。どうでしょうか?」


 マックスの意見に私は同意した。

 確かに、そうした方が効率がよさそうだ。


「是非お願いいたします!」


 というわけで、私たちは医師の後をついて施設内の全ての部屋を周り、目についた汚れもの全てに浄化魔法をかけた。

 患者も看護人も他の医師たちも、突然現れた私たちに驚いていたけど、きれいにしてあげるととても感謝された。


 そうやって全ての部屋を周り終えてから、また明日も来ると告げて部屋へと戻った。


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