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㉑ 僭帝としての役割

 翌朝、気を利かせてドレスをいくつか持ってきてくれた侍女たちに申し訳なく思いながらも、アレグリンドから持ってきたジークのお下がりに袖を通した。

 ドレスなんか着ていたら咄嗟に動けないかもしれないし、こんな短い髪で着飾ってもね、と言うと諦めてくれた。


 ただし、もう性別を偽る必要はないので、胸を平らに押さえつけてはいない。

 お下がりを仕立て直す時に、お針子さんたちが頑張って胸を平らにしてもしなくても違和感なく着られるように調節してくれたのだ。

 私もマックスもほとんど自分で身支度を整えてしまったので、侍女たちからしたら張り合いがないことだっただろう。

 こういう時は髪が短いと楽でいい。


 疲労と憔悴の色が濃いアルディスさんが迎えに来てくれて、会議室に連れて行ってくれた。

 本来なら謁見の間が相応しいのだけど、昨日の魔獣騒ぎでとても使える状態ではないので急遽別の部屋になったのだそうだ。

 侍従が開けてくれた扉から中に入ると、室内のざわめきが一瞬で収まって全員が跪いた。

 私はそれを横目にできるだけ堂々と見えるように歩いて、全体が見渡せる位置に据えられた椅子に座った。これが簡易の玉座なわけだ。本物は粉々になってしまったからね。

 私の左右に昨日と同じようにマックスとアルディスさんが立った。

 静謐の牙からも二人護衛としてついてきてくれていて、後方に目立たないように控えている。


「皆さん、顔を上げてください」


 私は昨日の派手な簒奪劇を繰り広げていた時とは打って変わってできるだけ柔らかい声で言った。


「私はレオノーラ・エル・アレグリンド。隣国アレグリンドの現国王陛下の姪にあたります。そしてご存じの通り、昨日から正式にキルシュの皇帝となりました」


 私がキルシュの御璽でもある大きな指輪を魔力を流してキラキラと輝かせ、同時にアレグリンド王家の紋章を宙に大きく浮かび上がらせると、室内に静かなどよめきが広がった。


「どういった経緯で私がここにいるか、ということは説明があったと思います。そのことについて、なにか質問はありますか?」


 私がここに来る前に、クーデターの計画の詳細が周知されているはずだ。

 それに関して、物申したい人もいることだろう。

 

「発言をお許し頂けますでしょうか」


 五十代くらいの、アルディスさんに負けず劣らず酷い顔色の文官風の男性だった。


 私が頷いて見せると、


「ありがとうございます。私はヴァイス・レンタークと申します。侯爵位を頂いております。先々代の皇帝陛下に側近文官としてお仕えしておりました」


 疲れが滲みながらも、はっきりとよく通る声だった。


「言うまでもありませんが、キルシュ国内は問題が山積しております。政務ももうずっと滞っており、酷い有様です。昨日の今日ではありますが、陛下におかれましては一日も早い対応をお願い申し上げたく」


「もちろん、そこは承知していますよ」


 私は再び頷いて見せた。


「今回のクーデターは、軍を中心に計画されたものです。私には今、信頼できる文官がいない。私も王族とはいえ成人したばかりの若輩者で、政に関わったことがありません」


「存じております。なれば、是非とも早急に側近として召し上げる文官を選んで頂く必要があるかと」


「それに関しては、近日中に解決策が届きますので、もうしばらくお待ちください。それまでは、とりあえず人命優先で対応するようお願いします」


「解決策が、届く?のですか?」


 怪訝な顔をした貴族たちを前に、私はにっこりと笑った。


「我が従兄でありアレグリンドの王太子、ジークフリード・エル・アレグリンドが騎士団を率いてもうすぐ帝都にやってきます。優秀な文官もたくさん連れてきてくれますので、今無理をして未熟な私が裁決を下すより、もう少し待つ方がいい結果となるでしょう」


 ほとんどの貴族たちは既に悪い顔色がさらに悪くなった。


「そ、それでは……私たちは、元からいるキルシュ貴族たちは、立場を追われるということでしょうか」


「そうは言っていません。この地にはこの地の風習や習慣があるでしょう。それはいくら優秀でもアレグリンドの文官にはわからないことです。皆さんの協力が必要不可欠です。追い出すようなことはしませんよ」


 ほっとした面々だけど、ただそれだけで終わるわけではない。


「ただし、昨日も明言した通り、前皇帝フィリーネの治世において、悪事に手を染めたものはその限りではありません。きっちりと裁きを受けていただきますから、首を洗って待っていてください」


 当然ながら、皇帝の首がすげ変わったからって、罪が消えるわけではない。

 罪は償ってもらわなくてはいけない。


「それで、アレグリンドの文官の方たちが手助けをしてくださるとして……その後はどうなるのですか?キルシュはアレグリンドの属国になるのですか?」


「それを決めるのは私ではありません」


「は?それでは、一体誰が」


「もちろん、我が従兄、ジークフリード・エル・アレグリンドですよ」


 ざわめく貴族たちに、私はにっこりと笑って見せた。


「我が従兄だけでなく、セールズ・ハインツ西方将軍が西の砦で保護しているという皇子もこちらに向かう手筈になっています。数代前の皇帝の孫にあたる皇子だそうですから、血筋だけのことを言うならば私などよりよほどキルシュ皇帝に相応しいと言えるでしょう」


 ちゃんとキルシュ皇族の血を引いてるんだからね。

 キルシュはアレグリンドより血筋を大事にする傾向があるそうだから、この点は重要なはずだ。


「ただ、正統な血筋だというだけで、どのような皇子なのかは会ってみないとわかりません。実際に顔を合わせて話をして、キルシュとその皇子をどうするか、我が従兄が決めることになります」


「皇帝陛下がいらっしゃるというのに、そのような判断までアレグリンドに頼るのですか!?」


 その通り。私は腰かけと言うか、一時しのぎでしかない。


「我が従兄がここ帝都に到着次第、私は帝位を退きます」


 私がきっぱりと言い切ると、レンターク侯爵は今にも倒れてしまいそうなほど驚愕の表情になった。


「本気でおっしゃっているのですか!?」


「私が冗談でこんなことを言うとでも?皇子をキルシュ皇帝として即位させるかどうか。キルシュをアレグリンドの属国とするのか、一地方として併合するのか、友好国のままでいるのか。あるいは他の選択肢もあるかもしれませんね。我が従兄がどのような決断を下すのか私にもわかりません。ただ、私が皇帝でなくなるのは決定事項です。これは覆ることはありません」


「そ、それで、本当によろしいのですか……?」


「もちろんです。私は皇帝になりたいという野心のためにクーデターの計画にのったわけではありません。昨日も言いましたが、罪のない人たちがこれ以上理不尽な目にあわないように、アレグリンドに魔獣が溢れることがないように。そのために私は簒奪者となることを決めたのです」


 私は皇帝になりたいなんて思ったことはない。

 どう考えても私には向いてない。

 ただ、目的のために、しかたなく一時的に僭帝になったのだ。


「私がこのような立場になったことで、アレグリンドもキルシュに介入する大義名分を得ました。我が従兄は文官だけでなく、食料や薬、様々な支援物資を運んできてくれる予定です。まずは、それらを有効活用しながら、キルシュを建て直すことに集中してください」


 私はここで言葉をきって、ゆっくりと顔色の悪い貴族たちを見まわした。


「アレグリンドがキルシュを支援するのは、なにも純粋な善意からだけではありません。それなりに見返りを得ることを計算した上でのことです。それでも、今のキルシュには支援を受けないという選択肢はないはず。物質的にも精神的にも、キルシュは疲弊しきっている。ここでアレグリンドの手をとらないと、これから何年も厳しい時代が続くことになるでしょう。それでもいいのですか?」


 後宮と牢獄に入れられて、支配階級である貴族の数が激減した上に、フィリーネとギースは財政面もキルシュをめちゃくちゃにしてしまった。

 これでは国を運営することもままならない、というくらいになってしまったから、クーデーターが計画されたのだ。


「安心してください。アレグリンドの国王陛下も我が従兄も、とても慈悲深いのですよ。だって、王太子を奴隷に差し出せなんて無茶な要求をしてきたキルシュを救おうとしてくださっているのですから。今回の支援を盾に、キルシュから税を搾り取るようなことはなさらないはず」


 これは自信をもって断言できる。

 陛下もジークもキルシュから搾取しようなんて思っていないはずだ。


「他国から政に口を挟まれたくないという気持ちは理解できます。ですが、これは報いなのです。あなた方はフィリーネとギースの蛮行を止めることができなかった。あなた方が手をこまねいていたせいで、このような事態に陥ってしまったのです。あなた方のプライドなど、今までに失われた命に比べれば鼻で笑えるほど軽い。傷つこうが踏みにじられようが、些末なことです。あなた方には、それを嘆く権利すらない。これ以上の犠牲を増やさないためにも、支援を受け入れていただきます。私もそのために、危険を冒したのですから」


 反論されるかと思ったけど、皆顔を俯けたまま私の顔を見ることもできないでいるようだった。


 そっと手を差し出すと、マックスが大きな温かい手で握り返してくれた。 

 私は一度深呼吸をして二人の魔力を引き出し、昨日も謁見の間でしたように室内の空気をビリビリと震わせた。 


「私が帝位を退くことと、アレグリンドがキルシュの政に深く介入することは、もう決まったことです。異論は一切受けつけません。邪魔をするなら容赦なく投獄します。場合によっては、重い処分を下すことになるということをよく覚えておいてください。いいですね?」


 私が本気であるということが伝わったようで、居並ぶ貴族たちは冷や汗をかきながら一斉に跪いた。

 敢えての威圧はそれなりに効果があったようだ。

 速やかにアレグリンドの支援が受け入れられるなら、それでいい。


「失われたものは大きい。でも、これからの行い次第で救えるものもあるはずです。そこをよく考えてくださいね。それから、どうしても急いで皇帝の裁決が必要な案件があるなら私のところに持ってきてください。話は聞くと約束しましょう。私からは以上です」


 そう言い残し私は会議室を後にした。


 これで私の役目はほとんど終わりだ。

 あとはジークたちの到着を待つだけだ。


「アルディスさん……上手くできたでしょうか」


「できたと思います。強いて問題点を挙げるなら、レオノーラ姫に帝位を退いてほしくないという声があがるかもしれない、ということでしょうか」 


 それは勘弁してほしい!

 一時的なものだから、思い切って簒奪なんてやったのだから。


「私が皇帝なんて無理ですよ」


「そんなことはない、と軍人の私でも思いますよ。というわけで、そういう方面のことも気をつけてくださいね。王太子殿下が到着するのはまだ何日も先のことですから」


「ええぇぇぇ……」


 なんだか気が遠くなってしまい、また頭がくらくらしてしまった。


 咄嗟にアルディスさんが支えようとしたのを、マックスがやや強引に私の体を抱き寄せて横抱きに抱え上げた。


「兄上、レオに触らないでください」


「マックス、俺はべつに」


「兄上もお忙しいのでしょう。もう行ってください。レオは俺が部屋まで連れて行きます。護衛もいるから大丈夫です」


 そう言い捨てると、マックスはアルディスさんを残してすたすたと歩み去った。


「マックス……今のは、あんまりじゃない?」


「ここは敵地だ。どれだけ警戒してもしすぎることはない」


「でも、アルディスさんだよ?お兄さんだよ?」


「兄上だからこそ、余計に気を抜くな。兄上はあれで手が早い」


 アルディスさんは優しそうな容貌で、モテそうだとは思うけど。

 だからって私になにかするなんてことはないんじゃない?


 結局私はそれ以上なにも言えず、大人しく客室まで運ばれた。


 静謐の牙から来てくれた護衛がなんだかニヤニヤしていたのが気にかかった。


 


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