⑰ ここからが本番
扉の閂を外して重たい扉に体当たりするように押し開くと、外では青い顔のアルディスさんたちが待っていた。
「マックス!もう終わったのか!?」
「この通りです」
マックスは担いでいるフィリーネを示すと、アルディスさんと一緒にいた軍人が表情を引き締めた。
ここで私たちは奪った剣を手放し、アルディスさんに預けてあった愛用の剣とジークから貰ったナイフを受け取った。
やっぱり使い慣れた剣が一番だ。
「兄上、ここから先は?」
「謁見の間に行く。そこで今、議会が行われていて、主だった貴族はだいたい集まっている。父上もいるはずだ」
ここでアルディスさんは私に真剣な瞳を向けた。
「レオノーラ姫、打合せ通りに。よろしいですね」
謁見の間で、私には重要な役割がある。
アルディスさんはその覚悟を私に問うたのだ。
「はい、わかっています」
もちろん覚悟なんてとっくにできている。
頷きを返した私にほっとした顔をして、アルディスさんは先導をしながら走り出した。
ここまでは驚くほど順調だ。
でも、きっとこのままでは終わらない。
謁見の間でなにかが起こる。そんな気がする。
たまにすれ違う軍人や侍従の中には、私たちを見てぎょっとした顔をする人と、私たちの後ろをついて走り出す人がいた。
クーデターの計画を知っている人とそうでない人の差なのだろう。
ぎょっとした人はたまに剣を抜いて襲い掛かってきたけど、ほとんどアルディスさんが一刀のもとに斬り伏せて変わらぬスピードで走り続けた。
謁見の間の前にたどり着くころには、つき従う軍人が十人くらいに増えていた。
アルディスさんは振り返って全員の顔を一度見まわし、
「いくぞ。いいな」
そう言ってから、わざと音を立てるように乱暴に扉を開いた。
「何事だ!?」
中にいた多くの貴族たちが一斉に私たちを振り返った。
そのほとんどがやけに豪華に着飾っていてどの顔もなんだか下卑たように見えるのは、こに集まっているのは宰相オスカー・ギースに阿る者ばかりだという先入観のせいだろうか。
私は右後ろにフィリーネを担いだマックス、左後ろに血で塗れた剣をひっさげたままのアルディスさんを従え、堂々と歩みを進めた。
誰何の声を上げる人もいたけど、アルディスさんに睨まれてそれ以上なにも言えずに引き下がった。
私はそのまま段上にある玉座の前まで進み、それからくるりと芝居がかった仕草で振り返ってざわざわと騒がしい謁見の間を見まわした。
マックスとアルディスさんは私の左右に控えるように立ち、他の軍人たちは私たちを守るように下段で剣に手をかけ状況についていけていない貴族たちを睨みつけた。
国王陛下が夜会の開始時にしていたように手を上げると、ざわめきが止んで静かになった。
「私はレオノーラ・エル・アレグリンド。アレグリンド王家に名を連ねる者」
低く掠れた声ながら、私は精一杯声を張り上げ、ジークに貰った指輪に魔力を流して宙に大きくアレグリンド王家の紋章を浮かび上がらせた。
再び謁見の間は先ほどより大きなざわめきで満ちた。
なぜアレグリンドの王族がここに?
レオノーラ?あれは女なのか?
なぜキルシュの軍人を従えているのだ?
衛兵はなにをやっているのだ!
そんな声が聞こえてくる。
「静粛に!まだお言葉の途中である!」
アルディスさんがよく通る声一喝すると、また静けさが戻ってきた。
「罪なき人々を女皇フィリーネの悪政から救うため、我がアレグリンドの地を魔獣の脅威から守るため。私は今日ここでキルシュの帝位を簒奪する!」
そう言い切ると、室内に今度は怒号と悲鳴が溢れた。
どういうことだと詰め寄ろうとする人もいるけど、下にいる軍人に阻まれて段には昇れないでいる。
ちょうどいいタイミングで、赤地に金色の刺繍がたくさん施された重たそうなローブを着た、シワシワのおじいちゃんを担いだ軍人がやってきた。
その後ろにもう一人、白い布の包みを抱えた人が続いている。
「教皇!」
だれかが叫ぶのが聞こえた。
このおじいちゃんはキルシュで教皇と呼ばれる立場の人なのだ。
おじいちゃんは玉座の前で床に降ろされ、怯えた目で私を見上げた。
可哀想だけど、もう少しがんばってもらわないといけない。
「私をキルシュの皇帝にしていただきます。意味はわかりますね?」
布の包みから出てきたのは、キルシュの王冠だ。
たくさんの宝石や魔石が散りばめられ、中央に一際大きな緑色の魔石が燦然と輝いている。
「抵抗しても無駄ですよ。さあ、早く」
教皇は震える手で王冠を取り、それを跪いた私の頭に被せた。
またいくつもの怒号と悲鳴が響いた。
「レオ。取れたぞ」
それからマックスが手渡してくれたのは、フィリーネが左手中指につけていた大きな指輪だ。
これは王冠とセットの魔法具になっていて、王冠が教皇の手により別の誰かの頭に乗せられると、前の皇帝の指から自然に外れるようになっているのだそうだ。
私はその指輪を広間に見せつけるように左手中指にはめて、魔力を流した。
すると、フィリーネの魔力で緑に染められていた魔石が私の魔力で深い青に染め替えられ、キラキラと光輝いた。
今の私からは見えないけど、頭にのせられた王冠の魔石も同じ色になったはずだ。
「これで御璽と王冠は私のものだ!今この瞬間から、私がキルシュ皇帝となる!」
実は、この指輪がキルシュの御璽なのだ。
キルシュではこの王冠と御璽の魔石を染めたものが皇帝となると決まっている。
「異議があるものは進み出よ!我が火竜の餌食としてくれよう!」
私はマックスの手をとり、その魔力を借りて頭上にマックスの身長の四倍くらいの大きさの火竜をつくりだした。
ついでに鳳凰も二羽左右に従えるようにつくりだし、謁見の間を睥睨するようにした。
火竜は工夫してできるだけ怖い顔になるようにしてある。
初めて見る人は驚くこと請け合いだ。
「命が惜しければ、私に従え!」
火竜と鳳凰は、かなりのインパクトだったらしく貴族たちは恐慌状態に陥る寸前だった。
そして、そんな中、マックスはゆっくりとした仕草で見せつけるようにその仮面を外した。
って、そこは筋書きになかったはずだけど!?
「マックス!?」
「いいんだ。これで説得力が上がるだろう」
マックスの左頬にあるのは、火竜の紋。
この場でその存在を知らないものはいない。
あれは火竜の紋か!?
火竜がアレグリンドに与しているのか!?
ハインツ伯爵家はキルシュの守りの要のはず!
火竜がキルシュを裏切るなんて!
実際のところ、軍関係者はほぼ全員がクーデターの計画に関与しており、武力を掌握している以上、ここにいる貴族たちがなにを言おうと簡単に押さえつけることができる。
謁見の間の最前列にマックスのお父さんである総将軍がいるのが見えた。
じっとこちらを見ているのは、私が上手く立ち回ることができるか試しているのだろうか。
「この若き火竜は我が夫!心からキルシュを憂えたからこそ、私とともに命を賭してここにいるのだ!裏切者などという誹りを受ける謂れはない!キルシュをアレグリンドの支配から救うことがキルシュのためになると本当に思うのなら、立ち向かってくるがいい!守りの薄い今なら、私を殺すことが叶うかもしれないぞ?キルシュの貴族として、キルシュのため散ることができるのなら本望だろう?」
まだ婚約者なんだけど、夫ってことにした。ここまできたら誤差範囲だよね。
後でマックスに怒られるだろうなと思いながらも、敢えて挑発した。
ここには高位貴族も多く集まっているはずだから、魔力量が豊富な人も多いはず。
本気で攻撃されたら、ちょっと危ないかもしれないんだけど、多分そんなことにはならない。
我々が火竜に敵うはずがない。大人しく受け入れるしか……
そんな声が聞こえてくる。
そうそう。抵抗せずに受け入れてくれ。その方がお互い面倒がない。
私はマックスの魔力をまた少し引き出して、私の魔力と混ぜ合わせて空気中に溶かし込むように薄く広げた。
これも相性がいいからなのか、正反対の特性を持っているのに私たちの魔力は均等にきれいに混ざりあうことができる。
タネを知らなかったら、なんとも不思議な波長の魔力に感じられるだろう。
私とマックスの魔力量を合計すると、膨大と言えるくらいの量になる。
私は広い謁見の間に魔力をくまなく行き渡らせ、それから魔力量を誇示するようにビリビリと空気を震わせ威圧した。
「私に従うなら、今すぐその場で跪け!できぬというなら、私に挑んでくるがいい!選ぶ自由を与えてやろう。さあ、選べ!」




