⑯ 後宮脱出
ほっと息をついたけど、まだ一休みできる状況ではない。
「マックス、怪我は?」
「ない。おまえは?」
「私も無傷。魔力も思ったほど減ってない」
「俺もだ。最初の難関は乗り切ったな」
「そうだね。次は、アレだね」
私たちが視線を向けた先にいるのは、結界とその中で喚くフィリーネだ。
「練習通りやってみるよ」
一つ深呼吸をして、慎重に魔法を展開し結界にぶつけた。
私はアレグリンドにいる間に、研究所に協力してもらって効率よく結界を破る方法を模索した。
その結果、前世であった高圧洗浄機みたいに、水を細く勢いよく噴き出して結界にぶつけるのが最も少ない魔力で短時間で結界を破ることができることがわかった。
水圧で鉄板に穴を空けるみたいなイメージだ。
結界はどこかに穴が空くと全体が壊れてしまうので、小さな穴を空けるだけで十分なのだ。
また奇抜なことを……と呆れられてしまったけど、結果が良ければそれでいいのだ。
私の小指の爪の半分くらいの太さで、すごい水圧の水が結界の一点に噴きつけられていく。
「な、なんなのよ、その魔法は!やめなさい!やめろと言っているのよ!」
ヒステリックな声が耳に障るが、それだけだ。
皇族なだけあって魔力は多いけど訓練などしたことがないというフィリーネには、私たちに反撃する術はない。
多分、もう少しだ。
そんな手ごたえを感じながら、私はさらに水圧を上げるように魔力を注いで……
ついにガラスが砕けるような音をたてて結界が破れた。
結界の魔法具だった指輪の魔石も砕けたのが見えた。
よし!と私は心の中でガッツポーズをとった。
結界が破れたところですぐに私の魔法が消えるわけではない。
「ぎゃああああ!」
フィリーネは水で左肩のあたりを貫かれ、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
泣きわめくフィリーネに私がさっきまでつけていた魔法が使えなくなる腕輪をつけさせ、ついでに土魔法でガチガチに枷をつけて動けなくした。
その間にマックスはフィリーネの首の動脈を圧迫し、失神させた。
やっと静かになった室内で私たちは会心の笑みを浮かべて視線を交わし、それからすぐにまた次の行動に移った。
私は念のため魔力障壁で身を守り、私たちが連れてこられた装飾の多い扉を開いた。
魔獣の咆哮やらなにやらであれだけ大騒ぎしていたので、当然ながら外には何人もの近衛兵が集まっていた。
魔獣が暴れている室内に突入することもできず、外で待機していたようだ。
「お、おまえはなにものだ!あの魔獣はどうなった!?」
私に剣を向けながら、そのうちの一人が恐怖に引きつった顔で叫んだ。
「魔獣は斃しました」
「嘘だ!そんなこと、できるはずがない!」
「本当です。もう声もしないでしょう?」
「だが」
「この中に死体があります。後で確認するといい。でも、その前に」
私は取り囲んでいる近衛兵を見渡した。
「私は、あなたがたを後宮から解放するためにここに来ました」
高らかに宣言すると、近衛兵に動揺がはしった。
「私はこれから後宮の外に出て、協力者と合流しなくてはならない。あなたがたがフィリーネに逆らえないことは知っています。ここから立ち去ることができるなら、そうしてください。できないなら、私は後宮を脱出するためにあなたがたを吹き飛ばさなくてはならない」
私はポケットからフィリーネから最初に奪った指輪を取り出し、さっき叫んだ近衛兵に投げ渡した。
「こ、これは……!」
「見覚えがある指輪でしょう?私が魔獣を斃したというのを信じてくれますか」
魔獣もフィリーネも制圧したということを言外に示した。
直接的な表現を避けているのは、この人たちにかけられている制約を発動させないためだ。
「あ、あなたは、いったい……」
「私は、レオノーラ・エル・アレグリンド。アレグリンドの王族です。詳しいことは、全てが終わった後に説明します。とにかく、なにも言わずに立ち去ってください。今は時間がないのです」
近衛兵たちは困惑しながらも互いに顔を見合わせ、それでも一人が剣をしまって踵を返すと、全員がバラバラとそれに従った。
雑な説得しかできなかったけど、信じてくれてなによりだ。
近衛兵がいなくなると、遠くで様子を伺っている男性が数人いることに気がついた。
フィリーネに奉仕させられていた人たちだ。
私が駆け寄ると立派な体格の青年を残し、他の人は怯えた顔をして逃げてしまった。
強張った顔をしながも逃げなかった青年の腕輪を外して魔法が使えるようにしてあげると、青年は驚いたような探るような瞳で私を見た。
「後宮に結界を張っている魔法具がある場所はわかる?それを壊してほしい。他にも魔法具があるなら、そういうのも全部」
この人には近衛兵と同じチョーカーはつけられていない。
後宮で破壊活動をすることも可能なはずだ。
「もうすぐ解放してあげる。だから、協力してほしい」
「わかった、任せてくれ」
はっきりと頷いたその瞳に、先ほどまではなかった意志の光が宿っている。
「お願いね」
私は安心させるようににっこりと笑って見せた。
「お待たせ。終わったよ」
「ああ、急ごう」
私とマックスは元来た道を引き返し、外に繋がる扉へと走った。
フィリーネを荷物のように担いでいるけど、マックスの走る速度は落ちない。
途中で何度か事情を知らないらしい近衛兵が襲い掛かろうとしてきたけど、全部マックスが風魔法で弾き飛ばしてしまったのでなんの障害にもならず、迷うこともなくさっきくぐったばかりの後宮の入口の扉へとたどり着いた。




