⑮ フィリーネの魔獣
恐ろしい咆哮を上げ、魔獣がこちらに向かって突っ込んできた。
私はマックスの魔力を使って大きな火球を素早く二つ作り、片方を魔獣に向かって最大速度で撃ちだした。
この魔獣にどれだけの知性があるのかわからないけど、このような魔法による攻撃を受けたことがないのだろうか。
私たちに襲い掛かろうと走っていた魔獣はその火球を避けることができず、正面から火球を受けることになった。
悲鳴のような咆哮を上げて体勢が崩れたところで、もう片方の火球を右前脚を狙って撃ちだした。
魔獣が動いたことで少し狙いが外れて右前脚の付け根あたりに着弾したけど、それはそれで構わない。
着弾した直後、火球の後を追うように魔獣に迫っていたマックスの剣がさらに右前脚の付け根を深く斬り裂いた。
赤黒い血が飛び散って、魔獣の悲鳴が響いた。
これで動きが鈍くなったはずだ。
馬の左側の目が潰れていて、最初の火球もそれなりの効果を上げてたようだ。
こうして、私たちの先制攻撃は成功した。
右側の馬がマックスに、左側の熊が私の方に向き、それぞれに口を開けた。
ブレスを吐こうとしているのだ。
もちろんそんなことを許す私ではない。
きっとこうなるだろうと予想していたので、火球を撃ちだした直後にはもう火の鳥の準備をしていた。
なんの飾りもない赤一色の、鶏の二倍くらいの大きさの鳥が二羽、魔獣の頭部に向かってそれぞれ飛んでいき、ブレスを吐く準備段階だった魔獣の顔面でバンッと大きな音をたてて炸裂した。
こうすればブレスが無効になることを経験上知っている。
驚いた魔獣はまた咆哮を上げ、太い尾を振り回してマックスと私を撥ね飛ばそうとした。
マックスは後ろに大きく跳躍してそれを難なく避け、私はせっかくだからとフィリーネの結界を盾にしてその後ろに隠れた。
アルディスさんからの話を聞いて研究員たちが予想していた通り、フィリーネの結界は一度展開したらその場から動けないようだ。
逃げられたら面倒なので、こちらとしては好都合だ。
突如として戦場となった室内で、中途半端な位置に留まるしかないフィリーネは、魔獣の尾に結界を強かに叩かれてヒステリックな悲鳴を上げた。
「レオノーラ!なんでいつも私の邪魔ばっかりするのよ!私はキルシュ皇帝よ!おまえなんか、お情けで王族に入れてもらってるだけのくせに!私にこんなことして、許されると思っているの!?」
フィリーネは元気に悪態をついている。
残念ながら、あれくらいの打撃では結界を破ることができないようだ。
魔獣の尾は私にもマックスにも当たらず、ただ大きな寝台を粉々にするだけに留まった。
その間も赤い鳥は魔獣の周りを飛び続け、視界を遮り私たちから注意を逸らそうとしている。
私はフィリーネの結界の影から出て、剣を構えて魔獣へと迫った。
熊の首がこちらに向いた。
明らかにマックスよりも小さく弱そうな私から先に殺そうと思ったのか、魔獣は私に向かって襲い掛かってきた。
今度はブレスではなく鋭い牙と爪で私を引き裂くつもりのようだ。
右前脚を負傷しているにしても、強靭な残り三本の足で凄まじい勢いで飛びかかってくる。
この動きも予想済みだ。むしろ、こうなるのを待っていた。
アレグリンドで騎士たちに付き合ってもらって、しっかりと対策をしてきたのだから。
私は魔力障壁を前面に展開し、突きの形で剣を肩のところで構えた。
目を見開いて魔獣の動きをしっかりと捉え、魔獣が魔力障壁に激突した瞬間に思い切り剣を突き出した。
私の剣の切っ先は、熊の右側のこめかみの辺りを斬り裂いた。
本当は右目に突き刺すつもりだったのに、残念ながらまたもや狙いが少し外れてしまった。
ただ、そこから血が吹き出して熊の首の右側は血だらけになったので、視界は奪えたのではないだろうか。
そんなことをしている間にも、馬の顔の近くで時間差をつけて二羽の鳥を炸裂させて、マックスの方にブレスを吐くのを阻止した。
それとほぼ同時にマックスはまた右前脚に深く斬りつけ、魔獣は実質三本足となった。
右側に倒れそうになったところをなんとか尾でバランスをとった魔獣にさらに追撃をかける。
私はできるだけ両方の首が見える正面に位置取り、ブレスを吐きそうになるタイミングを見極めて鳥を炸裂させつつ左側に攻撃をしかけた。
マックスは右側に位置取り、既に動きが鈍くなっている馬の首を狙っている。
再び襲ってきた尾による薙ぎ払いを、私は魔力障壁で防いだ。
バチンと音がしたけど、単純に物理攻撃なのでそこまで魔力は消費されない。
三本足だから、勢いが弱くなっているというのもあるだろう。
マックスはまた跳躍して尾を避け、着地と同時に火球を馬に向かって飛ばした。
私の鳥に目をつつかれそうになっていた馬はそれに気が付くのが遅れ、火球の直撃をまともに受けた。
顔面を大きく焼かれながらもブレスを吐こうとした馬は、マックスの追撃により深く首を斬り裂かれ、ついに動きをとめてだらりと力なく垂れ下がった。
「きゃあああ!私の魔獣が!」
残った熊の咆哮と、フィリーネの悲鳴が重なった。
魔獣はもう血だらけで、動きが鈍くなっている。
あと一息だ。
私とマックスは一瞬だけ視線を合わせた。
私は敢えて魔獣の正面に立ち、剣に纏わせている火を大きく燃え上がらせ、注意を引きつけた。
その間に、マックスはそっと魔獣から距離をとったのだけど、首が一つになってしまった魔獣はマックスの動きまでは把握できなかったようだ。
怒り狂った熊は、炸裂する鳥をものともせず口を開き、電撃のブレスを私に向かって吐き出した。
突進してこなかったのが私の魔力障壁を警戒してのことなら、見た目よりも学習能力があるのかもしれない。
ブレスと魔力障壁がぶつかるバチバチという音が響いた。
私はそれに怯むことなく、剣を振りかぶって見せつけるようにしながら魔獣へと走った。
魔獣は焦ったのか、吐き出すブレスの威力を高めたようだ。
音がさらに大きくなり、私の魔力が多く削られるようになった。
だけど、私に焦りはない。
だって、私の位置からはマックスの動きが見えているから。
マックスは私にだけ注目している魔獣の背中を駆けあがり、熊の首の骨を切断するように剣で深く刺し貫いた。
不自然な魔獣でも、首が急所というのは同じなのだ。
魔獣は動きを止め、断末魔の声の代わりに地響きをたてて崩れ落ちた。
ファーリーン湖の双頭の魔獣と同じような最後だった。
こうして私たちは、クーデターの第一段階を成功させることができたのだった。




