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⑪ キルシュ入国

 国境に着き、馬車から降りる直前。

 マックスは骨が折れそうなほど強く私を抱きしめた。


「愛してる。必ず守る」


 耳元で囁かれ、私はぞくぞくとしながらも力いっぱい抱きしめ返した。


「私も愛してる。マックスは私が絶対に守るからね」


 私は今まで何度もマックスに守られてきた。

 今回は、私もマックスを守るのだ。


 馬車から降りると、国境の向こう側にキルシュからの迎えが来ていた。

 アルディスさんを含む軍服姿の男性が五人と、侍従らしい人が一人。全員男性だ。

 ここで王都から護衛してきてくれた騎士たちとはお別れだ。


 青い顔をしているアリシアさんたちに、私は短く別れを告げた。


「……元気で」 


 私はアレグリンドに背を向け、国境を踏み越えキルシュへと足を踏み入れた。


「お待ちしておりました、ジークフリード様。これより我らが護衛となり、帝都へとお連れします」


 アルディスさんが礼をすると、軍人の一人を除いた五人がそれぞれに礼をした。

 礼をしなかった一人は、あからさまに嫌な感じだった。

 ニヤニヤしながら私たちを見るその目には、嘲りと侮蔑の色があった。

 

「自分でつけろ」


 投げてよこされたのは、魔力を封じる腕輪だった。

 嫌な軍人の後ろでアルディスさんが小さく頷いた。

 計画通りに細工のされた腕輪なのだろう。

 本来なら罪人につけられる腕輪を、私たちは逆らわずに左手首につけた。


 その瞬間、体中をナメクジが這ったようなぞわっとする感触が通り抜け、私は顔を顰めそうになった。

 これで私たちは魔法が使えなくなった。

 正確には、魔力を体から外に出すことができなくなったのだ。

 覚悟していたことだけど、正直心許なくて仕方がない。

 

 私たちが腕輪を着けたのを確認すると、嫌なヤツがニヤニヤしながら近寄ってきた。


「おいおい、これが絶世の美男子なのか?ただ女々しいだけなんじゃないか」


 女々しいも何も、女ですからね!


 ヤツは私の顔をまじまじと覗き込み、それから私の髪をぐいっと引っ張った。


「ふぅん、髪は染めてるわけじゃなさそうだな」


 一瞬バレたかと肝を冷やしたけど、どうやらそうでもなさそうだ。


「リグホーン卿!おやめください!」


 アルディスさんが青い顔で止めようとしてるけど、リグホーンというらしいヤツまったく意に介した様子はない。立場はリグホーンの方が上のようだ。


 それからリグホーンは自分よりかなり高い位置にあるマックスの顔を見上げて、


「それで、これがアルディスの弟か。その仮面の下に火竜の紋とかいうのがあるらしいな」


 案の定マックスの仮面を剥がそうと手を伸ばした。


「いいのか?その仮面を剥がすのをフィリーネが楽しみにしているそうだが」


 低く掠れた声でそう言うと、リグホーンはじろりと私を睨んだ。


「あんたにフィリーネの楽しみを奪う権利があるのか」


 次の瞬間、私の鳩尾に拳がめり込んだ。


「ぐ……!」 


 あまりの痛みに思わず地面に膝をついてしまった。


「リグホーン卿!」


 アルディスさんの声と、国境線の向こうからアリシアさんの短い悲鳴が聞こえてきた。

 私の肩にマックスの手が置かれ、マックスとアレグリンドの騎士たちから鋭い殺気が発せられているのを感じた。

 今にも剣を抜きそうな騎士たちを私は視線で制し、マックスの方は肩の手に手を重ねて制した。


「随分と生意気じゃないか。躾直す必要がありそうだ」


 リグホーンは私の髪を掴んで顔を無理やり上に向かせた。


「おやめください!不敬ですよ!」


「不敬?なにを言ってる?これはもう王子様じゃない」


 リグホーンは嫌悪感しか湧かない笑顔で私を見た。


「顔さえ無事なら他はちょっとくらい傷んでてもいいだろう」


 嗜虐の喜びに昏く光る瞳を見上げ、私も苦しいのを我慢してニヤリと笑ってみせた。


「やけに絡むじゃないか。妬んでるのか?その顔じゃ後宮に入れてもらえなかったんだろうな」


 実際、リグホーンは身長も低く平凡な顔立ちをしている。

 リグホーンの顔が怒りに歪み、また拳を振るおうとしたところで、


「おやめください!」


 アルディスさんと別の騎士がリグホーンを羽交い絞めにした。


「放せ!」


「おやめください!」


「放せよ!俺に命令するな!」


「冷静になってください!ジークフリード様に怪我をさせては、フィリーネ様の不興をかいます!」


 リグホーンは暴れるけど、アルディスさんたちを振り払えるわけがない。


「……ちっ、わかったよ」


 どうにか私を殴るのを諦めてくれたようだ。


「いいか、おまえはもう王太子殿下じゃない。性奴隷だ。 いいようにおもちゃにされた後はゴミ同然に捨てられるんだ。陛下は飽きっぽいからな。死にたくなかったら、せいぜい気に入られるように頑張るんだな」


 後宮で男性はそんな扱いなのか、と改めてぞっとした。

 リグホーンは捨て台詞を残し、足音も荒く馬がいる方に去って行った。


「申し訳ありません、止められなくて」


 青ざめたアルディスさんがおろおろしながら私の前に膝をついた。


「大丈夫です。これくらいのことは覚悟してきましたから」


 私はマックスの肩を借りながらなんとか立ち上がった。


「さあ、出発しましょう」


 私はかなり無理をして平静を装い、歩き出した。

 馬車に乗り込む時にちらりと後ろを振り返るとアリシアさんが泣き崩れているのが見えた。


 馬車が動き出し外から見えないように窓のカーテンを閉めると、マックスがそっと私の肩を抱き寄せた。


「すまなかった、止められなかった……おまえを守ると誓ったばかりだったのに」


「あそこでマックスが動かなかったのは正解だよ」


「おまえも、あまり挑発するようなことをするな。俺の仮面なんて別にどうだっていいんだ」


「どうだってよくはないでしょ」


「こんなものよりお前の方が大事に決まっているだろ。頼むから、無茶なことをしないでくれ」


 紫紺の瞳が悲壮な色を湛えて私を至近距離から見つめた。


「痛むか?」


「うん……」


 馬車の揺れが腹部に響いて、正直辛い。


「マックス……しばらく眠りたい」


 これは、もう眠ってしまおう。起きたころには今よりマシになっているはずだ。


「ああ、安心して眠るといい。もう誰にも指一本触れさせないから」


 私はマックスに寄りかかって目を閉じた。

 本当はアレグリンドの馬車でしていたように膝に抱えてほしかったけど、今はそんなことできない。


 魔法を封じる腕輪をつけていても、こうして触れるとマックスの魔力を感じることができた。

 私はその温かさに包まれるように眠りに落ちた。


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