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⑩ 出立

 それからは、私がマックスの魔力をコントロールするのと、マックスが自身の魔力を効率よくコントロールする訓練を重ねた。

 マックスの方は飛躍的にコントロールが巧みになり、周囲を驚かせた。

 魔力コントロールというのは目に見えるものではないので、説明するのが難しい。

 それを、私が実際にマックスの魔力を動かしてその感覚を伝えることで、マックスはコツを掴んだのだそうだ。


 準備期間の一か月弱は、瞬く間に過ぎてしまった。


 王城を発つ数日前に、ジークたちが離宮へとやってきた。

 ジークたちと直接顔を合わせるのは、私が髪を切った日以来だった。

 そして、事が終わるまでもう会うことはない。

 ジークたちはこの日、私たちよりも一足先にアルツェークへと発つのだ。


 最悪の場合、これが今生の別れとなる。


「レオ、これを」


 ジークが差し出したのは、なんの装飾もない銀色の指輪だった。

 左手の小指につけて魔力を流してみると、ぴったりと私のサイズになって宙にアレグリンド王家の紋章が浮かび上がった。


「その指輪にそれ以上の機能はついてないけど、万が一の時はきみの身分を保障するものになる」


「ありがとう。じゃあ、私からジークにはこれを」


 私はずっと首に下げていた、赤い石の指輪をジークに手渡した。


「これを預かっていて。大事な指輪だから、絶対に後で返してもらうからね」


「わかった。大切に保管しておくよ」


 ジークは指輪を握りしめた。


 その顔は以前に見たような憔悴の色はなく、決意に満ちていた。

 絶望ではなく、希望を掴み取るための決意だ。

 短い間でなんだか随分と大人びてしまったように見える。

 それは、ジークの後ろにいるエリオットとフェリクスとキアーラも同じだった。

 私とマックスが頑張っている間、ジークたちも別のことを頑張っていたのだ。


「マックス。レオのことを頼む」


「ああ、レオは俺が必ず守る」


「私もマックスを守るよ。次に会うのはキルシュの帝都だからね!ゆっくり来ていいよ。ジークたちが着くころには、私たちがキルシュを占拠しているから」


「そうだね。期待しているよ。また、生きて会おう」


 私たちは再会を固く誓って全員で抱擁を交わし、別れを告げた。


 そして、私たちがひっそりと王城を発つ朝、裏門の近くで私たちを見送りに来てくれる人たちが集まっていた。

 といっても、私たちのことは基本的に極秘なのでほんの数人だ。

 ニールさんとリリーさん、お世話になった騎士、そしてなんと国王陛下までいた。

 陛下はフードつきマントを被った私とマックスを抱きしめた。


「二人とも生きて帰ってくるように。これは勅命である」


 その言葉には、私たちに向けた愛情があった。


「はい、必ず」


 そう応えて、私たちは用意されていた馬車に乗り込んだ。


 この馬車は魔法具を組み込んだ王家所有の特別製で、普通なら五日かかる国境までの道のりを三日に短縮できる。

 揺れも少なく、中は快適だ。

 それなのに、私は有無を言わさずマックスの膝の上に抱きかかえられてしまった。


「やだ、いいよこんなことしなくて。重いでしょ?」


「重くなんてない」


 額にキスをされて、すっぽりと包み込むように抱きしめられた。

 私は抵抗するのを諦め、身をゆだねることにした。


「……マックス」


「大丈夫だから、少し寝ておけ」


 いろいろと考えてしまって、昨夜はほとんど眠れなかったのだ。


 私は身じろぎして楽な体勢を探し、逞しい首元に顔を埋めるようにして目を閉じた。


 最近はこうしていると集中しなくてもマックスの体に流れる魔力を感じることができるようになった。

 マックスの魔力は温かくて触れると心地よい。

 逆に、マックスは私の魔力は少しひんやりして心地よく感じるのだそうだ。

 それぞれに得意な属性の影響なのかもしれない。

 心地よく感じるのは、それだけ相性がいいということではないかと思っている。


 私はマックスの鼓動と魔力を感じながら眠りに落ちた。


 国境に到着する日の朝、私は声が低くなる薬を飲んだ。

 これはセルマーさんが送ってくれた薬草から最近作られたもので、自分でも飲んでみたという涙目のリリーさんが届けてくれた。

 リリーさんの声は低く掠れたようになっていて、男性の声のようになっていた。

 そして、私の声もそのようになった。


「男の声に聞こえる?」

「……女の声には、聞こえない」


 複雑な顔のマックスがそう答えると、アリシアさんたちも複雑な顔で頷いた。

 この薬の効果は、一週間ほど続くのだそうだ。


 薬の効果がきれて私の声が元に戻るころには、私はどうなっているのだろう。


 もしかしたらそんな日は来ないのかもしれない、という不安を私は必死で振り払って考えないようにした。

 

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