⑧ 火竜を作ってみよう
私はいつもより早い時間に訓練場にマックスを引っ張ってきた。
「それで、なにをするんだ?」
「試したいことがあるの!」
私たちはフードつきマントを脱いでアリシアさんに渡し、訓練場の中央あたりに立った。
訝し気な顔のマックスの手を両手で握り、私は集中した。
今朝、寝台の上で感じたあの感触を私は手繰り寄せた。
私の中に流れる僅かなマックスの魔力を触媒にするように、マックスの中に私の魔力を僅かに流してその流れに触れると、マックスは驚いたように私が握っていた手をひっこめた。
「なにをした!?」
「……マックスの魔力に、私の魔力で触れてみたんだよ」
「魔力に触れる?どういうことだ?」
「ええと、説明するより、やってみる方がわかりやすいと思う。痛くはなかった?」
「いいや、痛くはなかった。驚いただけだ……なぜそんなことを?」
「もしかしたら、マックスの課題が解決できるかもしれないから。痛くないなら、続けてもいい?」
マックスは数秒迷った様子を見せそれからまた手を差し出してくれた。
私はその手を握り、さっきと同じように魔力を流しこんだ。
うん、やっぱりいけそう。
「これから、魔法を使ってみる。びっくりしないでね。痛かったら言ってね」
「わ、わかった……」
私はマックスの魔力を僅かに引き出して、火球を作り出した。
「う……こ、これは」
「わかる?マックスの魔力で私が作ったんだよ」
「やはり、そうなのか……そんなことができるのか?」
「私たちならね。かなり特殊な例だと思うけど。もう少し続けてもいい?」
「ああ、大丈夫だ」
私は火球に意識を集中し、かつて陛下に見せたように鳳凰みたいな派手な鳥の形にした。
そして、そのまま新たな鳳凰を三羽作り出し、訓練場の中を大きく弧を描いて飛び回らせてみた。
私では二羽が限界だけど、マックスとならもっとたくさんの鳳凰を作れる。
マックスは火魔法が得意なので、マックスの魔力を使えば私が同じことをするよりもかなり少ない魔力を消費するだけで済む。
マックスの魔力を、私の体内に流れるマックスの魔力を触媒にして私がコントロールしているわけだ。
「すごいな、おまえの魔力コントロールは……俺の魔力でこんなことができるのか」
飛び回る鳳凰を目で追いながら、マックスは感嘆の声を上げた。
「マックスの魔力は温かいね。まだ続けてもいい?」
「これだけのことをしても魔力がほとんど減っていない。信じられない……まだできることがあるならやってみてくれ」
「じゃあ……火竜を、作ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「火竜を?」
「ええとね……マックスの、その仮面の下のことを知ってから、図書館で調べてみたんだよ。ただの火球の形をそれっぽくするだけだけど……キルシュでは有名なんでしょ?もしかしたら、それが何かに使えるかもしれないと思って……嫌なら、止めるけど」
「そうか、火竜か……それもそうだな。できるのなら、やってみてくれるか」
「うん、わかった」
私はまた目を閉じて集中した。
今度は、初めて火竜を作り出すのだ。
私が作り出したのは、図書館の本の挿絵にあった火竜だった。
それは、前世でいうところの西洋風の恐竜みたいなドラゴンではなく、蛇みたいな長い胴体に四本の小さな足がついていて、前脚の片方で珠を握っているような、なんというか中華風の竜だった。
火球を細長く伸ばして、蛇みたいな鱗をつけて、角を生やして、脚も生やして……
「こんな感じかな。どう思う?」
私たちの目の前に、猫くらいの大きさの小さな赤い竜ができあがった。
「……俺の実家にあった絵も、こんなだった、と思う」
「大きさってどれくらいなんだろうね?」
「さあ……そういえば、大きさの話は聞いたことがなかったような」
「そうなの?じゃあ、とりあえずこれくらいかな?」
もう少しマックスの魔力を引き出して、マックスの身長の二倍くらいの大きさになるようにした。
それから、蛇ってどうやって動くんだっけ?とか考えながら慎重に魔力コントロールして鳳凰の後を追うように火竜を飛ばしてみた。
訓練場の中に四羽の鳳凰と一頭の火竜が飛び回り、なんともファンタジーな光景ができあがった。
前世からしたら、魔法が使えるこの世界も普通にファンタジーなんだけどね。
「おまえは器用だな……」
「私がどうやって魔力コントロールしてるのか、伝わるかなと思ったんだけど」
「伝わってる。それも含めて器用だと言っているんだ……俺にはここまでのことはできなさそうだ。だが、なんとなくコツがわかったような気もする」
「よかった!こういうのって、言葉で伝えるより体感してもらった方が簡単だと思ったんだよ」
これでマックスの課題が解決できて、ついでにハッタリの手段が増えるなら一石二鳥だ。
「なんだこれは!?」
「何事だ!?魔獣か!?」
「いや、魔獣じゃない!落ち着け!」
訓練場にやってきた騎士たちが驚きの声を上げた。
「おはようございます」
「レオノーラ様!これは貴女の仕業ですか!?」
「仕業だなんて。まぁ私たちがやってるんですけどね」
「たちとはどういうことです!?」
「マックスの魔力を私がコントロールしてるんですよ」
騎士たちは驚愕の表情になった。
「それは一体……なぜ、どうやったらそんなことができるのです!そんな非常識な話、聞いたこともありません!」
そう問い詰められ、ここで初めて私はしまった!と思った。
こんなことができるようになった理由は……説明できない。
説明したくない。
いくらなんでも恥ずかしすぎる!
「レオノーラ様!!答えてください!」
「ええと……その……」
男性騎士三人にすごい勢いで問い詰められ、私は赤くなりながら思わず後退りした。
でも、マックスに握った手を引き寄せられてそれ以上後ろに行けなくなってしまった。
「俺も知りたい。なぜこんなことが突然できるようになったんだ?」
「えぇぇ……」
「いいから吐け。こんな派手なことして隠しだてできるわけないだろ」
「レオノーラ様!これはすごいことなのですよ!?わかるでしょう!」
わかるよ。わかるけどさ!
「レオ。どうせ白状させられるんだから、今言ってしまった方が楽だぞ?」
完全に逃げ場がないのは明らかな状態だった。
「わかったから……ちょっと、こっちに来て」
私はマックスを引っ張って迫る騎士たちから距離をとり、こそこそとマックスに耳打ちした。
「そんな理由なのか……」
マックスは仮面に覆われていない顔の右側を手で覆って天を仰いだ。
赤い髪から覗く耳も真っ赤になっている。
「……マックスから、説明してくれる?」
「……俺からか?」
「だって……私は……内容的に……」
「まぁそうだよな……だが、これはおまえからじゃないと上手く説明できないんじゃないか。俺は、ただ魔力を提供しただけだから」
「そ、そうだよね……」
「もう、開き直るしかないと思うぞ」
「うぅぅぅぅ……」
二人で赤くなってコソコソ話している私たちに、年嵩の騎士がなにかを察してくれたようだ。
「レオノーラ様。それは、マックスに対してしかできないことなのではありませんか?」
「……そうです。他の人には無理です」
「女性が男性の魔力をコントロールすることができるだけで、逆は不可能なのでは?」
「その通りです」
「そうですか……なんとなく、わかりました。我々には言いにくい内容なのでしょう。後で女性騎士か研究員を連れてきますので、そこで説明してくださいませんか」
ということで、私はなんとか危機を脱した。
後で王妃様の護衛騎士をしている女性騎士がやってきた。
私とも顔見知りで、王妃様と同年代で子供を二人産んでから騎士に復帰したという人だ。
私が赤くなりながらしどろもどろに詳しく説明すると、そんなことができるのかと目を丸くされた。
報告を上に上げておく、と言って足早に去る後姿を見送りながら、結局多くの人にこのことが知れ渡るのだと悟って気が遠くなった。




