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⑤ 後朝とこれからのこと

 なにか温かいものにすっぽりと包まれているような感覚とともに目が覚めた。


「起きたか」


 その声に目を上げると、仮面を着けていないマックスが至近距離から私を見つめていた。

 朝の光の中で見るその素顔になんとも言えない色気を感じて私はドキドキした。


「マックス……お、おはよう」


「おはよう。体はどうだ?痛いところはあるか?」


 言われて私は昨夜のことを思い出し、頬が赤くなった。


 体の調子を確かめようと身じろぎして、二人とも一糸まとわぬ姿でシーツに包まっていることに気がついてさらに恥ずかしくなった。


「大丈夫、みたい。マックスは?なんともないの?」


「俺はなんともないよ。むしろ、とても調子がいい。今なら師匠に一撃入れられるかもしれない」


 マックスは私の頬を撫でて、紫紺の瞳を細めた。


 マックスとしては、こんな状況で体を重ねることになったのは不本意だっただろう。

 私にもそう思う気持ちはあるけど、それよりも今は嬉しくて幸せな気持ちの方が大きい。

 あれだけ強固にジークの身代りとしてキルシュに行くことを主張した私だけど、恐怖を感じていないわけではないのだ。

 行ったらどうなるかわからない。死ぬかもしれない。死ぬより酷いことになるかもしれない。そう思うと、恐怖と不安に支配されそうになってしまう。

 そうならなかったのは、マックスのおかげだ。

 マックスの優しさと愛情に包み込まれたことで暗い感情は払拭されて、私の心は安らぎを取り戻している。


「部屋の外に朝食が届いているようだ。食欲はあるか?」


 考えてみれば、昨夜は夕食も食べていない。


「うん、お腹空いた」


「わかった。持ってくるから、ちょっと待ってろ」


 マックスは私の頬にキスをして、床に落ちていた服を手早く身に着けてから廊下に続く扉を開け、すぐ外にあったらしいワゴンを押して戻ってきた。

 ワゴンには、二人分の朝食と、マックスの着替えと、私のナイトガウンと、ジークからの手紙が乗せられていた。

 手紙には、私たちは二人とも午前中はゆっくりしておくように、と書いてあった。


 ……王妃様だけでなく、ジークたちも私たちが同衾したことを知っているわけだ。

 なんだかいたたまれない気持ちになってしまうけど、その辺りのことは考えないことにした。


 お行儀悪く二人で寝台の上で朝食を食べ、とりとめのない話をして、満たされた気分でまどろんでいるうちに昼になった。

 私は全く気がつかなかったけど、また寝室の外にワゴンが運ばれてくるのがマックスには気配でわかったらしい。

 昼食後、身なりを整えたマックスは名残惜し気に私の髪を撫でて一房手に取りそこにキスを落とし、私の額にもキスをして離宮を去っていった。


 それから私は鏡台の前に座らされ、涙目のアリシアさんが私の髪に何度も何度も櫛を通した。

 アリシアさんは私の長い髪を結うのが好きだと言っていた。

 私もこの髪を失うのは残念に思っているけど、それはアリシアさんも同じなようだ。

 仕方がないこととはいえ、申し訳ない気持ちになってしまう。


 そうしている間に、いつもジークの髪を整えているという侍従がやってきて、アリシアさんと同じように涙目になりながら私の髪をジークより少し短いくらいに切ってくれた。

 前世基準で言えばそこまでおかしくない髪型だと思うけど、アレグリンドでは耳が完全に出るくらい髪が短い女性なんてあり得ないのだ。


 髪が終わったら、次は衣服だ。


 ジークが十五歳くらいの頃に着ていた服が次々と運び込まれ、その中から私の体形でも違和感なく着られるものを探した。

 微調整が必要なものもありつつも、なんとか必要最低限くらいの数の服が準備できそうだ。

 

 胸はコルセットみたいなので押さえつけて平にして、靴は私の発案で身長を誤魔化すために踵のところをシークレットシューズみたいに上げ底にした。

 短くなった髪を整髪料できちんと整えて、数年ぶりにジークのお下がりに袖を通して姿見の前に立った。


 以前に男装していた頃よりもっと本格的な男装をした私の姿は。

 ジークに似て……いないこともない。かな?


「……どう?男に見えると思う?」


 私の横で複雑な顔をしているアリシアさんに訊いてみた。


「見えなくはない、かと……こう言っていいのかわかりませんが……とてもお似合いだと、思います」


 私も、似合ってるとは思う。


 思い出すのは、前世で有名だった、女性だけの劇団だ。

 友人の一人が大ファンで、映像を見せてもらったことがある。

 あの中の女性が演じる男性は、現実の男性よりよほど男らしくかっこいい、と友人は言っていた。

 今は外見を変えただけだけど、とりあえずそんな風に見えるように頑張ろう、と思った。


 私はフード付きのマントを頭からすっぽり被り、アリシアさんを連れて昨日話し合っていた部屋へと向かった。

 私がジークの身代りになることは極秘なのだ。


 侍従が開けてくれた扉から中に入ると、室内の全員の視線が私に向けられた。

 そこにいたのは、昨日と同じ顔ぶれに加え、ニールさんとおじ様がいた。

 ニールさんは魔獣とか魔法具についての意見を求められ、おじ様はアルツェーク防衛についての話をしていたのだろう。

 全員一様に顔色が悪い。

 特にジークの憔悴が激しく、フェリクスとエリオットとキアーラも酷い顔をしてる。


 私は黙ってマントを脱いで、後ろにいたアリシアさんに渡して陛下の前に進み出た。

 何人もの息を飲む音が聞こえた。

 それだけ髪を短く切ってジークもどきになった私の姿が衝撃的なのだろう。


「レオノーラ……思い切ったな」


 陛下の声に苦い色が滲む。

 そして私が口を開くより先に、ジークに抱きしめられた。


「レオ……すまない……すまない……」


 泣きそうな声で謝るジークの背中を、私は今日もぽんぽんと慰めるように叩いた。


「大丈夫だよ、ジーク。私が選んだことなんだから。なにも気に病むことはないよ」


 エリオットがジークの肩に手を置いた。


「ジーク、レオに今後の話をしないと」


「……そうだね」


 どうにか落ち着きを取り戻したジークは、やっと私を放してくれた。


「マックスを一時的に僕の側近から外す。マックスとレオの二人には、キルシュに行くまで連携して魔獣に対抗できるように訓練をしてもらう」


 私たちは、一か月後に国境でキルシュに身柄が引き渡されるそうだ。

 仮にも王太子だった王子の婿入りだからということで、幸いそれくらいの準備期間が許されたらしい。

 私とジークとマックスは対外的には病気ということで表に出ないようにして、それぞれに準備をすることになる。


 国境からフィリーネのいる帝都までは、約四日。

 私たちが到着したら即フィリーネの前に引き出されるだろうから、私が本格的にジークのふりをしないといけないのは、おそらく五日程度だと予想される。


「キルシュに侵攻する軍は、僕が率いることになった。こればかりは譲れない。というわけで、僕は僕で頑張るからね」


 ジークは決意に満ちた空色の瞳で笑って見せた。

 酷い現実に嘆くだけでなく、前向きに立ち向かう強さがジークにはある。


「それはとても頼もしいね。頼りにしてるからね」


 サリオ師は私の頭を撫でて、昔の伝手で傭兵仲間に声をかけると言って去って行った。


 おじ様とカイル兄様も私とマックスを交互に抱きしめて去った。キアーラとおば様を王都に残し、アルツェークへと帰るのだそうだ。

 そして、そのキアーラはジークの補佐をするために王城に留まるとのことだった。


 離宮に戻り二人きりになると、マックスは短くなった私の髪を撫で、それからぎゅっと抱きしめた。


「どんな髪型でも、どんな服装でも、俺はおまえを愛しているよ」


「マックス……」


 嬉しくて抱きしめ返した私の耳元で、マックスは囁いた。


「だから……お願いだから、せめてアレグリンドにいる間は、ジークと同じ香水を使うのはやめてくれ。匂いまでジークと同じだというのは、正直きつい」 


 その声の切実な響きに、私は少し苦笑した。

 

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