② 私の存在意義と秘密
全員がぎょっとした顔で私を振り返った。
「レオ!?なにを言うんだ!」
「魔獣を狩った経験ならジークより私の方があるし、マックスと連携する訓練もしてる!要するに、マックスと二人で魔獣とフィリーネを討てばいいんでしょ?私なら、男装も板についてるから、ジークの身代りになれる!」
女性としては長身の私は、髪を短く切って服装なんかも工夫すれば男に見えなくもないはず。
ジークは美男子として知られいてるから、少しくらい女顔でも疑問に思われないだろう。
「身代りになんかするために、きみを側においていたわけじゃない!」
血を吐くようなジークの叫び。
そんなジークだからこそ、私もこの身を差し出してもいいと思えるのだ。
「わかってるよ!でも、これが私の役割だから!中途半端な王族の私が、いざとなったら真っ先に体を張らないと!」
「きみを犠牲にしておいて、僕だけ安全な場所で隠れていろというのか!?」
「それがジークの役割でしょ!私という選択肢がある以上、ここはジークが出ていくところじゃないよ!ジークが体を張るのは、本当に最後の手段のはずだよ!」
「そうだとしても!もし失敗して捕まったら、女性であるきみがどんな目にあわされるか!」
「そんなのはジークも同じだよ!今から失敗すること考えても仕方ないでしょ!陛下、お願いします!私に行かせてください!必ず、成功させてみせますから!」
「ダメだ!父上、僕が行きます!」
私とジークは陛下に詰め寄った。
陛下は私たちを見比べて、それから静かに口を開いた。
「レオノーラ。そのように其方に教え込んだのは、兄上か」
「はい……ですが、間違ってはいない、と思っています」
「そうだな。間違っているわけではない」
いろいろあって北の搭に幽閉されている父の教えだけど、学園長も正論だって言ってた。
「ロイド。其方はどう思う?」
私とジークに剣を教えてくれて、今はマックスの師匠でもある剣聖サリオ師は、見たこともないほど難しい顔をしていた。
「レオノーラ姫。きみは人を斬る覚悟があるか」
そうだ。場合によっては、私がフィリーネを斬ることになるかもしれない。
それ以外の人も斬る場面があるかもしれない。
それでも。
「……あります。躊躇っていられる場合ではありません」
私が躊躇ったら、隣にいるマックスが死んでしまうかもしれないのだから。
「……僕は、レオノーラ姫がマックスと組んだ方が、成功率が高いと思います」
しばらく考えた後、サリオ師は痛みを堪えるような顔で溜息とともにそう言った。
「そうか……それなら」
「父上!お待ちください!レオに、そんなことさせられない!」
「もう一度、発言をお許しくださいませんでしょうか」
ここで、再度アルディスさんが声を上げた。
「フィリーネ様が即位なさってすぐの頃、マルバ共和国の族長の見目麗しい子息に婿入りを打診して、既に婚約者がいるからと断られたことがありました。三か月ほど前、フィリーネ様はマルバにその子息を差し出すよう要請し、マルバ側はそれに従わなかった。その結果、マルバの都市が一つ魔獣により壊滅させられました」
マルバ共和国とは、キルシュから見たら西側の海に浮かぶ大小いくつかの島々で構成された国だ。
「マルバは仕方なくその子息を後宮に入れて……つい先日、子息は自死なさいました」
語るアルディスさんも聞いている私たちも、全員顔が真っ青だ。
「子息が後宮に入った後、フィリーネ様はマルバに、美しいと評判だった子息の妹と、子息の婚約者を追加で差し出すように要求したのです。マルバはまたその女性二人をキルシュに送ってきました。そして、その二人は……子息がフィリーネ様に逆らった罰として、惨い殺され方をしたのだそうです。子息が見ている目の前で」
ジークが息をのんだのがわかった。
妹と婚約者といったら、ジークの場合は私とキアーラになるだろう。
惨い殺され方というのはどういうことだったのか……あまり考えたくない。
「私が申し上げたいのは……仮に要求に従い王太子殿下を差し出したとしても、それで終わりではないということです。次は、恋敵である王太子殿下の婚約者様、弟の婚約者でありフィリーネ様の恨みをかっているレオノーラ姫、それから美しいと名高い王妃殿下の身柄を引き渡すことが要求されることでしょう。もしかしたら、王太子殿下の側近の方々も含まれるかもしれません」
キアーラと、私と、王妃様と、フェリクスとエリオットまで。
私たちが目の前で惨殺されたら、いくらジークでも精神崩壊してもおかしくない。
「最終的には……キルシュで起こったのと同じように、多くのアレグリンドの人々が後宮か牢獄に入れられることになるでしょう。そして、その後は、また別の国に同じことが起こります」
あまりの最悪な予想に、室内にしんと沈黙が落ちた。
「なんということだ……」
陛下が額を片手で覆って呻いた。
陛下と王妃様は仲睦まじいことで有名だ。
ジークだけでなく王妃様まで失うなんて、耐えれないだろう。
「誰が差し出されたとしても、フィリーネ様を討てなかったら、レオノーラ姫は同じような運命を辿ることになるでしょう。レオノーラ姫のことを心配なさるのなら、少しでも可能性のある選択をしてくださいますようお願い申し上げます」
アルディスさんの言うことはもっともだ。
どの道、私が殺されるのは確定路線なのだ。
それを回避するには、アルディスさんたちと協力しフィリーネを討つしかない。
「僕が……フィリーネを受け入れてさえいれば……」
ジークが握りしめた拳が震えている。
「それは違います。フィリーネ様が王太子殿下に輿入れされていたとしても、きっと同じようなことが起こっていたでしょう。フィリーネ様は……現宰相、オスカー・ギースに操られているのです。全ての元凶は、ギースです」
アルディスさんはきっぱりと言い切った。確証があることなのだろう。
「ギースは、元は普通の文官でした。魔獣や魔法具の研究者としては優秀ではあっても、大人しく寡黙な男だったのだそうです。それが三年くらい前、突然人が変わったように饒舌になり、周りを見下し、尊大な態度をとるようになりました。そして、その頃から革新的な魔法具をいくつも造り出すようになり、ついには前皇帝に目を掛けるまでになったのです」
ん?三年前に突然人が変わったようになったって?
それから革新的な……?
ジークがちらりと意味ありげに私を見た。
嫌な予感がして、私は今までとは別の意味で冷や汗をかいた。
「こちらの王都でも大きな被害が出たという魔法具も、フィリーネ様が身に着けている結界の魔法具も、首が二つある魔獣も、全てギースが造ったものです。フィリーネ様は、我儘なところはありましたが、残忍な方ではありませんでした。体調を崩した侍女を心配し薬を届けさせるような、優しいところも確かにあったのです。それが、即位してからガラリと変わってしまいました。自分の欲望に忠実になり、全てギースの言いなりです。もう、昔の面影はありません……私たちは、自分のいいように操れるフィリーネ様を女皇にするため、ギースが前皇帝を弑したのだと睨んでいます」
あんな魔獣を作り出すなんてすごいと思うけど、もう少し違う方向にその能力を使えればよかったのに。
ジークはくるりと私を振り返り、きれいな笑顔で凄んできた。
「三年前といえば、ちょうどレオが家政科の授業に顔を出すようになったころだね?」
「そ、そうだね……」
「レオのお掃除魔法や、お菓子なんかも革新的と言っていいだろうね?」
「そう、かな……?」
「これは果たして偶然なのかな?僕にはそうは思えない。レオはどう思う?」
「さ、さあ……」
怯んだ私が一歩後ずさったところで、後ろからマックスにがしっと両肩を掴まれた。
「この状況で逃げられるわけがないだろ。なにか知っているなら吐け」
「えぇぇ……」
前世の記憶のことは、いつかマックスにだけは話そうかと思っていた。
私の内面の、かなり奥深いところの秘密なのだ。
それを、こんな大人数の前で打ち明けないといけないのは、かなり抵抗がある。
「レオノーラ。なにか心当たりがあるのか?」
陛下にまで問われると、もう隠せない。
がっくりと項垂れて、私は白状することにした。
「心当たりといいますか……私の場合の話をしますと……実は……三年くらい前……突然、前世の記憶が蘇ったのです」
室内の全員が意味がわからない、といった顔をした。
だから言いたくなかったのに!
「前世での私は、魔法も魔獣もいない世界に住んでいる、ごく普通の平民の女性でした……二十代で……病気で亡くなったようです」
死亡年齢と死因は誤魔化した。特に死因は絶対に言いたくない。
「私の性格が変わったように見えたのは……前世の私とレオノーラとしての私の意識が混ざり合ったからです。当時十五歳だった私に、二十代まで生きた知識と経験が突然備わったのです。前世は若くして亡くなってしまったので、今生ではちゃんと人生を全うしようと思って、それ以前とは違う行動をするようになりました……お掃除魔法は、前世にあった知識を元に創りました」
かなり要約したけど、大筋はこんな感じだ。
「レオが作る変わったお菓子もそうなの?」
「そう、です……」
「クラスメイトの成績を上げたのは?」
「前世で、勉強を教えるような仕事をしていたことがあったから、それで……」
「学園で学生を指揮したのも?」
「それは、前世は関係ないよ……言ったでしょ、前世は魔獣なんていない世界にいたんだから」
ジークと側近三人はそれぞれに頭を抱えた。
「そんな理由だったなんて……流石に予想外すぎる」
「妙にズレていたり、変なことを知っていたりしたのはそのせいなのか……」
「俺たちがどれだけ心配したことか……」
「なんでそんなことになったんだ?やはり、俺に弾き飛ばしてしまったからか?」
私は首を横に振った。
「違うと思う。私の身になにが起きたのかはわからない。なぜあのタイミングだったのかも……というか、こんな話を信じるの?」
ジークたちは苦い顔で頷いた。
「信じるしかないよ。信じられないような話だとは思うけどね。それだと今までのことに全て説明がつく。こんな状況で嘘をつくようなことをきみがするはずないしね」
嘘はついてないんだけど、ここまであっさり信じてもらえるとは思っていなかったので肩透かしをくらった気分だ。
「それで、レオノーラ。そのギースという男は、其方と同じように前世の記憶を持っているのだと思うか?」
「可能性は、あると思います。実際のところどうなのかは、本人に確かめないとわからないかと……」
前世の記憶といっても、私がいたのとは違う世界の記憶ということもあり得る。
前世のことを話していたらキリがない。
今は、そんなことよりも大事な話がある。
私は改めて陛下に向き直った。
「陛下、お願いします。私をキルシュに行かせてください。私は、そのギースという人と話がしてみたいのです」
「レオノーラ……」
陛下は私とジークの間で視線をさまよわせ、そして決断を下した。
「……わかった。レオノーラ、其方に命運を託すとしよう」
「ありがとうございます。必ず、やり遂げてみせます」
「父上!」
陛下に詰め寄りそうなジークを私は押しとどめた。
「ジーク、これでいいんだよ。ジークにはジークにしかできないことがあるはず。私は私にできることをするだけだよ。死ぬつもりなんかない。マックスと二人で頑張るからね」
「レオ……すまない……」
私は泣きそうに顔を歪めて震えているジークの背中に腕を回して、ぽんぽんと叩いた。
優しいジーク。身代りになれるなら、私は本望だ。
「レオノーラ」
ここで私の名を呼んだのは、今までずっと黙って陛下の隣に座っていた王妃様だった。
「貴女と話さないといけないことがあります。後のことは殿方に任せておきましょう。陛下、よろしいですね」
「ああ、頼む」
「では、ついてきなさい」
「は、はい……」
わけもわからず連れていかれた別室で王妃様が私に授けてくれたのは、存在することはなんとなく知っていたけど目にするのは初めての、びっくりするようなものだった。




