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⑯ 卒業後のこと

「ほら、あの辺りだ。建物が新しくなっているだろう?例の魔法具があったのは、もう少し奥の方だったそうだ」


 エストラから帰ってきた次の週末。


 私はマックスに例の魔法具によって魔獣が溢れだしたという王都の一画に連れてきてもらっていた。

 壊れた建物は再建され、ここで暮らす人たちの生活も戻ってきているようだ。


「治療院もこの前少し見てきた。ちゃんとした設備が整えてあったよ。おまえの褒賞から出た見舞金も公平に振り分けられたそうだ」


 私が陛下にお願いした褒賞は有効活用されたようだ。なによりである。


「陛下もちゃんと支援をするつもりだったのだそうだ。ただ、おまえの褒賞による上乗せで大勢の人が助かったのは確かだ。王家の人気も上がったし、いいことづくしだな」


「よかった。宝石なんか貰うより、ああいうのを見る方がよっぽど嬉しい」


 道端で元気に遊んでいる子供たちに私は頬を緩めた。

 男の子の一人が腕に怪我をしているらしく、真新しく清潔そうな包帯を巻いている。

 きっと治療院で手当してもらっているのだろう。


「そうだな。おまえはいいことをした。誇らしく思うよ」


「惚れ直した?」


「……惚れ直したよ。もう何回目かわからないくらいだけどな」


 ちょっと赤くなりながらも私がほしい言葉をくれるのが嬉しくて、エスコートしてくれている腕にぎゅっと抱きついた。


 その後、離宮に戻ってガゼボでゆっくりと話をした。


「あのね、私の卒業後のことをそろそろ決めないといけないと思うんだけど」


 私がお茶を淹れて話題を切り出すと、マックスは真剣な顔で私を見た。


「そうだな。と、その前に。今更で悪いとは思うが、おまえがなりたいものになればいいと言ったのを撤回させてほしい」


「え?撤回するの?」


 どういうつもりなのかわからず、私は怪訝な顔をした。


「その、こうしてほしいっていう希望があるならできる限り聞くけど……」


「騎士にはならないでほしい。それ以外ならなにも言わない」


 マックスは騎士なのに?私は騎士科を履修しているのに?


「もし騎士になったら……おまえはどこかに遠征に行くようなこともあるだろう。俺はジークの側近だから、それについていけない。学園でおまえがたった一人で主と対峙していたのを思い出すと、今でも寒気がするんだ。どこか遠いところで、おまえがまた同じような状況になってるんじゃないかと心配しながら王都で待つなんて、俺の心臓がもたない。だから、騎士にはならないでほしい」


「な、なるほど……そういう理由なんだね」


 確かに、あの時もう少しマックスが来るのが遅ければ私は死んでいたかもしれない。

 怖い思いをしたのはマックスも同じだったようだ。


「それなら、ちょうどよかったかも。私、学園で教師になろうかと思ってるんだよ」


 自分でもいろいろと考えて、それが一番だと思ったのだ。

 前世で塾講師のバイトをしていた時も楽しかったし、学園でクラスメイトに勉強や魔法を教えるのもやりがいを感じた。

 今ある選択肢の中で、一番私に合っている職業だと思う。


「教師だったら基本的にずっと王都にいるから、マックスから離れることはないよ。どの教科を教えることになるかは、学園長と相談して決めることになるけど、家政科か一般教養かなって思ってる。学園長は非常勤でもいいって言ってたから、教師しながらジークとキアーラの補佐もできるように調整できると思う。どうかな?」


 私が首を傾げて問いかけると、マックスは最近見た中で一番いい笑顔を見せてくれた。


「そうしてほしいと思っていた。どうしても騎士になると言われたらどう説得したものかと思っていたよ」


「じゃあ、賛成してくれるんだね?」


「もちろんだ。おまえは女生徒に慕われていたからな。クラスメイトの成績も引き上げたと聞いている。いい教師になれそうじゃないか」


 賛成してくれてよかった。私はほっと胸を撫でおろした。


「よかった……それなら、次はジークと話をしないといけないね」


「そうだな。きっとジークも賛成してくれるだろう。最近はそこまで忙しくなさそうだから、近いうちに時間をとるように頼んでおくよ」


 その僅か数日後に、私の離宮のガゼボには、私とジークと側近三人、そしてキアーラまで集まっていた。


 今日のマックスは、ジークの側近ではなく私の婚約者として私の隣に座っている。


「私は学園で教師になろうと思う。マックスも、それでいいって言ってくれたから。どう思う?」


 私がそう言うと、全員が頷いてくれた。


「いいと思うよ。レオが学園で人材を育ててくれたら僕たちも助かる」


「レオ様に勉強を習いたいという学生はたくさんいますわ。私たちの成績が急上昇したのは有名な話ですもの。皆喜ぶと思います!」


「僕もいいと思うよ。ニールさんたちはがっかりするだろうけど」


「俺も賛成だ。騎士団もがっかりするだろうけどな」


 みんなが賛成してくれたのはよかったけど。


「そんな、がっかりするなんて大袈裟じゃない?」


 私がそう言うと、今度は全員が首を横に振った。


「レオは相変わらず、自分の価値がわかってないね」


「それもレオ様のお可愛らしいところなのですけど、もうそろそろ自覚してくださいませ」


「ニールさんも調査隊に参加してた研究員たちも、レオを取り込む気満々だったよ」


「マックスなんて、先輩たちからレオを騎士団に誘導するように圧力かけられてたんだぞ」


 私はぱっと隣のマックスを振り返った。


「そうだったの!?」


「そんなこともあったが……なにも無茶なことを言われたわけではないから心配するな。レオの気持ち次第だ、というのはみんな理解してくれていたから」


「それならいいんだけど……」


 騎士団が私をほしがってるって学園長も言ってたけど、マックスに圧力がかけられてるなんて思ってもみなかった。

 もう少し早く意思表示をするべきだったかもしれない。

 今更そんな後悔しても遅いのだけど、もっと周りを見るようにしなければ。


「ところで、レオ。以前に、卒業後にやりたいことがある、みたいなことを言っていたよね?それはどうなったのかな?」


 私がすっかり忘れていたようなことも、ジークはしっかり覚えている。


「ええとね、それはね、もういいの。だいたい願いは叶ったから」


「そうなの?結局、なにがしたかったの?」


「そ、それは……」


 マックスにも同じことを訊かれ、あの時は正直に答えたのだけど。


 同じことをこのメンバーの前で言うのは、とても恥ずかしい。


 でも、なにか言わないと許してもらえなさそうな雰囲気だ。


「あの頃は、マックスはキルシュに帰っちゃうと思ってて……お父様もあんなだし、私の将来は明るくないと思ってた。それで、もし好きでもない人と結婚させられそうになったりしたら、どうにかやって逃げ出そうと思ってたんだよ」


「逃げ出す?出奔するってこと?そんなことを考えていたの?」


「だって、私も一応は王族だし……ずっと独身ってわけにもいかないでしょう?それで、もし逃げ出すことになったとして、自分で身の回りのことくらいできないと困ると思って、家政科の授業に混ざるようにしたんだよ」


 今度は全員が頭を抱えて溜息をついた。隣のマックスまで。


「レオ……いくらなんでも無茶だよ」


「レオ様はとても優秀ですけど、市井では生きていけないと思いますわ」


「剣が使えて魔力が豊富で強力な魔力障壁が張れても、僕たちが目を離すとレオはすぐに死んでしまいそうだね」


「そうだぞレオ。おまえなんか、二日ももたずに頭からバリバリと食べられて終わりだぞ」


 皆、私のことそんな風に思っているの?


 その頭からバリバリ食べられるってどういう表現なの?


「レオ。おまえ、前に俺が同じことを訊いた時はそんなこと言わなかったじゃないか」


「それは……あの時は、保留になってる褒賞のことを話してたから」


「それで?もう出奔しようなんて考えてないんだよね?」


「か、考えてないよ!そう思ってたのは昔のことだから!」


 横から紫紺の瞳が、正面から水色の瞳がそれぞれに洒落にならない圧をかけてくる。


 これは……下手したら北の搭コースになってしまうのではないだろうか。


「本当にもうそんなこと考えてないってば!教師になるって話をしたばっかりじゃない!それに、こ、婚約までしてるんだから!」


 必死で訴えると、やっと圧が緩んだ。


「はぁ、本当にマックスがアレグリンドに来てくれてよかった。そうでなければ、レオが大変なことになっていたかもしれない」


「全くだ……ジークたちがいたとはいえ、こんなに危なっかしくてよく今まで無事に生きてこれたな」


 ジークとマックスがどこか疲れた顔で項垂れた。


 とりあえず北の搭は回避できた……かな?


「それで、卒業後は学園の非常勤教師になって、同時に僕とキアーラの補佐もしてくれる、ということでいいんだね?」


「うん。最終決定は学園長に話を通してから、になるけど」


「学園長は喜んで受け入れてくれるよ。それで、さっき話に出てきた保留になっている褒賞はどうしようか?なにか考えてる?」


「ああ……それはまだ考え中」


「それなら、僕から一つ提案がある」


 ジークが私とマックスを見比べて微笑んだ。

 私だけでなくマックスにも関わる提案なのだろう。


「レオは結婚すると同時に、王族籍を抜けて貴族籍になる。決めるのは父上だけど、おそらく伯爵くらいの爵位を得ることになるだろう。マックスはそこに婿入りという形になる。それはいいかな?」


 これは予想通りのことなので、私たちは素直に頷いた。


「王族でなくなったレオは、今の離宮から出て行かないといけなくなる。僕は、褒賞としてタウンハウスを貰ったらどうかと思うんだ」


 先を越されてしまったけど、ジークたちと卒業後のことを話した後は、結婚後に住む場所のことをも考えないといけないと私も思っていた。


「タウンハウス……いいね、それ。マックスはどう思う?」


「俺もいいと思うよ。どっちにしろ必要だろうから」


「実は、いい物件をもう押さえてあるんだ。シストレイン子爵家のタウンハウスから近いところにある。きっとレオとマックスも気に入ると思うよ。詳細は後でマックスに伝えておくから、二人で見に行ってみるといい」


 流石ジーク、手回しがいい。

 ジークが選んでくれたのなら、きっといい物件に違いない。


「侍女と料理人は、我が家から何人か向かわせますわ。レオ様とマックス様になら喜んで仕えたいという者が何人もおりますから」


「僕の家からも何人か世話するよ。父上がいい家令を探すって言ってた」


「護衛騎士は俺の家がなんとかするからな。心当たりもあるから心配するな」


 手回しがいいのはジークだけじゃなかった。


 みんな親がいない私たちの先のことを考えてくれていたのだ。


 その好意がとても嬉しくて、胸が温かくなった。


「ありがとう。すごく嬉しい。ここは甘えさせてもらった方がいいと思う。いいよね?」


「そうだな。そうさせてもらおう。みんなありがとう。よろしく頼む」


 私は家族には恵まれなかったけど、それ以外の人たちにはとても恵まれている。

 きっとマックスも同じ気持ちだと思う。


 後日見に行ったタウンハウスは、大きくもなく小さくもなく、庭にはガゼボと小さな池があってキアーラの家からも近くて便利な立地に建っていた。

 内装を整えるのはおば様が手伝うと張り切っているということなので、頼ると見せかけて丸投げしてしまおうかと思っている。

 キアーラの家みたいな落ち着く雰囲気のタウンハウスになるといいな。


 それから、教師になりたいと学園長に伝えると、抱きつかれそうな勢いで喜ばれた。

 他の教師たちとの兼ね合いもあるから、どの教科を担当するかは後日また相談することになった。


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