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⑭ 策を講ずる

「皆、普通の顔して歩き続けて。マックス、フェリクス。尾行にはもっと早く気がつくようになりなさい。人数はわかるかな?」


「三十人ちょっとくらいかと」


「そうだね、それくらいだ。僕は手を出さないようにするから、二人で対応してみてごらん」


 師匠が課題を与え、マックスとフェリクスはぼそぼそと小声で話し合い始めた。


「ひ、姫様……」


「クラークさん、大丈夫だよ。私たちが強いっていうのは本当だからね」


 青い顔になったクラークさんに、私はにっこり笑って見せた。


「レオの言う通りだね。その程度の人数で僕たちに喧嘩を売ろうだなんて、無謀もいいところだ」


「ジーク……さっきのエルクさんの話も知ってたんだよね?最初から囮になるつもりだったの?」


 私がじとっと睨むと、ジークは肩を竦めた。


「こうなるかもしれないな、とは思っていたよ。僕たちは目立つからね。犯罪者が捕まって、ついでにマックスとフェリクスの訓練にもなるなら一石二鳥でいいじゃないか。ちなみに、今日は師匠がいるから、影の護衛はつけてないんだ」


「ええぇ、準備良すぎだよ……」


 マックス!フェリクス!頑張って!

 私は心の中で声援を送った。


 ジークの言う通り、師匠がいることをおいておいても、私たちになにかしようだなんて無謀だ。


 私とクラークさん以外は騎士服で帯剣しているのだから。


 一見すれば、どこぞのお嬢さんが護衛騎士を七人も連れて観光をしているようにしか見えないだろう。

 普通だったらこんな集団にどうかしようなんて思わない。

 よほど頭が悪いのか、よほど腕に自信があるのか、犠牲を払ってでも私たちを手に入れたいのか。


「レオノーラ姫なら、どんな策をたてる?」


 師匠に言われて私は考え込んだ。


「そうですね、私なら、私を囮にして」


「その時点で却下」


 途中でジークに遮られて、私はむっと口を尖らせた。


「もう!過保護すぎる!」


「護衛対象を囮にするなんてするわけがないだろう?」


 エリオットに呆れた顔をされてしまった。


「護衛対象はジークでしょ?私がこの中で一番弱そうに見えるし、魔力障壁もあるし、囮には最適だと思うんだけど?」


「それで、仮にレオノーラ姫が囮になるとして、具体的にどうするんだい?」


 サリオ師は私の策に興味を持ったらしい。


「私が癇癪起こしたふりでもして、一人で路地裏みたいなところに走っていって、そこに現れた人攫いをマックスかフェリクスに捕まえてもらって、その後で捕まえた人を尋問でもして仲間も捕まえてしまうのです。あっちは私がなにもできない女の子だと思っているでしょうから、逃げ回ってできるだけ多く追手がかかるようにして、ギリギリまで引きつけたところで魔力障壁を張れば効率もいいかなと思います。というか、魔力障壁使わなくても、私と挟み撃ちにしてもいいですよね」


「なるほど。レオノーラ姫らしい策だね。きみみたいな女の子に反撃されたら、賊もびっくりするだろうね。それはそれで面白そうだし、きみなら十分可能だと思うけど、流石にきみにそんなことはさせられないよ。きみを囮に使うのは、本当に最後の手段だ。今みたいな余裕がある時はダメだね」


 サリオ師がダメだというなら、受け入れるしかない。


 私がしゅんとしたところで、マックスとフェリクスの方針が決まったらしい。


「クラークさん、ここから一番近い騎士団の詰所は?」


「は、はい、ここを真っすぐ進んで、三つ目の角を右に曲がって、その先にある橋の手前にあります。そんなに遠くないです」


「人気がなくて、それなりに広さがあるところはないだろうか?」


「ええと、少し戻ったところにある赤い屋根の家の横の細い道を奥に進んだら、右手に取り壊された教会の跡地があります。幽霊の噂とかがあって、近づく人は少ないです」


「丁度良さそうだ。というわけでここから二手に別れる」


 私、ジーク、サリオ師、クラークさんはマックスが護衛して、このままクラークさんの案内で騎士団の詰所に向かう。


 残りのエリオット、カイル兄様、アリシアさんで教会跡地に向かう。フェリクスは隠れながら追って行って、賊が現れたら挟み撃ちにする。エリオットたちが囮になるわけだ。

 

 私たちにマックスがつくのは、マックスが得意なのが火魔法で、もしその辺りの家に燃え移ったとしても私かジークなら簡単に消火できるから。

 そして、フェリクスの方が護衛としての訓練期間が長く、隠れながらの護衛がマックスよりも得意だから、とのことだった。


「レオは絶っっっ対に、ジークと師匠から離れるなよ。魔力障壁は瞬時に展開できるように準備しておくように」


「わかってるよ!邪魔はしないから、心配しないで」


 すごく念を押してくるマックスに、私はまた口を尖らせた。


 私が変なことをしたら護衛が動きにくくなってしまうことくらいわかっている。

 私はいざとなったらジークと巻きこんでしまった一般人のクラークさんを守るための魔力障壁を展開しなくてはいけない。


「うんうん、それでやってみようか。なるべく殺さないようにするんだよ。特にリーダーっぽいのは生かしておくようにね」


 と、サリオ師からの合格が出たので、早速行動開始となった。


「というわけで、騎士団の詰所まで案内をお願いします。なるべく普通のペースで歩いてください。さっきも言いましたけど、僕たちは強いのでなにも心配いりませんよ」


「はははい、わ、わ、わかりました、こちらです」


 可愛そうなくらい青ざめたクラークさんがぎくしゃくと歩き出して、私たちはそれに続いた。


「ところで、人魚姫の贈り物ですが、あれはかなり特殊な素材のようですね。王都の細工物を作る工房では扱うことが難しいと言われてしまいました。クラークさんの工房に王都から注文をつけることができますか?」


 普段通りの口調で話しかけるジークに、クラークさんは少し落ち着きを取り戻したようだ。


「あれは、加工に熟練の技術が必要なのです。お……私のところでも、あれを扱える職人は二人だけしかいません。もちろん、王都からでも注文を受けつけますよ。工房長に話をつけておきます。ご希望でしたら、いくつかデザイン案をお持ちしましょうか」


「それは助かります。僕の母と婚約者も喜ぶでしょう」


 王妃様と未来の王太子妃からの注文が来るかもしれないわけで、クラークさんはさっきとは違う冷や汗を浮かべた。


「クラークさん、その時は、私のもお願いしますね!」


「は、はい、もちろんです、姫様。喜んでお受けしますよ。あ、そうだ。ユベール子爵夫人がいくつか人魚姫の贈り物で作ったアクセサリーをお持ちだと思います。見せていただいたらどうでしょう?」


「なるほど!それはいいアイデアですね。早速帰ったらお願いしてみましょう」


 私も王妃様もキアーラも人魚姫の贈り物を持っている。

 せっかくだからお揃いのデザインのアクセサリーに加工したいと思っていたところだったのだ。

 できれば、ジークとキアーラの婚約発表の時にみんなで身に着けられたらいいなと思っている。

 見る人が見れば、私たちの繋がりがよくわかるだろう。


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