⑬ 港見学
翌日はまたクラークさんが迎えに来てくれて、昨日と同じメンバーで港に向かった。
昨日は昨日で楽しかったけど、ジークたちとしては今日が視察本番だ。
「お……私の幼馴染が港で船の修理をする仕事をしております。港で生まれ育ったような男なので見た目がちょっとアレなんですけど、港のことは誰よりも詳しいですよ」
クラークさんが紹介してくれたのは、エルクさんというユベール伯爵よりももっと海賊っぽい風貌の人だった。
マックスと同じくらいの長身で、マックスの倍くらい体の厚みがあるように見えるくらい筋骨隆々で、赤銅色の髭に覆われた顔の中で人のよさそうな水色の瞳が興味深そうに私たちを見ている。
クラークさんは、王都から来た下位貴族の子弟に港を案内してほしい、と酒瓶数本を賄賂にお願いしたのだそうだ。
エルクさんはジークを見て一瞬目を見開いた。
こんな美男子見たことがないだろうから、無理もない。
「よろしくお願いします。港に来るのは初めてなので、わからないことだらけです。いろいろと勉強させてください」
そんな反応には慣れているジークが代表して挨拶をすると、エルクさんは気を取り直して自己紹介をしてくれた。
「そこにいるクラークと腐れ縁のエルクだ。曾祖父の代から船大工をしている。船と港のことならなんでも知ってるが、礼儀作法はなってないから大目に見てくれ」
「細かいことは気にしませんのでご心配なく。いつも通りで大丈夫ですよ」
「寛大だなぁ。貴族なんて無駄に威張り散らすやつばっかりなのに」
「僕は貴族っぽくしてますけど本当は貴族じゃないんです。威張り散らすなんてとんでもない」
ジークは嘘をついているわけではない。貴族じゃなくて王族だからね!
「じゃあ、漁船から見せてやるよ。話は通してあるからな。ついてきてくれ」
エルクさんは小さな手漕ぎボートから、モーターみたいな魔法具を使い船を進ませる中型の漁船、魔法具と帆を両方搭載している漁船などを私たちに見せながら丁寧に説明してくれた。
流石に船大工なだけあって、細かいところまでとても詳しい。
船を見るのは初めてな私たちがあれこれ質問するのに、的確に分かりやすく答えてくれて、さらに漁に使う道具や、どんな魚が獲れるのかなども漁師さんに頼んで実際に見せてもらった。
鯵や鯛みたいな魚もいれば、目が四つあったり尾びれが二枚あったりする魚もいて、全体的に前世の私が知っているのよりカラフルな魚が多い印象だった。
お昼時になると、エルクさん行きつけの食堂に連れて行ってくれた。
ガヤガヤと賑やかだった食堂は、明らかに場違いな私たちが入ってくるとしんと静かになってしまった。
「おい、エルク……」
エルクさんを一回り小さくしたような人が私たちに胡乱な目を向けた。
「王都から来た坊ちゃんたちだ。船やら港やらを見たいってことで案内してるんだよ。クラークの紹介だから間違いない」
「お騒がせして申し訳ありません。僕たちのことはお気になさらず。そうですね、お騒がせしてしまったお詫びに、今ここにいらっしゃる方の食事代は僕がもちましょう」
エルクさんに続いてジークがそう宣言すると、おおおお!と歓声が上がった。
「おい兄ちゃん!酒もいいのか!酒も!」
「ええ、酒でも構いませんよ。ただし、飲みすぎないでくださいね。午後からもお仕事があるのでしょう?」
「わかってるよ!あんたいいヤツだな!気に入ったぜ!」
こうして瞬時に海賊っぽい風貌の海賊ではない男たちの心をジークは掴んでしまった。
昼間なのにどんちゃん騒ぎになってしまった食堂で、私はジークの隣に座らされてエルクさんお勧めの料理を味わった。
ユベール伯爵邸での料理とも屋台料理とも違ってとても美味しくて、特に魚介の旨味たっぷりのスープが絶品で、全員でおかわりしながら食べた。
いつの間にかサリオ師は酔客の間に入り込んで一緒に酒を飲んでいた。
このお店は料理だけでなく酒も美味しいのかもしれない。
たまに酔客が絡んできそうなことがあったけど、エルクさんと空気を読んだ近くの席の客が追い払ってくれた。
念のためいつでも魔力障壁を展開できるように準備していたのは杞憂に終わり幸いだった。
エルシーランは元々あった入り江を利用して築かれた天然の良港で、商船が多く出入りするだけでなく、海流の関係で海の恵みも豊富なのだそうだ。
岸壁や灯台、桟橋などの港の施設について、それから検疫や輸出入に関する手続きについてもエルクさんは詳しく教えてくれた。
運よくエルクさんの知り合いの商会に所属する商船が停泊していたので、お願いして船の中を見せてもらうこともできた。
漁船とは比べ物にならないほど大きな船で、中は意外と清潔に保たれていた。
長い航海の間で疫病などが蔓延したら洒落にならないことになるそうで、新鮮な水を生み出したり、衣服や室内をきれいにしたりする魔道具が使われているとのことだった。
私が特になにも考えずに頻繁に使っている浄化魔法だけど、魔力が多い学生ばかりの学園でも使える人は半分もいない。
浄化魔法は水系統の魔法なので、水魔法がある程度得意で、魔力量が一定以上ある人にしか基本的には使えない。
私やジークは苦も無く使えるけど、水魔法が苦手なマックスはできることはできるけど疲れるからあまり使いたくはない、という感じの魔法だ。
マックスは持ち前の豊富な魔力量で無理やり発動させるのだそうで、私が同じ規模の洗浄魔法を使った場合よりもかなりの量の魔力を消費してしまうのだそうだ。
それ以前に、当然ながら、魔法が使えるくらいの魔力がないと使えない。
世間一般で言えば、実は洗浄魔法を使える人というのはごく一握りだけなのだ。
なので、基本的に平民しかいない場所ではこのような便利な魔道具が重宝されている。
学園も王城も、基本的に魔力のある人か貴族しかいないので、こういった魔道具は私たちが目にすることはあまりない。
私もジークたちも、興味津々で見て回った。
「今日は本当にありがとうございました。僕たちも予習をしてきたのですけど、やはり本で読むのと実際にこの目で見るのとでは全然違いますね。とても勉強になりました」
「そうだろうな。王都には船なんてないだろうからな。まぁ、俺はクラークにもらった酒の分の働きをしただけだ。そんなにありがたがられるようなことでもない」
そう言って、エルクさんはちょっと気まずそうに頬をぽりぽりと掻いた。
「ああ、ええと……実は、少し前に、ここで違法に人身売買をしようとしたやつらが検挙されたんだ」
「人身売買」
「平たく言うと、人攫いだ。ここで拉致した人を、船で運んで他の場所で売り飛ばすわけだ」
エルクさんは私たちを見まわして、眉を下げた。
「普通はそういうのは、若くてきれいな女が狙われるもんだ。理由は、まあ、言わなくてもわかるだろ。ところがだな、捕まったやつらが言うには、今はきれいな女よりもきれいな男の方が高値で売れるんだそうだ。もっと具体的に言えば、若くてきれいな顔したアレグリンド人の男なんだと」
それって、人身売買にしてはかなり具体的じゃない?なにが目的?
「それ、買い求めるのはキルシュ人という話ではありませんか?」
私は初耳だけど、ジークはなにか知っているらしい。
「知ってるのか。そうだよ、キルシュで高く売れるらしい。多分、理由はアレだろうな」
「最近できたとかいう後宮ですね」
後宮!?ハーレムってこと!?
今のキルシュの皇帝は、あのフィリーネ様だから、今の話の流れだと後宮には女性じゃなくて男性が入れられてるってことなんだろうな……
フィリーネ様……ジークへの初恋を拗らせてしまっているのだろうか……
なんとも嫌な情報に、私は顔を顰めた。
「やっぱりそこまで知ってるのか。兄ちゃん、あんた何者なんだ……っていうのは詮索しないほうがよさそうだな。とにかく、俺が言いたいのは、気をつけろってことだ。俺が人攫いだったら、兄ちゃんたちはちょっと無理してでも攫って売り飛ばしたいと思うだろうからな」
クラークさんとサリオ師以外は王族と貴族の集団だ。
アレグリンド美男子代表のジークを除いても顔面偏差値は高い。
私が人攫いだったとしても、是非とも確保しようとするだろう。
「御忠告ありがとうございます。僕たちはこれでもそれなりに強いんですよ。御心配には及びません」
なんたって、完全に気配を消してる剣聖までいるからね。
魔法が少しだけ使える程度のならず者だったら、百人くらい相手にしてもかすり傷も負わないと思うよ。
エルクさんと別れ、ユベール伯爵邸に戻る道すがら。
「フェリクス、師匠」
マックスが低い声で注意を促した。
「ああ、つけられてるね」
のんびりとした声でサリオ師がそれに答えた。




