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⑫ エルシーランでお買い物

 魔獣の浜での調査も終了し、遠征隊から二日遅れてエルシーランへと帰還することになった。


 ニールさんによると、今年はなにも異常は見つからなかったそうだ。

 

 ユベール伯爵邸には去年と同じでクラークさんからの手紙と金貨六枚が届いていた。

 あの人魚姫の贈り物は、クラークさんが言っていた通り金貨七枚になったようだ。

 去年より多いあぶく銭に、私はニヤニヤが止まらなかった。


 翌日、クラークさんが今年は調査隊の人数が多いからと四人の同僚を連れてユベール伯爵邸に迎えに来てくれた。

 また観光がしたい人、酒と肴がほしい人、お土産がほしい人などに班分けしてそれぞれに案内人に連れられてエルシーランの街に出て行った。


 私の案内は去年と同じでクラークさんがしてくれるということなのだけど、去年は私、マックス、アリシアさん、カイル兄様だけだったのに、それに今年はジーク、エリオット、フェリクス、サリオ師まで加わったので倍の人数になってしまった。

 去年は酒と肴の班にいたサリオ師は、私といた方が面白いことが起きそうだから、ということで私たちと行動することにしたそうだ。

 多分、私が去年セルマーさんのお店で買ったお酒が気に入ったんだろう。


 まずはお土産を買ってしまおうということで、最初に向かったのは既製服の店だった。


 マダムは私のことを覚えていてくれて、騎士服を着ても美しいジークの正体も察したらしく緊張した顔をしていたけど、ジークがものすごく自然に女性店員に混ざってあれこれと布やらドレスやらを選ぶのですぐに商売魂に火がついたらしく、店の奥からとっておきの布などを出してきてくれた。

 一番最初に王都でドレスを着てお忍び街歩きをした時にキアーラに連れて行ってもらったお店の時と同じ流れだ。

 ただ、あの時と違うのは私があぶく銭をたくさん持っているということと、購入するのが私のものだけでなく王妃様とキアーラのものも含まれるということだ。


「こちらの袖に刺繍されている花は、東方では幸運を招くといわれている図柄になっております」


「ああ、きれいだね。こういうのは母上が好きなんだ。そっちの変わったデザインのドレスも見せてくれる?それも東方風なのかな」


「流石お目が高いですわ!首元のレースがデコルテの美しさを引き立てると、東方では流行りのデザインなのです!」


「なるほどね。違う色のもある?」


「ございますとも!今すぐお持ちしますね!」


「レオノーラ様、こちらなどどうです?王都では見たことのない柄です。せっかくなので試着なさいませんか?」


「そうだね、レオに似合いそうなドレスだね。試着しておいで。着てくれた方がイメージしやすいから」


 ジークに負けず劣らずの勢いでドレスを選んでいたアリシアさんにドレスを押しつけられ、ジークにも後押しされて私は店員さんに手伝ってもらって着替えをした。


 今日は伯爵夫人に貸してもらった若草色のデイドレスを着ていたのだけど、それを藍色の地に白い大きな花が描かれたドレスに着替えた。

 特徴的な柄だけど、シンプルな形で女性にしては長身な私が着るとスタイルをすっきりと見せてくれるようだ。


 試着室から出ていくと、ジークとアリシアさんと店員全員が満足気に頷いた。


「ああ、やっぱりレオにはそういうのが似合うね。マックスもそう思うだろう?」


「ああ、そうだな……」


 ジークが悪戯っぽく笑ってマックスに敢えて話を振ると、マックスはなんだか煮え切らないことを言いながら顔を背けてしまった。


 その耳がちょっと赤くなっていたのを私は見逃さなかった。

 人前で私のことをきれいだとか言うのは恥ずかしいんだろうな。

 みんなに生暖かい視線を向けられ、私も赤くなってしまった。


 その間サリオ師たちも暇をしていたわけではなく、行きつけの飲み屋のウェイトレスに配ると言って珍しい柄のハンカチやら巾着やら細々したものを購入していた。


「こういうのは女性に喜ばれるからね。高いものでもないから、受け取る方も気楽に受け取ってくれるんだ。きみたちも買って帰ったら?」


 意外とマメなところもある剣聖にそう薦められ、カイル兄様とフェリクスとエリオットもそれもそうだと思ったらしく、同じようなものをいくつも購入していた。

 それぞれのタウンハウスで働く侍女とかに配るのだそうだ。


 私が試着したドレスはもちろん購入することになり、せっかくだから着て行ったらどうかとマダムに言われたけど、絶対に目立つからと丁寧にお断りしてデイドレスに着替えなおした。


 私たちはただでさえ目立つ集団なのに、これ以上目立つのは控えたいのだ。


 結局、店の商品をほとんど買い占める勢いでの買い物になり、マダムにはとても喜ばれた。

 みんなも満足いくものが手に入ったとホクホク顔だった。


 ただ、マックスはどこか憮然とした顔をしていて、マダムと同じくなんとなくジークの正体を察したらしいクラークさんは冷や汗をかいていた。


「昼食は……本当に、また去年と同じように屋台でなさるので?」


「もちろんです。レオがとても美味しかったって言ってたから、僕たちも楽しみにしていたんですよ」


「というわけで、案内お願いします!」


「わ、わかりました……」


 ちょっと顔色が悪いクラークさんに連れられて屋台の並ぶ区画に連れて来てもらった。


 屋台で買い食いするのは王都で慣れている私たちは、クラークさんの心配をよそに、


「ジーク!あれ、去年も食べたんだけど、すごく美味しかったよ」


「ああ、レオが話していたのだね」


「いい匂いだね。食べてみようか」


「俺も食べてみたい!」


「おじさん!それください!」


 といった感じで注文をして、渡された魚の串焼きを道端で立ったまま齧り、さらに


「あ、あれも美味しそうじゃないか?」


「そっちのはなんだろう?貝かな?」


「どうせだから全部食べてみようぜ」


「おじさん!それください!」


「……レオがエルシーランに住みたいって言ってたの、わかるな」


「引退後はここに引っ越してもいいかも」


「いいなぁ。美味い食べ物と美人が多い土地に骨を埋めたいものだ」


「おじさん!それ、もう一つください!」


 と私とジークたちは屋台を満喫し、クラークさんはほっとしたように顔色が戻った。



 次に訪れたセルマーさんの輸入雑貨店では、ジークたちは目を丸くして店内を見まわしていた。


「いらっしゃいませ、お姫様。お久しぶりでございますね」


「お久しぶりです、セルマーさん。この前送ってくれた薬草の種、早速育ってるみたいですよ」


 セルマーさんは、あれから数度王都にいる私に商品を送ってくれていた。

 届けられた本や植物の種などは、それを有効に活用できるところに配ってその度にやや過剰に感謝された。

「それはよかったです。アレグリンドでも根付くといいですね。お姫様がいらっしゃるということだったので、珍しいものをいくつか取り揃えておきましたよ」


「どれですか!?見せてください!」


 セルマーさんが見せてくれたのは、孔雀みたいな派手な鳥の羽根でできた扇子や、異国の文字や花が描かれた紙でできた扇子、それからこれも紙でできた傘だった。


「レオノーラ様!そちら、絶対にご購入ください!なんだったら、ありったけご購入ください!それくらいの価値がありますよ!」


「わ、わかりました……」


 去年ティーセットを買うように私に迫ったのと同じ勢いのアリシアさんに、私はちょっと引きながら頷いた。

 これも社交会デビューしたら役に立つようなものなのだろう。


 私は王妃様とシストレイン子爵夫人へのお土産をカイル兄様とアリシアさんと選ぶことになった。


 今年はキアーラへのお土産はジークが選ぶので、私はノータッチだ。


 あれも可愛いこれもきれいだと言っていると、結局セルマーさんが持っていた扇子と傘の在庫は私たちが買い占めることになった。


 多分、セルマーさんは貴族女性に必須なものを私たちが来るのに合わせて仕入れておいてくれたんだと思う。

 その間、サリオ師は酒の試飲が薦められ、こちらも上機嫌で在庫を全て買い取ってしまった。


 満足いくくらいのお土産を確保した後、私は店内をふらふらと見て回っていた。

 去年はなかったようなものもたくさんあって、見ているだけで楽しい。

 豊満な女性の体に鷲の頭がくっついている女神像?を眺めていると、隣にマックスが立った。


「……さっきは、すまなかった」


 なにか謝られるようなことがあったっけ?


「あ、私がドレスを試着した時のこと?」


 あの時、マックスはジークに揶揄われてなんとも微妙な反応しかできていなかった。


「あれはジークが悪いよ。明らかに面白がってたでしょ?」


 あの状況ではマックスがなにも言えなくても仕方がないと思う。

 少し前まで無表情不愛想男だったマックスにはハードルが高すぎる。


「俺も、似合ってると思っていたんだが……」


「似合ってるって思ってくれてたんなら、それで十分だよ。あのドレスは王都に持って帰るんだしね。次に着た時に、またそう言ってくれる?」


「必ず言うよ。二人だけの時に、な」


 マックスは気持ちを言葉にすることの大切さをわかっている。

 愛を囁くようなことはないけど、大事なことはちゃんと言葉にして伝えてくれる。

 その度に、私は心が震えるほど嬉しくなってしまう。


「エルシーランで、なにか買ってやるという約束だったな。なにかほしいものはあるか?」


「うーん……もうたくさん買っちゃったからね……できれば、去年みたいにマックスに選んでほしいな」


 あの簪はマックスが選んでくれたものだから、私の宝物になったのだから。


「それなら、これはどうだ?」


 マックスが指さしたのは、去年くれた簪と同じような螺鈿の宝石箱だった。

 真珠のような輝きで花々やその間に遊ぶ蝶が描かれていて、とても手の込んだ造りになっている。

 ということは、それだけ値が張るというわけで。


「……とてもきれいだとは思うけど」


「値段のことなら気にするな。先輩たちによると、これくらいの宝石とかを恋人に送ったり強請られたりするのは普通なんだそうだ」


「ええぇぇ、そういうものなの?」


 私からしたらかなりの高額商品なんだけど、こんな値段のものを強請るのが普通なのだろうか。

 前世が庶民の私の感覚からしたら信じられない。


「俺もそこそこの高給取りになった。寮にいると衣食住にも困らないし、金を使うような趣味もないから貯まる一方だ。それにおまえはなにもほしがらないから、こんな時でもないと贈り物をする機会もない」


「そうかもしれないけど……私は、去年の簪くらいのつもりでいたんだよ」


 あの簪と目の前の宝石箱は、値段の桁が違う。

 同じ螺鈿細工でも、宝石箱の方が大きいから値段もそれに比例して高くなるわけで。


「簪の方がいいか?なんだったら両方買おうか」


「いやいや、それじゃ貰いすぎだよ!」


「そうでもないぞ。ほら、これとかだとそう高くもない」


 そう言ってマックスが手渡してくれたのは、鮮やかな赤い布でできた花がついた簪だった。

 前世の成人式で振袖を着た時、こんな感じでもっと大きい髪飾りを頭につけていたのを思い出した。


「これ、可愛いね……」


 布製で宝石がついているわけでもないので、値段も高くない。


「気に入ったか?」


「うん……これ、買ってくれる?」


「ああ、もちろん。気に入るものがみつかってよかったよ」


 私が上目遣い気味でお願いすると、マックスは微笑んで私の頬をそっと撫でてくれた。

 

 私は簪だけのつもりで言ったのに、結局マックスは宝石箱まで購入してしまった。

 それを止めることもできず呆然としていた私をみんながまた生暖かい目で見ていたことに気つかなかった。


 他にもあれこれ購入し、また珍しいものが輸入できたら送ってもらうための手付金を含めて合計で金貨三枚を支払った。

 みんなもそれぞれにお土産を購入しているから、今日だけでかなりの売上になったことだろう。


 こうして今年のエルシーラン視察初日は終わった。


 ジークたちもとても満足したようだった。


 

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