⑩ 二度目の調査隊
それから結局ジークたちはずっと忙しく、マックスともほとんど会えないままエストルへの調査隊に参加することになった。
去年の隊員は全員参加で、そこにジークと側近三人組、騎士団の精鋭五名が追加されている。
騎士が増えているのは、ジークの護衛のためだ。
サリオ師は『エルシーランの酒と肴は美味いから』という理由で、今年もついてきてくれるそうだ。
ジークはプラチナブロンドをこげ茶色に染め、ジーク・リザルドという私の護衛騎士になるということだけど、ややくたびれた騎士服を着てもジークはやっぱり麗しい貴公子のままで、これはこれで大変なんだろうと思った。
それから、去年はエルシーランで一日しか自由行動日がなかったけど、ジークが視察や見学や観光をするために今年は二日か三日くらいとるそうだ。
お土産を買う時間がたっぷりあるので、私としてもありがたい。
というわけで、今回は人数も倍に増えた上に日程も延びたので、お土産も倍増すると見越して王都から大き目の荷馬車まで持って行くことになった。
初日は荷馬車の操縦はニールさんに隣についてもらって私がしていたけど、翌日からはジークに頼まれて場所を変わった。
私が操縦だけでなく、いろいろなことを教わっているのを見て羨ましくなったのだそうだ。
最初は緊張していたニールさんも、気さくなジークにすぐに慣れたようで私にしてくれたように丁寧に荷馬車の操縦を教えて、ついでに魔獣のことや魔法具のことなど意見を交換して話題が尽きることがなく、御者席はとても楽しそうだった。
今まで研究員とじっくり話したことがなかったというジークにはいい刺激になったようだ。
「今の俺はジークの側近という立場だ。去年と違って、ずっとおまえに張りついているわけにはいかない。だから、絶対に危ないことをするなよ?一人で行動したりしないように。俺たちの目の届かないところに行くんじゃないぞ。いいな?」
マックスは出発前、私にそう噛んで含めるように言い聞かせた。
婚約までしているというのに、相変わらず全く信用されていない。
久しぶりに近くにいられると思って楽しみにしてたのに、こんなことを言われてむっとして私が言い返す前に、
「マックス様、ご安心ください。レオノーラ様には私が張りつきますので」
「俺もちゃんと見てるから。心配するな」
アリシアさんとカイル兄様が割って入って、なんとかマックスを宥めてくれた。
それはいいんだけど、結局誰も私のこと信用してくれてないってことじゃない?
私ってそんなに危なっかしいの?
釈然としない気持ちを抱えていた私だったけど、しばらくすると八名もいる騎士たちがフェリクス同様マックスのことも可愛がっていることが見て取れた。
エリオットに大丈夫とは言われていてもやはり心配だった私は、これでやっと安心することができた。
私と婚約したことでナントカみたいなことをエリオットは言っていたけど、特にやっかまれている感じもない。
マックスが騎士として受け入れられてちゃんとお仕事できているのを目にすることができたのは私には嬉しいことだった。
そんなこんなで、王都からエストルまでの七日の道程は順調に進むことができた。
エストル地方を代表する港町エルシーランは、王都とは異なる雰囲気ながらとても活気のある街だ。
そこの中心にあるユベール伯爵邸で私たちは熱烈な歓迎を受けた。
ユベール伯爵夫妻とは王都で何度か会っており、母の墓参りを一緒にしたりしてすっかり仲良しになっている。
今日も会えることを楽しみにしていた。
「レオノーラ様!お待ちしておりました!」
「お久しぶりです!今年もまたよろしくお願いします」
私は馬から降りてすぐにそう言って待ち構えていた伯爵夫人と抱擁を交わした。
私の護衛が多すぎてやや不自然だけど、ジークも楽しそうにしているのでまぁいいかと思っている。
その日はまた私は伯爵夫人がはりきって準備したという異国風ドレスを着せられて調査隊全員が招かれた晩餐の席についた。
私はジークとマックスに挟まれた席で美味しい料理に舌鼓を打った。
ジークも海辺に来るのは初めてとのことで、新鮮な海の幸の美味しさに驚きつつ私がエルシーランに再び来たがった理由に納得してくれた。
「やっぱりエルシーランの料理は美味しいね!」
「ああ、どれも美味かったな」
晩餐の後、ジークが気を利かせてくれてマックスに私を部屋まで送るように言ってくれた。
マックスは基本的にジークに張りついていて、私も仕事の邪魔をしてはいけないとあまり近づかないようにしていたので、ずっと近くにいたのに二人で過ごせるような時間はほとんどなかった。
ジークはエルシーランまでの道中で馬車の操縦を学び、エリオットは研究員たちが乗る馬車に便乗して中で議論を繰り広げ、フェリクスとマックスはそれぞれ先輩騎士たちから護衛騎士としての教えを受けていた。
王都にいるだけではわからないこともたくさんある。
ジークたちにとってもいい機会だったことは間違いない。
部屋の前まで来ると、私たちの後からついてきてたアリシアさんは室内を確認してくると言って私たちを二人きりにしてくれた。
「すまないな、あまり時間がとれなくて」
「いいんだよ、お仕事なんだから。ジークについててあげなきゃ」
「……おまえは、本当に我儘を言わないな」
「だって、お仕事は仕方ないでしょ」
マックスはジークの側近で護衛なのだから、マックスが忙しいのは全てジーク関係だ。
私にとってジークも大切な存在だ。護衛が疎かになるような我儘なんて言うわけがない。
それに、ジークと幼馴染で兄弟のように育ったフェリクスと違い、マックスはまだ側近となって日が浅い。
きっと今が大事な時期だ。
少しくらい寂しくても邪魔をしてはいけないと自分に言い聞かせている。
前世でアラサーまで生きた記憶がある私は、『仕事と私どっちが大事なの!?』というのは禁句だということをよく知っているのだ。
「おまえは、我儘も言わないし、ものも欲しがらないし……たまに、これでいいのか心配になる」
「我儘言ってほしいの?」
「いや、それはそれで困るんだが……婚約者だというのに、あまりにしてやれることが少ないから」
「それを言ったら、私もなにもできてないと思うけど」
「そんなことはない。おまえは、十分によくしてくれているよ」
「私も、マックスは頑張ってくれてるって思ってるよ?」
と言ったところで、マックスは納得してくれないだろうこともわかる。
「じゃあ……またエルシーランで、なにか買ってくれる?去年、セルマーさんのお店で簪をくれたみたいに」
思えば、こういうお願いをしたのはこれが初めてだ。
普通だったら、もっとアクセサリーとかなんとかを婚約者に強請ったりするものなのだろうか。
「言われるまでもなく、そうするつもりだったよ」
「そうなの?嬉しい!去年も、すごく嬉しかったんだよ」
ぱっと顔を輝かせると、マックスの手が頬に触れた。
久しぶりにキスしてくれるのだろうか。
ドキドキして紫紺の瞳を見上げたけど、どうやらこれ以上距離を縮める気はないようだ。
「夜更かしせずに早く寝るんだぞ。明日も早いんだからな」
「わ、わかってるよ」
「おやすみ、レオ」
「おやすみ……」
最後に私の髪をするりと撫でると、マックスはそのまま去って行った。
私はその背中を見送りながら、溜息をついた。
……キスしてほしいって、我儘を言えばよかったのだろうか。
最後にキスをしたのは、もうずっと前のことだ。
マックスは何らかの理由で私にキスをしないと決めたのだと思う。
今は、きっとそれを尊重した方がいいのだろうけど。
私はキスしてほしかった。抱きしめてほしかった。
言葉にしないだけで、私だって心の中ではいろいろと抱えているのに。
私に向けられる紫紺の眼差しには、はっきりとした愛情の色がある。
マックスは、前世の婚約者とは違う。
あんな残酷な裏切りをするような人ではないとわかっている。
だから、マックスの気持ちを疑ったりはしないけど、それでも寂しさを感じるのはどうしようもない。
私は赤い石のついた指輪にそっとキスをして、アリシアさんのいる部屋に入った。




