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⑦ 魔獣騒動の後

 あれから妙な魔獣が出てくることもなく、マックスが青い虎みたいな魔獣を瞬殺したところで学園での魔獣騒動は幕を下ろした。

 幸い重傷者はおらず、怪我をした生徒の手当も学園にある薬で十分賄える程度のものだったので、全生徒がすぐに下校させられることとなった。

 後の処理と調査は騎士団と研究員と、学園の職員の仕事だ。


 私はキアーラと同じ馬車に押し込まれ、四人もの騎士に護衛されて王城の離宮に戻された。

 マックスはある程度事態を把握してからジークの元に帰るのだそうだ。


 騎士が教えてくれたところによると、なんとほぼ同時に王都の別の場所でも同じように突然魔獣が溢れだして、大混乱になっているそうだ。


 そちらはまだ事態が終息していないとのことで、私とキアーラの身柄は王都内で最も安全な王城に速やかに移送されることになったのだ。


 私が前線で剣を振るっている間、キアーラはお掃除魔法を放つ家政科の女生徒たちを指揮しつつその前に立ち、ジークから下賜されたナイフで魔獣を斃しクラスメイトたちを守ったのだそうだ。

 私も知らなかったけど、キアーラはいつもスカートの下にナイフを隠し持っているらしい。

 未来の王太子妃として、いい心掛けなのだと思う。


 きっとキアーラの株も上がったことだろう。


 その日の夕刻前に、おば様がキアーラの荷物を持って私の住む離宮を訪ねてきた。

 当然ながら学園はしばらくはお休みになるとのことで、キアーラはその間私の離宮に泊まることになったとのことだった。


 おば様は私とキアーラを抱きしめて無事でよかったと涙を流していた。


 私たちは出歩くわけにもいかないので、離宮の中で料理をしたり刺繍をしたりして大人しく過ごした。


 そのうち私にも事情聴取とかあるのだろうと思っていたら、二日後にジークとエリオットが離宮を訪ねてきた。少し時間がとれたので様子を見に来てくれたのだそうだ。


 その疲れきった顔を見て、私は即座にジークとキアーラを離宮に押し込み、エリオットの腕を掴んでガゼボへと移動した。


「学園では大活躍だったらしいね」


 私が淹れた疲労回復効果のあるお茶を飲みながら言うエリオットの声にも疲労が滲んでいる。マックスとフェリクスは騎士団の方でまだ仕事をしているのだそうだ。


「私なりに、できることをしただけだよ。もう一か所、同じように魔獣が出てきたって聞いたけど……」


「ああ、あっちはかなり酷いことになってしまった。平民が暮らす住宅地の一画で、周りには攻撃魔法が使えるような人がほぼいなくてね。騎士団の詰所からも距離があったから、被害が広がってしまったんだよ。犠牲者も負傷者も多い。散らばった小さい魔獣がまだ駆逐できていなくて、今も対応に追われているよ」


 やっぱりそうなってしまったんだ……そうだろうなと思ってはいても、実際にそう聞かされると胸が痛む。

 ジークたちもそれで死ぬほど忙しいんだろうな。


「レオがいなかったら、学園も同じことになっていたはずだ。よく頑張ったね」


 エリオットは灰色の瞳を優しく細めて頭を撫でてくれた。


「見事な指揮官ぶりだったと報告を受けて驚いたよ。レオのことだから、きっと先陣切って魔獣を狩ってたんだろうとは思っていたけど、まさか指揮までやってのけるとはね」


「指揮だったら、キアーラもしてたよ……私はただ、カイル兄様の真似をしただけだよ」


「カイル殿の?」


 エリオットは意外なことを言われたというように首を傾げた。


「状況を見て、すぐにファーリーン湖と同じだとわかったからね。それで、カイル兄様がどうしてたかなって、同じようにすればきっと大丈夫だと思って……ただ、場所が学園で私たちは学生だから、そこをなんとかしないとって必死に考えはしたけど」


「そうか、なるほどね。レオはファーリーン湖遠征に二回も参加しているからね。そこから学んだわけだ」


「そういうこと。でないと、あんなこと咄嗟にできるわけないよ。なんとかなったのは、カイル兄様のおかげなんだからね」


 これは間違いなく真実だ。

 今回私がなんとか指揮らしきことができたのは、ファーリーン湖と魔獣の浜での経験があったからだ。

 特に、カイル兄様を間近で見ていたことは大きい。

 それがなければ、私もなにもでなかったに違いない。


「こんなこと言ってもどうしようもないんだけどね。ジークかエリオットだったら、もっと上手く指揮をとったり効率がいい作戦が立てられたりしたんじゃないかなって思うんだよ。それに、フェリクスかマックスがいたら、あれくらいの魔獣に怯えることなんてなかった。運よく被害が少なくて済んだけど、私もまだまだだなぁって思ったよ」


 エリオットは僅かに目を見開き、それから苦笑した。


「僕とジークは逆のことを考えていたよ。僕たちがもしあの場にいたら、どうしただろうってね。僕たちではきっとレオほど上手くは指揮なんてできなかっただろう。ファーリーン湖のことを知識として知ってはいても、実際に見たことはないからね。対応が後手に回って、酷いことになっていたと思うよ」


「そうかな?エリオットもジークも、私よりずっと頭がいいじゃない」


「本当の頭の良さは、試験の成績で計れるようなものではないよ。とにかく、今回のことで、僕たちも反省したんだ。もっと実践的なことを身につけなくてはいけないってね。レオに負けてはいられないよ」


 そう言うエリオットの顔は疲れてはいるけど、同時にやる気にも満ちていた。


「もうしばらく僕たちは忙しいのが続く。悪いけど、マックスもこっちにはあまり来られない」


「わかってるよ。お仕事なんだから、そこは我儘言ったりしないよ」


 そうだ、と私は思った。

 ずっと気になっていたことを訊く、いい機会だ。


「ねぇエリオット。マックスは、アレグリンドの騎士として上手くやれてる?キルシュ人なのに突然ジークの側近になったりして、やっかまれてるとかない?」


 本人に直接尋ねるわけにもいかず、私はこれをずっと心配していたのだ。

 王太子の側近なんて、かなりのエリートだ。

 元留学生のマックスは騎士としての実力は折り紙付きとはいえ、周囲との軋轢があってもおかしくない。


「僕たちもそれは心配していたんだけど、結果から言えば大丈夫だったよ。マックスはすんなり馴染んだようだから。エストラへの調査隊に同行していた騎士たちが上手く立ちまわってくれたそうだよ。剣聖の愛弟子として知られているのも大きい」


 剣聖サリオ師というのは騎士にとっては偉大な人物だ。

 そして、騎士団の中で信頼の厚い調査隊隊長やルーカスさんに可愛がられているとなれば、マックスを受け入れてくれる騎士も多いだろう。


 よかった、と胸を撫でおろした私に、エリオットは少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「ジークの側近になったってことに関しては、大丈夫。でも、別のところではそうでもないようだよ」


「え!?別のところって、なに?」


 他にやっかまれるような理由があるのだろうか?


「わからない?レオの婚約者ってところだよ」


「そ、そこでやっかまれるの!?……私も王族の端くれだから?」


 元留学生なのに王族と婚約してそのうち陞爵までするかもしれないとなったら、やっかまれるのも無理はないかもしれない。


「レオは知らないみたいだけど、レオが成人したらアプローチしようと待ち構えてた男は何人もいるんだよ。騎士にも、文官にも、侍従にもね。そのほとんどが、王族としてのレオをほしがっていたわけではないんだ」


 じゃあ、なんで私をほしがるの?


 首を傾げた私に、エリオットはさらに悪い笑みになった。


「レオは自分が美人だっていう自覚が本当にないんだね」


「美人!?」


 私は思わず両手で自分の頬を触った。

 自分でも悪くはないと思ってはいるけど、そんなの言うほどかな?


「そうだよ。あのジークの従妹なんだから、美人に決まってるじゃないか。それに、とても優秀で、身分に関係なく人当たりが良くて、人望もある。妻にほしいと狙う男が湧いて出るのも当然だよ」


 エリオットはジークと同じプラチナブロンドの私の髪を一房手に取った。


「レオとジークに王家の色がはっきり現れてよかったよ。並ぶと兄妹にしか見えないからね。そうでなかったら、レオを王太子妃にって声が上がっていたかもしれない」


 私が王太子妃!?

 いやいや、王太子妃はキアーラだから!

 私はジークとキアーラを支える立場なわけで!


「そんなの……無理だよ!いろんな意味で!」


「わかってるよ。でも、そんなレオの婚約者だから、マックスはやっかまれてるんだよ。それにね、レオはマックスを政略結婚で無理やり押し付けられたんじゃないかって疑いを持ってる人も多いんだ」


 最近同じようなことを言われたことを思い出し、私は眉を寄せた。


「それ、学園長も疑ってたみたい……」


「そうだろうね。でもね、今回の騒動で、その疑いはほぼ晴れたよ。最後に大きい魔獣をマックスが殺した後、レオが自分からマックスに抱きついたんだって?あの状況でそんなことするくらいだから、レオとマックスは心を通わせてるんだって、多くの人が理解したみたいだよ。今、侍女たちの間ではレオたちの恋愛ネタで持ちきりだよ。そのうち歌とか劇までできるかもしれない勢いだ」


 私はあの時のことを思い出し、今更ながら顔が赤くなった。


 感極まったとはいえ、大勢の前で大胆すぎたのではないだろうか。


 というか、歌とか劇なんて大袈裟過ぎない!?


「レオは、自分がどう見られているか全くわかっていないね。これじゃマックスも気が気じゃないだろうな……でもまぁ、僕の大切な妹を奪っていくんだから少しくらい痛い目みてもらわないと気が済まない。これくらいでちょうどいいのかもね」


 エリオットがなんだか不穏なことを言い出したところで、ジークがやってきてお茶会はお開きとなった。


 二人は私とキアーラが作ったお菓子を持って執務室へと戻っていった。

 

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