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⑤ 学園の危機

 休日明けの登校日の休み時間に、私はまた学園長と二人でお茶を飲んでいた。

 このお茶もアルツェークからもらってきた薬草茶で、私が淹れたものだ。


 学園長は前日に私が作ったお菓子を上機嫌で食べている。


「これは本当に美味しい!こんなお菓子は食べたことがありません。レオノーラ姫は料理人にもなれそうですな」


「お口に合ってよかったです。お茶も美味しいでしょう?」


「そうですね、これも初めて飲むお茶です」


「解毒効果があるんです。研究所でも試験栽培してありますけど、アルツェークではとてもよく育つのだそうです」


「ほぉ、それは研究しがいがありそうだ」


 学園長が喜んでくれて私も嬉しい。

 料理人になるつもりはないけど。


「それで?ハインツ君とはちゃんと相談ができましたか?」


「はい。まだなにも決まってはいませんけど、話はできました。その……教師でも研究員でも騎士でも、私がなりたいものになればいい、と言ってくれましたので」


「なるほどですね。爵位については?」


「私もマックスも、爵位には全く拘りがありません。どちらかといえば、あまりほしくないのですが……そういうわけにもいかないのでしょうね」


「いかないでしょうね」


 私は溜息をつき、学園長は苦笑した。


「ハインツ君といい関係を築けているようで安心しました。彼は少々訳アリの留学生でしたからね、私も気をつけて見ていたんですよ。王太子殿下に口説かれてアレグリンドに残るのではと思っていましたけど、まさか貴女と婚約するとは思っていませんでした。予想外のこととはいえ、結果としては上々ですね。陛下も喜ばれたことでしょう」


「そう……でしょうか」


 確かに、マックスほど優れた騎士は貴重な人材だ。

 アレグリンドに残ってくれたことは、陛下にとっても喜ばしいことだろう。

 でも、私と婚約したことまで喜んでくれているというのは、ちょっと疑問だ。


「陛下も、貴女のことは心配なさっていました。王太子殿下に自力で結婚相手を探すようにと言っておきながら、貴女に政略結婚を押しつけるわけにもいきませんからね。貴女の事情を考えれば、できるだけ早く良い伴侶を」


 学園長の言葉は、ノックもされずに乱暴に学園長室の扉が開けられたことで遮られた。


「学園長!大変です!学園内に、魔獣が出現しました!」


 駆けこんできた職員が告げたのは、衝撃的な報告だった。


 

 私と学園長が全速力で向かった先は、学園の片隅にある倉庫だった。

 倉庫の入口から、魔獣が何匹も溢れだしてきている。

 どれも水属性で、大きなものでも成人男性の半分くらいの大きさだ。


「こ、これは……!」


「学園長!ファーリーン湖にすごく似ています!」


 なぜこんなことが起こっているのか、なんてことを考えるのは後だ。

 とにかく、この魔獣をなんとかしないと!


 私は倉庫を包み込むように魔力障壁を展開し、魔獣がこれ以上外に溢れるのを食い止めた。


「学園長!マイルズ先生は」


「マイルズ先生を含めほとんどの騎士科の教師は、今日は王城に出向いております!」


 マイルズ先生とは、前騎士団長の副官まで務めた退役騎士で、もう五十代で孫までいるけど教師の中ではダントツ最強の教師だ。

 そのマイルズ先生だけでなく、他の教師まで今日に限っていないなんて!


 ……いや、だから今日、こんなことが起こっているのだろう。

 だってこれは、どう考えても自然発生ではなく人為的なものだから。


「学園長!」


 指示を仰ごうにも、研究畑出身で荒事は苦手な学園長は青い顔でおろおろしている。

 このままではマズい!


「学園長!騎士科の上級生を集めてください!騎士科でなくても、攻撃魔法を放てる生徒は全員です!騎士科の下級生は、散らばってしまった魔獣を個別に狩って、他の生徒たちを守りつつ学園の外に魔獣が出るのを防いでください!それから、私のクラスメイトの中で、お掃除魔法が使える生徒も連れてきてください!」


「わ、わかりました」


 この学園には貴族の子弟が多く在籍している。

 つまり、魔力が豊富な生徒がたくさんいるのだ。

 剣は扱えなくても、貴族なら半数以上がある程度の攻撃魔法くらい使えるはずだ。

 ここは是非役に立ってもらわなくてはいけない。


「訓練用の刃が潰されたもので構いませんから、武器をありったけ持ってきてください!属性魔法を纏わせたら十分使えます!急いでください!ここはなんとか時間を稼ぎますから!」


 学園長が職員に指示を出しながら走り去るのと入れ違いで、数人の教師が集まってきた。


 私の魔力障壁は倉庫を中心に半球のドーム状になっており、ドームの内側には魔獣がうじゃうじゃと集まっている。


「レオノーラ様!これは一体……」


「話は後です!攻撃魔法が使えるなら、私と同じことをしてください」


 私は魔力障壁でできた半球のドームの中に片手だけつっこんで、魔獣の群れの中に火球を放り込んで、そこでバンと炸裂させた。

 飛び散った火球の欠片に、魔獣がバタバタと倒れた。

 ファーリーン湖と魔獣の浜では素材を手に入れる目的もあったのでこんなことはしなかったけど、今はそんなことを言っている場合ではない。


「倉庫には攻撃が当たらないようにしてください。倉庫が崩れると、魔獣が四方八方に散らばりだす恐れがあります」


 今は魔獣は倉庫の扉から溢れ、ファーリーン湖や魔獣の浜の魔獣と同じように真っすぐに私たちがいる方向へと進んできている。

 これが無秩序に全方向に魔獣が溢れだしたら、もっと手に負えなくなるのは間違いない。


「私の魔力障壁も無限ではありません!できるだけ魔獣の数を減らしてください!」


 魔力障壁から外に出ようとする魔獣が増えれば増えるほど、私の魔力が削られていくことになる。

 教師たちは慎重に魔獣の群れにそれぞれ得意な魔法を放った。

 王立学園の教師だけあって、全員優秀だ。

 慣れない攻撃魔法ながらも、魔獣は次々に吹き飛ばされ焼き払われて数を減らしていく。

 それでも、倉庫から溢れる魔獣は止まる気配がない。


 教師の半数が魔力切れで肩で息をするようになるころ、やっと騎士科の生徒たちが集まってきた。

 でも、この中で実際に魔獣狩りをした経験があるのは半数以下のはずだ。

 その証拠に多くの生徒がさして強くもない魔獣を前に怯んだ表情になっている。


「落ち着いて!どれも弱い魔獣ばかりだから!武器に火魔法を纏わせられる人は前に!それ以外は後ろで構えて!自信がないなら離れていなさい!」


 私は届けられた刃のない剣を手にとり、薄く火魔法を纏わせて見せた。

 刃がないため実際に魔獣を切り裂くには多目に魔力を消費することになるけど、それでもないよりはマシだ。


 そんな準備をしていると、多くの生徒を引き連れた学園長が走ってきた。


「レオノーラ姫!御無事ですか!」


「はい、まだ大丈夫です。思ったより多いですね」


「ここで活躍したら、内申書にその旨をしっかり記載すると約束しましたので」


 流石学園長。学生の心理を上手に利用したわけだ。


「レオ様!」


 キアーラと家政科のクラスメイトもやってきた。


「キアーラ、ファーリーン湖と同じみたいなんだ。お掃除魔法の指揮をお願いできる?」


「お任せください!いいですわね皆さま!今こそ訓練の成果が試される時!レオ様にいいところを見せますわよ!」


 おーーー!と元気な声が上がり、キアーラ達に釣られるようにの周囲の士気も上がってきた。


 誰も悲壮な顔はしておらず、それぞれに真剣な顔で気合をいれている。


 いい感じだ。 


「攻撃魔法ができる生徒の半数は前へ!魔力障壁が消えたら、即座に魔法を放って、すぐに騎士科の後ろに下がりなさい。これで今出てきている魔獣の大半は斃せるはず。残りの半数は騎士科の後ろに控えて、新しく出て来た魔獣を攻撃!人と倉庫に魔法が当たらないように注意して!小さい魔獣は家政科のお掃除魔法で処理するから、大き目の魔獣だけ狙うように!」


『はい!』


「王都に魔獣が溢れることだけは、なんとしてでも防がなくてはならない!数が多いだけでどれも弱い魔獣ばかりだ。学生の私たちでも十分に対応できる!落ち着いて、魔力を無駄遣いしないように!私たちで王都を、人々の生活を守るんだ!全員ここで覚悟を決めろ!」


『はい!!』


 ファーリーン湖の時のカイル兄様の真似をして士気を煽ってみたところ、思いの外効果があったようだ。


 我ながら上手くいった。


 これならきっと大丈夫だ。


「先生方は一度後ろに下ってください!救護の準備をお願いします!」


 教師が後方に下り、生徒たちが武器を構え魔法を展開する準備を終えたのを確かめ、私は大きな声で号令を放った。


「全員、構え!……撃て!」


 私は魔力障壁を消し、それとほぼ同時に火魔法を放った。

 それに続いて、いくつもの各属性魔法が放たれ、倉庫の外にいたほとんどの魔獣を死滅させることができた。


 わあっと歓声が上がり、士気も上がった。


「やった!騎士科は前へ!次のが来るぞ!」


 私が中心となって剣を構えると、騎士科の生徒たちがそれに続き、同時にまた魔獣がうじゃうじゃと倉庫から溢れてきた。


「いきますわよ!お掃除魔法展開!」


 キアーラの声が響き、魔獣の群れの中でお掃除魔法のつむじ風が動き出した。


 その数は三つ。


 全員で同時展開しないのは、長期戦に備えて魔力の消費を抑えているからだろう。

 ぴょんぴょん飛び跳ねていたルルグが集められ、次々に燃やされていった。

 その間をすり抜けるように迫る魔獣を、私は先陣をきって斬り伏せた。


「刃が当たりさえすれば、これくらいの魔獣は簡単に斃せる!動きも素早いわけじゃない!落ち着いて当たれば大丈夫だ!隊列を乱すな!魔力が切れたらすぐ後方に下れ!後列も控えてるんだから、前列は無理をしすぎないように!」


 ファーリーン湖では私は二列目か三列目にいたけど、今はカイル兄様がいたのと同じ最前列の中心で生徒たちを鼓舞するために声を張り上げている。

 その効果もあってか、生徒たちは慌てることなく次々と魔獣を切り倒していった。

 そして、後方からはぱらぱらと攻撃魔法が飛んできて、魔獣を一度に何匹も吹き飛ばしていく。

 

 とてもいい流れだ。

 これなら当分は持ちこたえられる。

 

 問題は、これがいつまで続くのかわからないということだ。


 そして、最後に主が出てきたら、対応できないかもしれないということだ。


 今の学園には、フェリクスやマックスみたいな突出した実力を持つ生徒はいない。

 騎士科の実技成績上位者も、実戦経験はほとんどない生徒ばかりだ。


 ここで主が出てきたら……たぶん、私がなんとかするしかない。


 この前の夏にマックスはファーリーン湖の主を一瞬で斃していたけど、私にはあんなことができるほどの能力はない。

 

 お願いだから、主が出てくる前に騎士団が駆けつけてくれますように!


 私は万一に備えて、できるだけ体力と魔力をセーブしながら魔獣を斬り続けた。


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