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④ 当初の願いは叶っている

「と、いうことがあったんだよ」


 私はガゼボでマックスと薬草茶を飲みつつ、学園長とのやり取りを話した。


「学園長の言う通りだな。おまえは、抜けてるところがある」


「ええぇ、今の話でそんな感想なの?」


「爵位とか陞爵とか、おまえが全く考えてないとは思ってなかった。俺もまだまだだな……」


 少し項垂れたマックスに、私は慌ててしまった。


「だって!私、今まで爵位とかあんまり気にしたことなくて」


「わかってるよ。王族だからな。気にする必要もなかったんだろう。学園でも、俺が知る限り高位貴族とはほとんど関わっていなかったよな」


 私は学園では女の子たちに囲まれているけど、そのほとんどは平民か下位貴族の生徒だ。

 だからといって、別に高位貴族を避けているわけではない。

 学園でコネとか人脈を作ろうなどと考えていない私は、高位貴族の子弟と積極的に関わる必要性を感じていないだけだ。

 下心なしで近づいてくるなら、仲良くするつもりはある。


「マックスは……爵位、ほしい?」


 マックスの生家ハインツ家はキルシュの伯爵家だ。

 爵位について私とは違う認識を持っているはずだ。


「この場合、俺にとって爵位というのは、レオのおまけみたいな感じだ。おまえを貰う時、同時にくっついてくるようなものだ」


 ここでマックスは私の肩を抱き寄せた。


「俺は爵位がほしくて、おまえを望んだわけじゃない。爵位は正直どうだっていいんだ。むしろ、そんなもの無い方が気楽なんじゃないか」


「そうかもね……師匠もいらないって断ったらしいし」


 私はマックスの肩に頭を乗せて寄りかかりながらサリオ師の話を思い出した。


 サリオ師も以前に国王陛下から陞爵を持ちかけられたらしいのだけど、きっぱりと断ったのだそうだ。

 爵位やら領地やら持ってたら、気軽に魔獣狩りに行ったり下町の酒場でバカ騒ぎしたりできなくなるじゃないか!というサリオ師らしい理由で、陛下も引き下がるしかなかったと、とのことだった。


「もし領地が貰えるなら……アルツェークの近くか、海辺がいいな」


「そうだな。そのあたりは、ジークがなにか考えているんじゃないかと思うが」


「ジーク……どうするつもりなのかな。なにか聞いてる?」


「いや、今のところなにも言われていない」


「そうなんだ……」


 側近であるマックスもなにも聞いていないのか。

 じゃあ、私が尋ねても、なにも教えてもらえないかもしれないな。


「ジークがなにも言わないのは、おまえがなにも言わないからだぞ」


「え?どういうこと?」


「卒業後になにかやりたいことがあるんだろう?そのために、アルツェークで妙な魔獣を斃した時の褒賞を保留にしてあるんじゃないか。おまえがなにをしたいのかわからないから、ジークも話を進められないでいるんだよ」


「な、なるほど……」


 そういえば、そんなこともあったなぁ。

 ジークに気を遣わせてしまっているのは申し訳ないな……


「それで?結局、卒業後はなにがしたいんだ?婚約者である俺には話してくれるのか?」


 紫紺の瞳に覗き込まれ、今更ながらドキドキしてしまう。


「あのね……私、あの時は、マックスはキルシュに帰って婚約者と結婚するんだと思ってたんだよね」


 恥ずかしくて目を逸らしたいけど、肩を抱き寄せられて頬に手を添えられて、それもできない。


「おとうさまのこととかも、いろいろあって……ええと、平たく言うと、結婚したくないって、ずっと独身でいるのを許してほしいっていうお願いをしようと思っていたの」


 マックスが目を見開いて、動きを止めた。


「レオ、それは」


「違うよ?マックスとの結婚が嫌だって言ってるわけじゃないよ?私は、あの時はもうすでに、マックスのことがね……だ……大好きだったんだよ……他に好きな人ができるとも思えなかったし、好きでもない人と結婚するのなんて嫌だから……それならずっと独身でいる方がいいって思ってて」


 言いながら、頬が熱くなっていくのを感じた。

 改めて大好きなんて言うのはやっぱり照れくさい。


「卒業したら……どうにかやって、自由に生きたいって思ってた。どこか田舎に引き籠ってもいいかなって。でも、ジークの助けになりたいとも思ってて……エリオットとフェリクスもいるけど、ジークは大変な立場になるから、私も側で支えてあげられたらなって思ってもいたんだよ」


 頬に触れている大きな温かい手にそっと手を重ねた。

 そこからマックスの優しさが伝わってくるようだった。


 前世の記憶が蘇った時、私は今度こそ好きなことをして好きに生きたい、と願った。

 当時のレオノーラも前世の私も、それだけ抑圧されていたということだ。


 では、今はどうなのだろうか。


 ジークたち以外にも、キアーラやアリシアさんなど頼れる人がたくさんできた。

 ずっと好きだった人と婚約までして、料理をしたり買い物に出かけたり、かなり自由にしていると思う。


 当初の願いは叶っていると言える。


「それでね……今更なんだけど……私、貴族的な意味でのいい奥さんにはなれないと思う。刺繍は嫌いじゃないけど、一日中ずっとっていうのは無理だし、お茶会も動きにくいドレスも好きじゃないし……それより、料理したり釣りしたり、そういうのが性に合ってるから……それでもいい?」


 私は多くの人から型破りな姫君と言われている。

 実際にその自覚もあるし、私自身は全く困っていないのだけど、そんな私を伴侶とすることになるマックスにとってはどうなのだろうか。


 学園長と話をして、そこが一番心配になったのだ。


「本当に今更だな。そんなおまえだから、ほしいと思ったんじゃないか。別に出世したいわけでもないから社交とか情報収集なんていらないし、刺繍だってこの前くれたハンカチくらいので十分だ」


 少し前に、白いハンカチに青い糸でマックスのイニシャルを刺繍したのをあげたのだ。

 ハンカチも糸も図案もこういったことが得意な侍女に選んでもらって、私は慎重に間違えないように針を動かしただけだ。

 それでも、マックスはとても喜んでくれた。


「騎士にでも、教師にでも、研究員にでも、なんだったら侍女にでもなりたいのならなればいい。料理も釣りも魔獣狩りでも、おまえのしたいようにいくらでもすればいい。俺の側にさえいてくれれば、それでいい。それ以上は望まないよ。俺は、そんな姫君らしくないおまえが好きなんだから。学園長の言う通り、まだ時間もある。ゆっくり考えて、どうするか決めたらいいよ。陞爵をどうするかは、それが決まってからジークに相談に行こう。その方がジークも話しがしやすいだろうしな」


 マックスの掌が私の頬を慈しむように撫で、紫紺の瞳が優しく細められた。


「ただし、危ないことをするのはナシだ。俺から遠くに離れるのもダメだ。なにか新しいことをする前に、必ず相談するように。そうでないと、ジークに頼んで北の搭かどこかに閉じ込めてもらうからな?」


 北の搭って、それ牢獄じゃん!

 優しい顔でなんて不穏なことを言うの!?


「危ないことなんてしないよ!マックスから離れるのは……私が嫌だから!」


 ばしばしとマックスの逞しい肩を叩いて抗議したけど、あまり信じてもらえないようで、さらにぎゅっと抱き寄せられた。


「おまえは相変わらず、自分の価値がわかっていないんだな。俺もジークたちも、毎日心配で仕方がないというのに」


 ため息交じりのマックスに、私は首を傾げた。


「私の価値なんて、そんなにある?」


「学園長が言ったことは本当だ。全く自覚がないようだが、おまえはいろんなところから人気を集めて注目されている。研究所も騎士団も、おまえが望むなら喜んで受け入れてくれるだろう。それと同時に、国王陛下に承認された婚約とはいえ、相手が俺みたいな半端者だから横槍が入る可能性もある」


 そういえば、学園長も下手したら国王陛下に婚約破棄を願い出るような雰囲気だった。

 正式に婚約したからと安心していたのに、実はそうも言っていられないのだろうか。


「そんなの嫌!婚約破棄とか、絶対に嫌!」


「わかっているよ。俺もジークも、そんなことにさせはしない」


 私はマックスの胸に縋りつき、マックスの大きな手が私の背中を宥めるようにぽんぽんと叩いた。


「逆に言えば、おまえにはたくさんの味方がいるとも言える。騎士団でおまえの人気が高いのは、お掃除魔法とエストラへの調査に同行したおかげだ。あれで本当にお掃除魔法が魔獣狩りに有効だということが証明された。不埒な意味ではなく、おまえに好意を寄せている騎士は多い。おそらく、研究所でも同じだろう。困ったことがあったら、すぐに周囲に助けを求めるんだぞ。それから……」


 マックスは騎士の制服のポケットから懐中時計を取り出した。


「これは常に持っておくように。いいな?」


「うん。そうしてるよ。ずっと持ってるよ」


 私もお揃いの懐中時計を取り出した。

 これに付加されている幸運の加護の効果は確かだ。


「これがあれば、きっと大丈夫だよね。マックスも、ちゃんと持っててね?」


「ああ。普通に時計としても便利で、もう手放せない。ジークにも羨ましがられるくらいだからな」


「ということは、私たちって、王太子殿下よりもいいものを持ってるってことなんだね?それってすごくない?」


「シストレイン子爵に感謝しないといけないな」


「そうだね!今度、お菓子持って遊びに行こうね」


「そうしよう。カイル殿が寂しがっているらしいからな」


 私たちは顔を寄せ合って笑い合い、それからキスをした。


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