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㉙ アリシア視点 型破りな姫君 

 その日は調査隊全員が参加しての晩餐会が開かれることになっており、ゲイリー伯爵たちもそこに招かれているとのことだった。


 それは私たちには寝耳に水で、隊長は遠まわしに苦言を呈したけどすでに酒が入っていたユベール伯爵には通じなかった。


 レオノーラ様とマックス様の仲を全員で応援している私たち調査隊にとって、どれだけ見目が良くてもゲイリー伯爵令息は好ましい存在ではなかった。


 個人的には、美しい容姿を鼻にかけている風のゲイリー伯爵令息よりも、無骨ながらも多くの人から目を掛けられているマックス様の方が何倍も好感が持てた。

 それに、マックス様は仮面にばかり注目されがちだけど、よく見れば十分に整った顔立ちをしている。

 あの逞しい長身で騎士の礼装でもすれば、着飾ったレオノーラ様と並んでも見劣りすることはないだろう。

 つまり、容姿でもマックス様がゲイリー伯爵令息に劣るなんてことはないのだ。

 

 私たちはひそひそと短い作戦会議をし、その日は一番爵位の高いルーカス様がレオノーラ様のエスコートをすることになった。


 広間に現れたレオノーラ様は、いつもの見慣れた騎士服ではなく異国風のドレスを着せられていて、王族の姫君に相応しい品格と美しさだった。


 複雑に結い上げられたプラチナブロンドには、マックス様から贈られたばかりの簪。

 きっと、マックス様にこの姿を近くで見てほしかったのだろうと思うと、余計にゲイリー伯爵たちが疎ましく思えた。

 二人は僅かに視線を交わし合い、それからレオノーラ様はルーカス様に手を引かれて離れていった。

 マックス様はなにも言わずにそれをじっと見ていた。


 晩餐会は不愉快なだけで終わり、翌日はユベール伯爵がゲイリー伯爵と令息を無理やり連れだしたとのことで私たちは安心して王都への帰還準備をした。

 昨夜は顔色の悪かったレオノーラ様も、次々に届くお土産に喜々として荷造りを始め、マックス様も穏やかな表情でそれを手伝い、私たちはほっとしながら微笑ましくそれを見守っていた。

 

 荷馬車を一台借りることができたことで順調に作業が進み、ユベール伯爵夫人に別れを告げて王都に向けて出発する寸前にゲイリー伯爵令息が戻ってきてしまった。

 令息はなにやらレオノーラ様に言い募っていたようだけど、レオノーラ様は話を聞くだけ聞いて拒絶した。魔力障壁まで使って完全に。


 それでも、私には令息がレオノーラ様を諦めたとは思えなかった。

 きっと、またなにかある……そんな確信めいた予感がして、私は全てを王妃様に報告した。


 今にして思えば、この時の報告書はやや私の趣味嗜好に偏っていたかもしれない。

 魔獣の浜やエルシーランの街の様子だけではなく、私から見たレオノーラ様とマックス様のことも多く報告書に記載してしまったからだ。

 夏のファーリーン湖への調査隊に、王妃様の密命を受けた私が同行することになったのは、きっとそのせいだ。

 

 アルツェークでは、ファーリーン湖で誰が主を狩るかというのが賭けの対象になっている、とカイル様に教えてもらった。


 アルツェークでは、主の魔石を捧げられて求婚されるのが女の子の憧れなのだそうだ。


 ということは……私も迷わずマックス様に賭けた。


 後で聞いたところによると、調査隊の全員がマックス様に賭け、それなりに儲かったとのことだった。


 キルシュへと一時帰国するマックス様を見送った後、赤い顔で主の魔石を握りしめて戻ってきたレオノーラ様はとても可愛らしかった。

 全員で力いっぱい祝福したのだけど、実際になにがあったのかは黙秘されてしまった。

 きっとマックス様らしく真っすぐな言葉でレオノーラ様に思いを伝えたのだろう。

 幸せそうなレオノーラ様に、私も幸せな気分になった。


 それなのに。

 マックス様と王都に戻ってきたレオノーラ様に、ゲイリー伯爵と令息の悪意が襲いかかった。

 レオノーラ様は持ち前の魔力量と精神力でそれを跳ね返したのだけど、薬を盛られた上に魔力が枯渇寸前になったことと、精神的ショックで寝込んでしまった。

 ゲイリー伯爵と令息は拘束され、幸いなことに王太子殿下は無事で死者は誰もいなかった。


 医務室の寝台で青い顔で眠るレオノーラ様に、私は涙が零れた。

 私をアリシアさんと呼び慕ってくれた、強くて美しくて優しい型破りな姫君。

 私は王妃様に願い出て、今後はレオノーラ様にお仕えする護衛騎士になる許可を得た。

 

 レオノーラ様が目覚めた時、一番最初に声をかけてあげたい。

 レオノーラ様が目覚めたことを、マックス様に伝えてあげたい。


 私はそう願いながら、レオノーラ様の寝顔を眺めていた。 

 

これにて二章完結です

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