㉘ アリシア視点 私から見たレオノーラ様とマックス様
レオノーラ様のことは以前から存在は知っていたけど、初めてその姿を見たのは『面倒な小姑(本当は従妹)作戦』の準備が始まった時のことだった。
王太子殿下の従妹姫なだけあって、美しい姫君だと思った。
艶やかなプラチナブロンドに、ぱっちりとした青い瞳、騎士科を履修しているとのことで鍛えられた体はすらりと健康的に引き締まっている。
ドレスを身に纏うと王太子殿下の隣に並んでも見劣りしないくらいだ。
ただ、淑女教育は事情によりほとんど受けていないということだった。
王妃様は短期間でかなり過酷な淑女教育をレオノーラ様に課し、レオノーラ様もぐったりとしながらもなんとかそれに応えていた。
学習能力が高く、忍耐力もある姫君なのだ、ということが横から見ていてわかった。
そして、私はエストルに派遣される調査隊のメンバーに抜擢された。
調査内容を知らされて私は愕然とした。
レオノーラ様も調査隊に同行することになっていて、その理由が以前に魔獣の浜みたいな場所で出現した不自然な魔獣を斃したから、という信じ難い情報も同時に知らされたからだ。
魔獣の浜のことは以前から知っていたけど、王族の姫君が魔獣討伐をするなんて!
嫋やかなドレス姿のレオノーラ様しか見たことがなかった私は、どうしてもそれが信じられなかった。
調査隊が出発する朝、現れたレオノーラ様に私はまた愕然とした。
騎士と同じような服を着て剣を腰に刷いたその姿は、淑女教育を受けていた時とは別人のようだった。
見た目だけでなく、そのふるまいも別人だった。
ファーリーン湖に詳しいカイル・シストレイン様と、王太子殿下の学友で、レオノーラ様と協力して魔獣を斃したというキルシュからの留学生マクスウェル・ハインツ様のお二人、に驚くほど気安く接しているのだ。
レオノーラ様はカイル様を『カイル兄様』と呼び、カイル様もレオノーラ様を妹のように扱って、たまに頭まで撫でてやっている。
王族の姫君にそれはどうなのかと思ったけど、レオノーラ様は当然のことのように受け入れているようだった。
そして、マクスウェル・ハインツ様。
目立つ赤い髪と珍しい紫紺の瞳をしているけど、一番を目を引くのはその顔の左側を覆う仮面だ。
火竜の紋というのを隠しているという話で、それに触れるのはタブーだということが王太子殿下からはっきりと言い渡された。
王太子殿下はマックス様のことを随分と信頼し気にかけているようだった。
エストルにある港町、エルシーランまでの七日間は驚きの連続だった。
あまりに驚きすぎて、私はもうなにも考えず全て受け入れることにした。
まず、馬車に乗らず騎乗して移動するような姫君なんているだろうか。
しかも、せっかくだからと馬の世話の方法まで習いたいと言い、喜々として馬に餌を食べさせたりしていた。
それから、レオノーラ様の侍女の役割も兼ねて私が同行しているのに、レオノーラ様は身の回りのことを全てご自分で整えてしまわれる。
家政科も履修しているからとのことだけど、あまりに自然でこういうことに慣れているようだったので、もしかしたらレオノーラ様に仕えている侍女とあまり関係が良くないのかもしれないと思った。
好奇心旺盛で学習意欲が高く、王族なのに偉そうなところが皆無で、道中の宿が少々汚かったり食事が美味しくなくても一言も文句を言わず、逆に体力がなさそうな研究員を気遣ったりするレオノーラ様に、調査隊全員は驚きつつも大いに好感を持った。
新しいものを見つけるとぱっと顔を輝かせる可愛らしい少女は、すぐに全員の癒しのような存在になった。
マックス様は、そんなレオノーラ様に寄り添い護衛のように守っていた。
まだ未成年ながら、マックス様は既にかなりの手練れなのだそうだ。
なぜか同行している剣聖ロイド・サリオ師にも目を掛けられており、その点だけでも騎士からは一目置かれている。
騎士というのは家柄よりも実力がものを言うのが常だけど、マックス様はその能力に驕ることなく、礼儀正しく素直で実直な人柄で、すぐに調査隊の騎士たちから可愛がられるようになった。
王太子殿下だけでなく、レオノーラ様もマックス様に全般の信頼を置いているようで、完全に安心しきって背中を任せている。
マックス様もレオノーラ様を大切な宝物のように扱い、レオノーラ様に向けられる瞳には確実に友情以上の光がある。
私たちはそんな二人を温かい気持ちで見守っていた。
エルシーランから集められた遠征隊は約五十人と合流し、魔獣の浜に向かうこととなった。
彼らは私たちを歓迎していない様子だったけど、私たちの中に正真正銘の姫君がいるということに驚いたようだった。
そして、その可愛らしい姫君が、全く姫君らしくないということにまた驚き、好感を持つという私たち調査隊と同じ道を辿っていた。
レオノーラ様のおかげで、全体の雰囲気が柔らかいものとなったことは間違いない。
ただ、中にはレオノーラ様に不埒な視線を向ける男もいた。
基本的に誰にでも平等に気安く接するレオノーラ様でも、そういった男には極めて冷淡だった。
もちろん私たち調査隊全員がレオノーラ様の身に危険が及ばないように警戒していたわけだけど、マックス様はレオノーラ様から片時も離れず、いつでもレオノーラ様を背に庇えるようにしていた。
魔獣の浜に着いてからも、レオノーラ様は持ち前の好奇心で浜辺を歩いて回っていた。
そして、驚いたことに人魚姫の贈り物を見つけたというのだ。
あれは、例えば生まれた時から海辺に住んでいて、毎日欠かさず朝晩浜を散歩する、というような人が一生のうちに一個見つけることができるかもしれない、というような非常に稀なものだ。
しかも、それを遠征隊の剥ぎ取り役の職人に頼まれ、その場で売り渡したそうだ。
お土産がたくさん買える!レオノーラ様はとても嬉しそうで、その隣でマックス様は紫紺の瞳を優しく細めていた。
満月の夜が明け、聞いていた通り浜辺に魔獣が押し寄せてきた。
私たちは遠征隊の後方に控え、事の成り行きを見守っていた。
最初のころは例年通りで特に問題もなく遠征隊の騎士たちが魔獣を狩っていたけど、やがて大き目の魔獣の数が多くなってきた。
やはりここでもファーリーン湖のように異常があるようだ。
遠征隊からの要請を受け、私たちも動き出した。
まず、レオノーラ様がお掃除魔法を魔獣の群れの中に二つも同時展開した。
これにより小さい魔獣は遠征隊にたどり着く前にほぼ全て狩りつくされるようになった。
私もこの魔法のことは知っていたし、王城で実際に掃除に使われているのを見たこともあったけど、魔獣狩りに使われるのを見るのは初めてだった。
サリオ師ですら感心していたくらいだから、この魔法のことを知らなかった遠征隊は度肝を抜かれたことだろう。
それから親玉と呼ばれる大きな魔獣も狩られ、いつもならここで討伐完了となるらしいけど、そうはいかなかった。
ファーリーン湖と同じように、妙な魔獣が現れたのだ。
魔獣にはあまり詳しくない私から見ても不自然な魔獣だった。
レオノーラ様はここでもまた活躍した。
魔力障壁を展開して調査隊全員を守りつつ、鳥の形にした火球を飛ばして魔獣がブレスを吐くことを確認したのだ。
王族で魔力量が多いというのがあるにしても、その巧みな魔力コントロールに私は目を見張った。
お掃除魔法を創ったことといい、なにをしたら十代半ばでこんなことができるようになるのだろう。
ただ王族というだけでは説明がつかないのではないだろうか。
調査隊の三人の騎士により、魔獣は斃された。
もし私たちが同行していなかったら、この妙な魔獣によりエルシーランからの遠征隊は全滅していたことは明らかだった。
私たちに胡乱な視線が向けられることがなくなり、随分と過ごしやすくなると同時に、遠征隊の一部がレオノーラ様を崇拝するようになってしまったようだ。
それなのに当のレオノーラ様はそんなことには気がついていない様子で、乞われるままにお掃除魔法を教授したりしていて、マックス様は頭を抱えていた。
もしかしたら、ファーリーン湖でも同じようなことがあったのかもしれない。
その後、二人して人魚姫の贈り物を複数見つけたということにまたしても驚愕させられたりしながらも、調査は無事終了し魔獣の浜からエルシーランに戻った。
レオノーラ様は遠征隊に参加していた町民に頼み、エルシーランの情報を事細かに得ていた。
せっかくだから少し観光してお土産も買いたい、と思っていた私たちには嬉しい情報で、さらにレオノーラ様のためにと案内人まで来てくれた。
レオノーラ様は遠征中にもしっかりと人の心を掴んでいたわけだ。
港町であるエルシーランには珍しいものや美味しい食べ物がたくさんあり、レオノーラ様は青い瞳をキラキラと輝かせていた。
レオノーラ様は人魚姫の贈り物を売却して得たお金を惜しげもなくお土産に使った。
異国風の布地やドレス、保存食や調味料、セルマーというどこか怪しげな外国人の営む輸入雑貨店では、ティーセットや植物の種等々。
ティーセットは私が無理やり買わせた感じもするけど、これは絶対にレオノーラ様のためになるものだし、王妃様もきっと喜んでくださるだろう。
その店で、レオノーラ様はマックス様から美しい簪を贈られた。
どういう流れでそうなったのかはわからなかったけど、嬉しそうな二人はとても微笑ましかった。
まだまだ残っていたはずのお土産予算をその輸入雑貨店で使い切り、ホクホク顔でユベール伯爵邸に戻った私たちだったけど、そこで楽しい気分に水をさされた。
ユベール伯爵邸に、ゲイリー伯爵が令息を伴って訪ねて来ていたのだ。




