㉔ レオ様とマックス様を見守り隊
私はその姿が見えなくなるまで見送って、魔石を握りしめてふわふわした気持ちで邸宅に戻ると、碧の瞳をキラキラと輝かせたキアーラが待ち構えていた。
きっと、キアーラは全部知っていたのだ。
その上で、マックスの後押しをしてくれていたのだろう。
キアーラはなにも言わなかったけど、私の気持ちも筒抜けだったに違いない。
「キアーラ……主の魔石を、貰ったよ」
私は手の中にある青い魔石を見せた。
「好きだって言われたから……私もずっと好きだったって言ったよ」
「レオ様!」
キアーラは涙目で魔石ごと私の手を握りしめた。
「よかったですわね!レオ様!私、ずっとレオ様とマックス様を応援してたのです!いいえ、私だけではなく、皆お二人を応援していました!」
皆?皆ってどういうこと?
キアーラは後ろを振り返り、腕で大きな丸を頭上に作って見せた。
すると、屋敷全体を揺るがすほどの歓声が上がり、広間から人が次々と溢れて詰めかけてきた。
びくっとした私に最初に駆け寄ってきたのはおば様だった。
「よかったわね、レオちゃん!本当によかったわ!」
目に涙を浮かべて抱きしめてくれるおば様に、私はちょっと戸惑ってしまった。
おば様の後ろからは、おじ様、カイル兄様、ファーガス兄様、お姉様、サリオ師に調査隊メンバー全員、タウンハウスでもお世話になっている侍女と騎士たち……
いつの間にこんなに人が集まっていたのだろう。まだ早朝なのに。
「キアーラ、おば様、これは一体……」
「私たちは皆、『レオ様とマックス様を見守り隊』の隊員なのですわ!」
「な、なにそれ!?」
「もう、見送りを覗きに行こうとしていた人たちを止めるの大変でしたのよ!」
「え?覗き?」
「そうですわ!でも、私と母で阻止しました!安心してくださいませ!」
もし、さっきのが覗かれていたら……
私はまた顔が真っ赤になるのを感じた。
「あ!レオが赤くなった!マックスのやつ、どこまでやりやがったんだ!」
「な、なにもしてませんから!」
「カイル兄様!そういうところがデリカシーがないと言われるのです!」
「そうよカイル。そんなだからあなたフラれてばかりなのよ。少しはマックスくんを見習いなさいな」
カイル兄様がキアーラとおば様にやり込められている後ろで、
「いやぁ、若いっていいねぇ」
サリオ師がニコニコしている。
サリオ師が面白そうって言ってたのって、まさか……
「レオノーラ様!詳しく!なにがあったのか教えてください!私、王妃様から、この件に関して詳細な報告書を提出するようにとの命を受けているのです!」
王妃様まで!?アリシアさんの別命ってそんな内容なの!?
「あれでまだ付き合ってなかったとか……信じられない!これだから最近の若者は!」
と言うニールさんに、
「まぁ相手が姫君ですからね。仕方ありませんよ。マックスはあれで慎重ですから」
とルーカスさんが返し、その隣で厳つい顔の調査隊隊長が目頭を押さえている。
「キアーラ……なんでこんな、大事になってるの……?」
私とマックスが付き合うかどうかなんてとても個人的なことなのに、意味が分からない。
「それだけレオ様とマックス様が皆に好かれているということですわ!」
呆然とする私に、キアーラはきれいな笑顔できっぱりと言い切った。
「いや、それでも」
「レオノーラ様!さあ、詳細を!さあさあさあ!」
迫ってくるアリシアさんに、皆の注目が集まった。
マックスがくれた言葉。
それに私がどう返したか。
そしてキスまで……
それを公表するって?
……そんなの無理!!
「黙秘します!!!」
え~~という声を後ろに聞きながら私は逃げ出し、寝室に立てこもった。
しばらく身構えていたけど、流石にだれも寝室に突撃まではしてこなかった。
ただ、賑やかな声が聞こえてきたことから、また宴会が始まったらしいことがわかった。
昨夜もあれだけ騒いでいたというのに、皆元気なことだ。
私は結局、それから熱を出して寝込んでしまった。
多分これは知恵熱というやつだと思う。
お茶を持ってきてくれたキアーラにだけ、私はぽつぽつとマックスとのことを話した。
やはり全てを知っていたらしいキアーラは、黙って話を聞いてくれた。
ただ、私がマックスに婚約者がいると思っていた件では、キアーラは目を三角にしてカイル兄様に怒っていた。
翌日、体調が戻ってから部屋から出ると、情けない顔をしたカイル兄様が謝ってきた。
私が勘違いしていた理由のところだけはキアーラにより皆に広められ、カイル兄様はおじ様とおば様に叱られて当面の間は禁酒の刑に服することになったそうだ。
ちなみに、私がアルツェークに来てからずっと愛飲しているお茶は、セルマーさんがくれた毒消し効果のある薬草茶だ。
薬草の種が届けられた後に試しに畑の一部に蒔いてみたところ、土地に合っていたらしくみるみるうちに育ったそうだ。
私も見せてもらったところ、赤紫蘇みたいな薬草がつやつやの葉をつけてわさわさと茂っていた。
毒消しの効果がどれほどのものかはわからないけど、お茶としても普通に美味しい。
アルツェークの新しい名産品にならないかな、と思っている。
調査隊が帰還する時、ニールさんは薬草茶を王都に持ち帰った。
王都の研究所で育てられているものと薬効を比較するのだそうだ。
マックスはきっかり十日で帰ってきた。
信じてはいたけど、引き止められてアレグリンドに戻ってこれなかったら、なんてことを心配してそわそわしていた私は、馬から降りたばかりのマックスに駆け寄って広い胸に飛び込んだ。
「マックス!お帰り!」
「ただいま、レオ」
マックスは体を揺るがすこともなくしっかりと私を受け止めて、優しく笑って額にキスをしてくれた。
そうやってマックスに飛びついたのは私だけではなかった。
私と同じ危惧を抱えていたらしいジークも、マックスが王城に帰ってくるのを待ち構えていて満面の笑みでがしっと抱きついた。
遠くからいくつかの黄色い悲鳴が聞こえた。
多分、ある属性の女性たちなのだろう。
美貌の貴公子と、仮面をつけた訳アリ騎士が……とかなんとか。
「それで……どうなった?」
「ああ。レオ、こちらに」
マックスは嬉しそうに私の肩を抱き寄せて、ジークの前に私の左手をかざして見せた。
正確には、左手の薬指につけられている、赤い小ぶりな石がついた指輪を。
「俺の母の形見なんだ」
私がそんな大切なものを身に着けている理由など、一つしかない。
ジークは今度は私とマックスを抱きしめた。
そこにエリオットとフェリクスも加わって、フェリクスが力任せにぎゅうぎゅう抱きしめるものだから一番身長の低い私は窒息しそうになってしまった。
こうして、マックスはアレグリンドの騎士となり、私とマックスは晴れて恋人ということになった。




