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㉑ ニールさん

 出立間際にゴタゴタがあったけど、それ以外は順調だった。


 予定外に増えた荷馬車は、ニールさんという四十代半ばくらいの研究員が御者をしてくれることになった。

 せっかくなので馬車の操縦を教えてほしいとお願いすると、ニールさんは快く引き受けてくれた。


 北部出身だというニールさんの実家は果樹園を経営しているそうだ。

 勉強が好きで魔力も高かったニールさんは親に頼んで王立学園に入学させてもらい、本当は卒業後は実家の手伝いをする予定だったけど魔獣の研究にのめり込んでしまって、そのまま研究員となってしまったとのことだった。


「実家は兄が継いでいて、妹夫婦も手伝っているし経営は順調です。私がいなくても問題はありません」


 果樹園かぁ。

 前世ではみかん狩りとかりんご狩りとかしたことがあったな。


「エルシーランで異国の野菜や薬草の種を買ってきたんです。まだ詳しくは見ていないのですけど、もしかしたら果樹の種もあるかもしれません」


「そんなものがあったのですか?それは興味深いですね!」


「とりあえず、研究所で植物に詳しい人に調べてもらおうかと思っています。アレグリンドの土地と気候で育つかどうかわかりませんから」


「なるほどですね。それなら、私に心当たりがあります。薬草の研究をしている同僚を紹介いたしましょう。異国の薬草の種なんて珍しいもの、きっと飛び上がって喜びますよ」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


 手に入る食材の種類が増えるかもしれない!

 美味しい野菜の種があるといいな。


 ショウガとか、ニラとか、セロリとか、レンコンとか!


「実は、去年学園を卒業した私の娘がその同僚の元で助手をしております。私は、娘のことでレオノーラ様にずっとお礼が言いたいと思っていたのです」


「お礼?ですか?」 


 私がなにかしたのだろうか?


「私は研究員としてはそれなりの地位を得ておりますが、爵位は持っておりません。学生時代の娘は努力してかなりの高成績を修めていたのですが、それを貴族の子弟にやっかまれてしまいました。平民なのに生意気だと」

 恥ずかしい話だが、それはよくあることだった。

 身分や権力を振りかざすことを禁じられていても、完全に人の意識まで変えることはできない。


「数人の生徒に取り囲まれ、頭から冷水をかけられ教科書なども水浸しになってしまっていたところにレオノーラさまが通りかかって助けてくださった、と娘は申しておりました」


「……そんなことも、あった気がします」


 なんとなく覚えている。

 寒そうで見ていられなくて、すぐに魔法で水を飛ばして乾かしてあげた。

 教科書なんかはゴワゴワになってしまったけど、幸いにも字はちゃんと読める状態だった。

 女生徒には何度もお礼を言われ、取り囲んでいた生徒たちのことは学園長にチクって厳重注意をしてもらった。


 こういったことが大嫌いな私は、同じような場面を見かける度に潰して回っている。


「お礼を言われる程のことでもありません。それに、身分の低い生徒を助けるのも私の学園での役割ですから」


 王族だからね。ジークもそうしてるし、国王陛下も学生時代は同じことをしていたそうだ。


「娘を助けてくださってありがとうございました……レオノーラ様は話に聞いていた以上に本当に型破りな姫君ですね。お掃除魔法といい、身分の低い者との接し方といい、驚かされることばかりです」


「大丈夫です。自覚はありますので!」


 普通の姫君なら、馬車の操縦を習おうなんて思わないだろうしね。


 研究員なだけあってニールさんはとても博識で、馬車の操縦以外のこともたくさん教えてくれた。

 そして、現在手がけているという魔獣の研究のことも教えてくれた。


「まだ確証はないのですが、魔獣の浜もファーリーン湖も、古代の魔道具が沈んでいるのだと思います。一年かけて水属性の魔素を周囲から吸収し、最後に満月の光を浴びることを切っ掛けに魔獣を生み出すということをずっと繰り返しているのでしょう。これは私の想像なのですが、かつては同じように他の属性の魔獣を生み出すような魔道具もあったのだと思います。それらは既に失われていて、海の底と湖の底で誰にも手が出せない水属性の魔道具だけが今も残っているのではないでしょうか」


 なるほど、と私は頷いた。


「なんでそんな魔道具を作ったのでしょうね?」


「それはもちろん、戦争のためですよ」


 ニールさんはきっぱりと言い切った。


「魔獣の群れを創り出して敵国に攻め込ませることができるなら、味方側の人的損害は最小限に抑えられますから。魔獣の浜とファーリーン湖にちょっかいをかけたどこかの誰かも、間違いなく同じことを考えているでしょう」


 確かに言われてみればその通りだ。


 戦争とか……嫌だな。


 顔を顰める私に、ニールさんは苦笑した。


「まぁそうは言ったところで、ここで私たちが気に病んでもしかたがありませんよ。私たちが持ち帰る調査結果から分かることもあるでしょうしね。今はもっと前向きな話をしようではありませんか。レオノーラ様は、エルシーランの自由行動の日はどこに行かれたのですか?」


 私は屋台やセルマーさんの輸入雑貨店のことを話した。

 ニールさんは観光名所を回る班に参加し、港や大きな噴水のある広場を観たのだそうだ。

 皆貴重な体験ができて、お土産もたくさん買えたととても喜んでいとのことで、金貨一枚分も値引きしたかいがあったと私も嬉しくなった。


 王都に着くころには、ニールさんのおかげでなんとか私でも荷馬車を思うように動かせるようになった。


「ありがとうございました、ニールさん。お世話になりました」


「こちらこそ、ありがとうございました。レオノーラ様のおかげで思いがけず楽しい調査遠征となりました。私は魔獣研究所に務めております。魔獣のことで、なにか相談事やお知りになりたいことがありましたら、遠慮なく尋ねて来てください。魔獣のこと以外でも、研究者の間に伝手がありますので、私にできることがありましたらいつでもお手伝いしますからね」


「ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね。娘さんによろしくお伝えください」


 ニールさんのおかげで帰路はとても楽しく有意義に過ごすことができた。

 アルフォンス関係以外の部分では、私にとっても楽しい経験になった。

 ニールさんを含め調査隊の皆さんには感謝だ。


 王城で出迎えてくれたジークたちは、大きな荷馬車一台分にもなったお土産の量と、その荷馬車を操縦しているのが私だということに驚愕していた。


 私が配ったお土産は各方面で物凄く喜ばれた。

 私とマックスからのお土産だからと忘れずに言い添えたので、マックスの株も急上昇したはずだ。


 予想外なことに、陛下にまで上機嫌で礼を言われてしまった。

 セルマーさんから買ったお酒をジークに樽ごとあげたところ、それが陛下の口にも入ることになり、結局陛下とサリオ師で飲みつくしてしまったそうだ。

 ジークは一杯だけしか飲めなかったそうで悔しがっていた。

 

 王妃様はティーセットをとても気に入ってくれて、早速お茶会で使っているとのことだ。

 布地や異国風ドレスも大好評ではあったのだけど、これはまだ秘密にしておくことになった。

 ジークとキアーラの婚約を発表する際に、王妃様と私とキアーラで異国風ドレスを身に纏うことでキアーラが王家に受け入れられていることを印象づけるのに利用することになったのだ。 

 そんな晴れの舞台のドレスを王家から注文されるなんて、あの店のマダムがとても喜ぶだろう。


 植物の種は、ニールさんを通じて同僚の研究者に渡してもらった。

 文字通り飛び上がって喜んでくれたそうで、お礼と定期的に経過報告をしますという手紙と、ニールさんの実家で作っているというレーズンみたいなドライフルーツが私の住む離宮に届けられた。

 これで今度パウンドケーキを作ってみようと思っている。


 私とマックスはまた学園に通い、週末は王城内の訓練場に通うという日常に戻った。

 アルフォンスを遠くで見かけることはあるけど、こちらに近寄ってくる様子はないので今のところ安心だ。



 

 キルシュから驚くべき情報が飛び込んできたのはそんな時だった。


 キルシュの皇帝が崩御し、なんとあのフィリーネ皇女が女皇に即位したというのだ。


「ええぇぇ~……キルシュ、大丈夫かな……」

「いや、どう考えても大丈夫じゃないよ……」

「よりによってあのフィリーネ皇女が……他に誰かいなかったのかな」

「フィリーネ皇女は皇帝の一人娘のはずだ」

「今頃マックスの兄上は苦労しているんだろうな……」


 私たちは一斉に顔を顰めて、ひそひそと話し合った。


「先が思いやられますわね……また面倒なことが起こりそうな気がしますわ」


 キアーラがぽつりと呟いた言葉に全員が同意した。

 

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