⑳ 庇護者はいらない
さぁこれですっきり王都に向けて出立しよう……としたのに、邪魔が入ってしまった。
「レオノーラ様!」
夫人から離れ調査隊の荷馬車に乗り込もうとした私は、後ろから呼び止められた。
振り返ってみると、そこにいたのはアルフォンスだった。
前に見た時はきれいに整えられていた髪は乱れ、肩で息をしている。
「……なぜここに」
「一人で馬を走らせて戻ってまいりました。父はまだユベール伯爵に足止めされています」
「そう。私たちはこれから王都に帰還する」
「レオノーラ様!お願いです、どうか少しだけお時間をいただけませんか」
食い下がってくるアルフォンスに調査隊を取り巻く空気が硬くなり、隊長は視線だけでどうするか尋ねてきた。
「ここではっきりと話をつけた方がよさそうです。少し待っていてください」
「わかりました。誰かつけましょうか」
「いえ、私だけで大丈夫です。すぐ戻ります」
ここでなんとかしないと、単騎で調査隊の後をついてきそうな勢いなのだ。
そんな迷惑なことはやめてもらわないといけない。
「それで?きみの望みはなに?」
調査隊から会話の内容は聞き取れないくらいの距離で、調査隊全員から姿が見える位置で私はアルフォンスと向き合った。
「望みなど……私はただ、レオノーラ様と親しくなりたいだけで」
「悪いけど、私はその言葉を素直に信じられる立場ではなくてね」
王族だからね。
王太子殿下に妹として扱われているからね。
「レオノーラ様、私は」
「それ以上近づかないように。調査隊からの殺気を浴びたくはないだろう」
歩み寄ろうとしたアルフォンスを私は制した。
こんなことを言いながらも、既に背後から殺気を感じている。
アルフォンスは悲し気に顔を歪めた。
「……教えてください。なぜ、私をそこまで拒まれるのですか?なぜ私ではダメなのです?私のなにがいけないのですか?」
多分、彼にこの顔を見せられて心を動かされなかった女性はいないのではないだろうか。
どこか演技がかったその表情にそんな自信が見え隠れして、私は眉を寄せた。
「言っておくけど、私はジークを見慣れているからね。きみ程度では私にとっては十人並みにしか見えない。むしろ没個性という意味ではマイナスかな」
だって、絵に描いたようなチャラいイケメンなんだもん。
そんな顔されたって不快感しかない。
必殺技が不発に終わった上に、今まで誰にも言われたことがないような言葉を浴びせかけられたアルフォンスは驚愕の表情になり、それから怒りで顔を赤くした。
「……いいのですか?レオノーラ様」
「うん?なにが?」
私を脅そうとでもいうのだろうか?
「もうすぐ、王太子殿下も側近の方々も、学園を卒業なさいます」
「そうだね?」
「その後、レオノーラ様はどうなさるおつもりなのですか?」
「どう、とは?これまで通り学園に通うだけだけど」
アルフォンスは、勝ち誇ったよう笑みを見せた。
「いいのですか?もう誰もレオノーラ様の庇護者はいなくなるのですよ?」
「庇護者?」
「わかっておいででしょう?今までどれだけ王太子殿下に守られていたか。悪意や下心を持った者たちは、王太子殿下に睨まれレオノーラ様に近づけずにいたのです。次の学年からそれがなくなるのですよ?」
そんなことぐらい知っているよ。
ジークが誰を睨んでいたかも、当然ながら知っているよ。
「なるほど。きみも、ジークに睨まれたうちの一人だったというわけか」
アルフォンスはぐっと言葉に詰まった。
「私はジークの人を見る目を信じている。ジークに睨まれるような者を庇護者に選ぶほど私は愚かではない」
次の学年で、私はキアーラを守らないといけないのだ。
私の大切な親友で、まだ公表されていないけどジークの愛しい婚約者なのだから。
以前の私ならいざ知らず、今の私は庇護する側で、庇護される側ではない。
「それ以前に、私に庇護者など必要ない。私がどんな理由でここに来ているのか知らないの?魔獣の一匹も狩ったことがないきみに、なぜ私が庇護を求めると思うのか不思議でならない」
「……確かに、私は魔獣をこの手で狩ったことはございません。しかし、人は時に魔獣より凶悪なことをすることがあります」
「きみもそうなのだろう?甘い汁を吸う権利を独占しようとしているのでは?」
「違います!私は、そんなことは」
「では、教えてくれるかな。私を落としたら、いくらきみの懐に入るのか」
アルフォンスは再び言葉に詰まった。
「誰が私を落とすのか、賭けているんだろう?きみはいくら賭けているのかな?あのローレンスとかいうのもそうだったんだろうね。それで?私の庇護者とかいうのになったら、どれくらい儲かるの?恋人にでもなったら、もっと儲けられるのかな?」
一部の男子生徒がそのような吐き気のするような賭けをしていると、以前エリオットが教えてくれたことがあった。
その時出てきた名前にアルフォンス・ゲイリーがあったことを思い出したのだ。
「今後二度と私に近づかないように。学園でも、それ以外でも。次は王太子殿下の不興を買うことになるということを忘れるな。それはきみの父上にとっても望ましいことではないはずだ」
「……なぜです」
アルフォンスは顔を怒りで赤くし、私は首を傾げた。
この期に及んで、なにをまだ疑問に思うことがあるというのだろうか。
「私以外にも、レオノーラ様と親しくなりたいと思う者は数多くおります。それなのに、なぜあのキルシュ人なのですか」
私は溜息をついた。
アルフォンスが私を求めるのは、私が王族だからだ。
でも、マックスは違う。私が王族でも平民でも同じでいてくれる。
「そんなこともわからないから、ジークに睨まれ、私に十人並みで没個性などと言われるのだ」
「レオノーラ様!私は」
アルフォンスが私に手を伸ばそうとし、私はそれを魔力障壁でバシっと弾いた。
「うぁっ!」
怪我はしなかったはずだけど、それなりに衝撃はあったはずだ。
アルフォンスは信じられないという目で私を見た。
こんな扱いを受けたことなど今までなかったのだろ。
「私に二度と近づくなと言ったのが聞こえなかったか?次はない」
言い捨てると、私は調査隊の元に戻った。
「お待たせして申し訳ありません。もう大丈夫です。出立しましょう」
心配顔の面々にそう告げると、隊長は一つ頷いて出立の号令を出した。
私たちは立ち尽くすアルフォンスを置き去りに、王都への帰途へ着いた。




