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⑱ 居心地の悪い晩餐会

「ごきげんよう、ユベール伯爵。お招きいただきありがとうございます」


 今の私は淑女モードだ。

 王妃様に教えられた通り、優雅な笑顔を鎧にするのだ。


「おお、レオノーラ様!今夜もお美しい!」


「ありがとうございます。この素敵なドレスのおかげですわ」


 ドレスが素敵なのは本当だ。


「こちらはテオドール・ゲイリー伯爵です」


「テオドール・ゲイリーと申します。お目にかかれて光栄にございます」


 ゲイリー伯爵は、私の手の甲に口づけた。

 伯爵も息子に似た優男で、礼服を一部の隙もなく着こなしている。


 きっとモテるんだろうな。

 この人と父が友人として親しくしているところがイメージできない。

 父はこの人がお見舞いに来てくれて喜んでたようだけど、果たしてその目的は何なのだろう。

 息子と私をくっつけたいだけなのだろうか。


「始めまして。レオノーラ・エル・アレグリンドと申します。先ほどご子息にもご挨拶いただきました」


「もうあれに会われましたか。あれは学園でレオノーラ様を一目見た時からすっかりファンになってしまったようでして、家でもよくレオノーラ様の話をしているのです。仲良くしてやってください」


「ええ、機会がありましたら」


 私はにっこり笑って心の中で舌を出した。

 そんな機会は永遠にやってこないよ!


「そうだ!明日、息子にエルシーランの案内をさせましょう。あれはこの街には何度も来ておりますから、詳しいはずです」


「あら、わたくしたち調査隊は、今日がエルシーラン観光の日だったのです。明後日には王都に向けて発ちますので、明日は終日その準備に追われる予定なのですわ。タイミングが合いませんでしたわね。残念ですこと」


「しかし、なにもレオノーラ様がそのようなことをなさらなくても」


「そうはまいりませんわ。わたくしも調査隊の一員として、陛下の勅命を受けエルシーランを訪れているのです。わたくしにはわたくしの役割があります。人任せにはできないのです」


 お土産の確認とか、荷造りとかね!

 オイル漬けの瓶など割れ物もあるから、丁寧に扱わないといけないのだ。


「それはそうとユベール伯爵、エルシーランは本当にいい街ですわね。活気があって、美味しい食べ物や珍しい物がたくさんあって。わたくし、この街が大好きになりましたわ」


「それはよろしゅうございました。今夜の晩餐も、我が家の料理長が腕によりをかけて新鮮な海の幸を料理しております。きっとご満足いただけるかと」


「まぁ、それは楽しみですわ。今日は一日歩き回って、とてもお腹が空いておりますの」


「もうすぐ準備が整うはずです。席にご案内いたしましょう」


 さっさと食べて、さっさと部屋に引き籠ろう。




 案内された席には、楕円形の広いテーブルのちょうど中央あたりだった。

 右隣にはルーカスさん。正面にはユベール伯爵と夫人。

 そして左隣に座ったのは……アルフォンスだった。


 やっぱりね。予想していたけど気が重い。


 調査隊は私の右手に、ユベール伯爵とゲイリー伯爵の関係者は左手の席になっていて、私とアルフォンスがちょうどその境目だ。


 私は決して左側を向かず、アルフォンスが話しかけてきそうな気配を感じると右側のルーカスさんに話しかけ、左側にだけ話しかけるなオーラを放った。


 ユベール伯爵は上機嫌で、アルフォンスを持ち上げて私に好印象を抱かせようとしている。

 ゲイリー伯爵もその隣で同じ学年なのだから一緒に勉強会などをしてはどうか、などと言ってくる。

 私は言質を取られないように気を付けながら笑顔で流し、優雅さを保てるギリギリの速さで料理を口に運んだ。


 右手からはもう少しで殺気になりそうな不穏な空気が流れてきて、それに気がついた左手の人たちは困った顔をしている。

 特に、ユベール伯爵の隣に座っている夫人が青い顔になってオロオロしているのが見えて、こんな状況だけど可哀想になってしまった。


 普通に考えれば、そのうちどこかに降嫁するであろう私が裕福な伯爵家と縁づくことは悪いことではない。

 ただ、私も私の周囲もそれを望んでいないというだけなのだけど、そんなことは私と近い関係の人でなければ知らないのは当然だ。


 やや強引な方法だということはわかっていただろうけど、夫人も私がここまで強固に拒否し、王都から派遣されてきている調査隊の全員に睨まれるなどとは思っていなかったのだろう。

 しかも、酒に酔ったユベール伯爵は、それにまったく気がついておらず、ゲイリー伯爵家なら安心して降嫁できるし、自分も後押しする!みたいなことまで言い出した。

 ゲイリー伯爵は気がついているようだけど、止める気はなさそうだ。

 どこか余裕を感じさせるその態度は、私がアルフォンスに篭絡させられると確信でも持っているのだろうか。

 それとも、父の方面から攻めてくるつもりなのだろうか。


 前回の晩餐会ではサリオ師の武勇伝に夢中だったユベール伯爵は、今夜は私とアルフォンスをくっつけることに夢中になっており、いつも面白い話で盛り上げてくれるサリオ師も今夜は静かに盃を傾けている。 

 私は居心地が悪すぎて、せっかくの料理の味がわからないほどだった。


 私は失礼にならない程度のところで体調が優れないと言って晩餐を切り上げ、部屋に戻った。


「アリシア。念のため室内の確認をしてきなさい」


 部屋の前までエスコートしてきてくれたルーカスさんが、アリシアさんに指示を出した。

 アリシアさんが素早く室内に入っていくのを見送った後、ルーカスさんは真剣な顔で私に注意事項を告げた。


「私が去った後は、朝まで絶対にこの扉を開かないでください。もしほんの些細なことでも異常を感じたら、迷わず大声で叫んでください。必ず誰かが駆けつけます。魔力障壁はいつでも瞬時に展開できるようにしておいてください。アリシアを決して側から離さないように。外から入ってこられない密室だからといって安心してはいけませんよ。いいですね?」


「わ、わかりました……」


 物凄い念の入れようだと思ったけど、ここで逆らっても意味はない。

 私は大人しくいうことを聞くことにした。

 どちらにしろ、もうくたくたでこれから部屋の外に出る気などないのだから。


「ありがとうございました、ルーカスさん。お休みなさい」


「お休みなさいませ、レオノーラ様」


 その夜は湯を使う気にもなれず、自分で浄化魔法をかけて寝台に入った。

 優しい紫紺の瞳を思い浮かべながら、懐中時計を胸に抱くように眠りについた。


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