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⑰ アルフォンス・ゲイリー 

 ユベール伯爵邸まで送ってもらってクラークさんには礼を言って別れ、その日は調査隊全員が参加しての晩餐会が開かれるということで、また寄ってたかって着飾らせられた。

 前回とは違い、花の模様が浮き出るように織られた紫色の布地のドレスを着せられ、髪にはマックスがくれた簪をさしてもらった。

 姿見の前でくるりと回ってみると、侍女たちがよく似合っていると褒めてくれた。

 私もなかなか上出来に仕上がっていると思う。


 今日は朝から大満足な一日だった。

 お土産もたくさん買えたし、美味しい料理もいっぱい食べた。

 しかも、マックスから簪まで贈ってもらえるなんて!

 きれいにしてもらった今の姿をマックスに見てほしくて、淑女らしからぬ速足で晩餐会が開かれる広間に向かった。


 しかし、その途中でウキウキしていた心に冷水が浴びせかけられてしまった。


「レオ様」


 聞き覚えのない声に振り返ると、そこには豪華に着飾った貴公子がいた。

 金髪碧眼で甘く整った顔立ちには見覚えがある。


「アルフォンス・ゲイリーと申します。ゲイリー伯爵家次男で、王立学園ではレオ様と同じ五年生です」


 そうだ。学園で女の子に囲まれる私を遠くから見ていた男の一人だ。


「いつかこうして直接お話ができたらと思っておりました。どうぞお見知りおきを」


 そう言って優雅に礼をすると、私の手をとって手の甲に口づけた。

 その仕草から女性の扱いに慣れていることが伺えた。

 容姿の魅力を女性に対し利用することに抵抗がなく、またそれにより多くの女性を誑しこんできたのだろう。


 私は全身にぞっと鳥肌がたった。

 久しぶりに前世の婚約者のことを思い出してしまった。

 以前の私なら、恐怖に支配されなにもできなくなっていたかもしれない。

 でも、今は違う。


 私はぱっと手を引き戻した。


「きみは誰の許しを得て私を愛称で呼んでいるんだ」


 学園での男装の麗人モードになった私に、虚を突かれた顔をするアルフォンス。

 きっとその優れた外見に私が惑わされると思っていたのだろう。

 だけど、考えてもみてほしい。

 私はあのジークと兄妹のように育ち、いつも身近に接しているのだ。

 エリオットとフェリクスだって、ジークの隣にいるから霞んで見えるだけで、実はかなりの美形だ。


 この程度で私がぐらつくはずがないではないか。


「学園では皆がレオ様と呼んでいるではありませんか」


「それは女生徒だけのことだ。男でそれが許されている者は限られている」


「では、是非私にもレオ様とお呼びする許可をください」


「その許可が出せるのは、王太子殿下だけだ」


 というのは今とっさに思いついた設定なんだけどね。


「私を愛称で呼びたければ、そのようにジークに願い出るといい。ジークが許すのなら、私に異論はない。それまでは、レオ様などと呼ばないように。不敬だ」


 なんかフィリーネ皇女にも同じようなこと言った気がするな、と思いながら私は身をひるがえして広間に向かった。

 背後からアルフォンスの視線がべったりと纏わりついているようで、とても不快だった。


 広間に入ると、既に酒を飲んでいるらしいユベール伯爵が見たことがない紳士となにやら楽し気に話していた。


「姫様」


 ここで声をかけてきたのは調査隊の隊長だ。

 調査隊の面々はそれぞれに硬い顔をして一か所に固まっていた。


「申し訳ありません。私たちも知らなかったのですが、ゲイリー伯爵が令息を連れてユベール伯爵を尋ねて来ているそうで」


 ということは、あの紳士はゲイリー伯爵なのだろう。


 ゲイリー伯爵……少し前に父のお見舞いに来てくれた人だ。

 ここに私がいることを知らなかったはずがない。


「さっき息子の方に廊下で会いました」


「なにか言われましたか」


「私と仲良くなりたいそうです。はっきりとお断りしましたけど、諦めてくれるかどうかは……」


「やはり、そうですか……ルーカス」


 隊長は騎士の一人を呼び寄せた。カイル兄様の友人だという人だ。


「私は侯爵家の次男です。今日ここにいる中では、レオノーラ様の次に身分が高いということになります。ゲイリー伯爵も私を無理に押しのけることはできません。今夜は私にエスコートをお許しください」


「わかりました。よろしくお願いします」


 私は苦い思いで差し出された手をとった。


 ルーカスさんが嫌なわけではない。

 ルーカスさんはカイル兄様の友人というだけあって、朗らかで裏表のない良い人だ。

 騎士としての腕前も申し分ない。

 もうすぐ結婚するらしく、そういう意味でも安心な人だ。


 私はただ、マックスに今の姿を近くで見てもらいたかったのに。

 贈ってくれた髪飾りが似合っていると言ってほしかったのに。


 マックスはというと、私からかなり離れた位置にいてカイル兄様がその肩に宥めるように手を置いている。

 紫紺の双眸が私に向けられているけど、そこに籠められた意味まではわからなかった。


「今は彼には近づかれませんように。彼が面倒なことに巻きこまれる可能性があります。ここは学園ではありません。身分を笠に着ることが許される状況です」


「……わかっています」


 マックスはキルシュでは伯爵家の令息だけど、アレグリンドでは平民扱いだ。

 アルフォンスに無茶なことを言われるようなことは避けなくてはいけない。


 ありがたいことに、ここしばらく寝食を共にした調査隊のメンバーは皆私の味方のようで、私に同情の視線を向けてくれている。


「大丈夫です。私はこれでも王族です。いざとなったら、陛下の威光に頼ることもできます。それに、あんな男に私の魔力障壁が破れるはずがありませんから」


 ルーカスさんはふっと頬を緩めた。


「そうですね。レオノーラ様の魔力障壁は、騎士団長でも単独で破ることは難しいでしょう。私にはとても無理です。それでも、油断はしないでください。今夜はアリシアもレオノーラ様の寝室で休ませます。決して一人にはならないようにお気をつけください」


「そこまで心配なさるのは、なにか理由があるのですか?」


 これには隊長が答えてくれた。


「ここだけの話、ゲイリー伯爵には悪い噂があるのです。違法な薬物の取引に関わっているとかなんとか。何度か騎士団でも調査をしたらしいのですが、尻尾を掴めなかったようです。レオノーラ様がいらっしゃる前、レオノーラ様と令息ならお似合いだというようなことを言っていました。レオノーラ様と縁を繋ぐためにわざわざ出向いてきたのでしょう」


 隊長は溜息をついた。


「ユベール伯爵も空気が読めませんな。もしこれでレオノーラ様とあの令息が縁づけば恩を売れるとでも思っているのかもしれませんが……我々は国王陛下の勅命を受け調査に来ているのです。下手をすれば陛下のご不興を買うことになるかもしれないというのに」


「申し訳ありません、私のせいで余計な気苦労を……」


「いえいえ、謝らないでください。レオノーラ様が悪いのではないのですから。正直、今回の調査隊のメンバーにレオノーラ様が加わると聞いた時は耳を疑いましたが、今はいてくださってよかったと思っています。おかげで調査も随分と楽に進みましたし、いい土産も手に入りました。皆同じ気持ちですよ。だからこそあの令息を近づけたくありません。我々でお守りします。ルーカス、頼んだぞ」


「はい。では、参りましょうか」


 私はルーカスさんに手を引かれ、ゲイリー伯爵とユベール伯爵に近づいた。


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