⑮ エルシーラン観光
翌日の昼過ぎに、魔石や素材などの剥ぎ取りを終えた遠征隊は一足先にエルシーランへと帰っていった。
去り際にクラークさんが私を見てぺこりと頭を下げたので、お願いね!という期待を籠めてにっこり笑って手を振ってあげたら、クラークさんの周りの人たちが驚愕していた。
逆にクラークさんは得意気な顔をしていたので、まぁいいかということにした。
その後も研究員は様々な道具や計測器のような物を使って忙しく立ち働いていたけど、あまりにも専門的すぎて私たちには手伝えることはなかった。
なので、私たちは手合わせをしたり釣りをしたりして過ごした。
騎士たちは喜々としてサリオ師に挑み、次々と砂浜の上に転がされていた。
調査を終えてエルシーランに帰る前日の夜、研究員のリーダーが沈痛な面持ちで教えてくれた。
「最後に現れた魔獣ですが、人工的に作られたものに間違いありません。それから、これは口外しないでいただきたいのですが……おそらく数か月くらい前に、誰かがここで今回私たちがしたようなのと同じ調査をしたようです。ファーリーン湖でも同じような形跡が見つかっています。誰がそんなことをしたのか、私たちには見当もつきませんが……その誰かがあのような魔獣が出てくるように仕込んだのは間違いないでしょう。これは、ただの一介の研究者の戯言と聞き流して下さって構いませんが……私は、これからなにか悪いことが起こるような気がしてしかたがありません。騎士の方々、どうかお気をつけください」
私だけでなく調査隊の全員が、やっぱりそうかという暗い顔になった。
私たちもファーリーン湖の詳しい調査内容は知らされていない。
今回の魔獣の浜での調査結果と照らし合わせて、なにか事態を解決に導く新しい発見があってほしいと願うばかりだ。
それからまた三日かけてエルシーランのユベール伯爵の館に戻ったところ、クラークさんからの私宛ての便りが届いていた。
金貨四枚に添えて、私が頼んだ内容も私が頼んでいない内容もびっしりとレポートのように便箋につづられていた。
しかも、私が望むならクラークさんがエルシーランの案内をするから、前日までに連絡をしてほしいと最後に書いてあった。
私は即座に調査隊隊長にクラークさんからの手紙を見せに行き、目の色を変えた隊長とユベール伯爵の元に直談判に行き、翌日は丸一日を調査隊の面々はエルシーランで自由に過ごすことができるようになった。
翌日の朝、クラークさんが生まれも育ちもエルシーランだという工房仲間を二人連れてユベール伯爵邸に迎えに来てくれた。
クラークさんの手紙は調査隊全員に昨日のうちの回し読みされて、調査隊は研究員や騎士の垣根を超えて三つの班に分けられた。
一班は、とにかく美味い酒と肴がほしい人たち。サリオ師はここに加わった。
二班は、異国情緒溢れるエルシーランの観光名所を観てみたい人たち。好奇心の強い研究員のほとんどがここだ。
三班は、その他。私、マックス、アリシアさん、カイル兄様だ。
「では、姫様のご希望の店にご案内いたします。先方には話を通してありますので、ご心配なく」
まず最初にクラークさんに先導されて連れてこられたのは、女性用の既製服が売ってある店だった。
王都でもキアーラに連れてきてもらったことがあるような感じの店だ。
王都でも見たようなドレスもあるけど、私が先日着せてもらった和柄みたいな布地を使ったものもある。
ここで勧められるドレスを全て試着していては日が暮れるので、アリシアさんと相談して王都では見たことがないデザインの既製服をいくつか選び、布地のサンプルと共にユベール伯爵邸に送ってもらうことにした。
私は身分を明かし、既製服でも布地でも注文をすれば王都に送ってもらえるように手筈を整えることも忘れなかった。
こんな遠隔地で王家御用達になれるかもしれないと店主のマダムはとても喜んでくれた。
きっとキアーラも王妃様も喜んでくれるはずだ。
次はに向かったのは美味しい食べ物がある場所だ。
王都でもあったような屋台が並んでいる区画に連れてきてもらった。
「どの屋台も新鮮な魚介類を使ってますので、美味しいことは保障しますが……本当に屋台でいいので?」
「もちろん!私、こういう所の方が好きなの!」
クラークさんは洒落たレストランなどをいくつかピックアップしておいてくれたそうだけど、私はそんな気取った料理よりB級グルメが食べたいのだ。
漂ってくる香ばしい香りは、王都のものと違う。
食材もだけど、使われている調味料も違うようだ。
姫君に屋台なんて……とクラークさんはハラハラしていたようだったけど、
「おじさん!これ、すごく美味しそう!なんていう魚?」
「今朝水揚げされたばかりのリュールだよ。今が脂がのって美味い時期なんだ。お嬢ちゃん、食べてってくれよ!」
といった感じでゴミゴミした雑踏にも全く物怖じしない私に驚いたようだった。
服店のマダムには姫君っぽい振る舞いをしていたからその落差もあってのことだと思うけど、こっちが私の素なので許してほしい。
カラっと揚げられた白身魚のフライ、海老が具にたっぷり入った蒸し饅頭、魚のアラで出汁をとったというスープ、皮目がカリカリに焼かれた魚の串焼き。
「どれもこれも美味しい!私、もうここに住みたい!」
「気に入っていただけて良かったです」
大満足な私に、クラークさんも嬉しそうだ。
マックスとカイル兄様も、私の『海水魚と淡水魚は違う!』という主張をやっと信じてくれたようだ。
皆で王都では味わえない料理を精一杯お腹に詰め込んだ。
満腹になったところで、調味料や乾物などを売っているお店に連れて行ってもらった。
流石に鰹節みたいなのはなかったけど、貝や魚の干物や、以前に師匠が言っていた貝の燻製の油漬けなどがあった。
アリシアさんに尋ねて、王都まで保存がきくもの、王都ではまず手に入らないものを中心に購入し、またユベール伯爵邸に届けてもらうことにした。
ここでも私の身分を明かし、王都からの注文を受けてくれるようお願いするととても喜んでもらえた。
王都に持って帰って実際に調理をしてみて、美味しかったら追加で注文するつもりだ。
「レオ、そんなに買って大丈夫なのか?」
「大丈夫です!私、今懐が暖かいのです」
心配気なカイル兄様に私は笑顔で即答した。
私は人魚姫の贈り物を売って得た金貨四枚をエルシーランで使い切るつもりだ。
元々お土産用に持ってきた予算もあるので、まだまだ金銭的に余裕がある。
ドレスや布地はともかく、調味料や乾物は庶民が使うようなものなので、安価なものばかりだということもある。
お金が余ったら、アレグリンドに帰る途中の宿場町でなにか買って帰ろうかな?と思っていたけど、次に連れて行ってもらったお店で私は迷わず予算を使い切ることにした。




