⑬ 人魚姫の贈り物
二日かけてやっとたどり着いた魔獣の浜は、とてもきれいな白い砂浜だった。
魔獣さえ出てこなかったら海水浴場に最適なのではないだろうか。
研究員は馬車からなにに使うのかよくわからない道具などを取り出しなにやら作業を始め、遠征隊の人たちは野営の準備にとりかかった。
私はとりあえずやることがないので、砂浜を歩いてみることにした。
「こら、勝手に離れるな」
「大丈夫だよ、砂浜に行くだけだから」
「砂浜?」
「きれいな貝殻があるかもしれないなって思って」
前世では海で泳いだ記憶もあるけど、レオノーラは海に来るのは初めてだ。
なんだか嬉しくて、ブーツの下の砂の感触を確かめながら歩いた。
ウキウキしながら落ちている貝殻を一つ一つ手に取りながら歩いている私の後ろをマックスがついてくる。
「マックスも海に来るの初めて?」
「ああ、初めてだ。砂の上は歩き難いな」
「石がゴロゴロしている浜辺よりはマシだと思うよ」
明後日の朝、この砂浜に魔獣が多数押し寄せてくるのだ。
できれば安定した足場であるほうがありがたい。
「逆に石がゴロゴロしてるところでは、石の下にタコとか蟹とかが隠れていたりするんだけどな」
「詳しいな?おまえも海に来るのは初めてなんだろう?」
「えっと、ほ、本に書いてあったから!」
ついうっかり前世の知識を披露してしまった。
「あ!ほら、見て!なにか落ちてる!」
怪訝な顔をするマックスを誤魔化そうと、私はたまたま足元にあったものを拾い上げた。
それは、私の掌より少し小さいくらいの透き通った薄紅色の貝殻だった。
目の前にかざしてみると、銀色の木の年輪みたいな模様が陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「へえ、そんな貝がいるんだな」
「……びっくりするくらいきれいな貝殻だね」
私もここまできれいな貝殻が見つかるとは思っていなかった。
マックスと二人で目を丸くしていると、
「あ!それ!」
後ろから驚いたような声が聞こえた。
害意が向けられているとも感じなかったので私は普通に振り向いたけど、マックスはさっと私を背中に庇う位置に立った。
「あ……す、すみません」
マックスに睨まれたらしく、青い顔をして引き下がったのは遠征隊の人だった。
三十代くらいの男性で、服装や体形から騎士ではなく素材の剥ぎ取りをする役割なのだとわかる。
ぺこりと頭を下げて立ち去ろうとした男性を私は呼び止めた。
「待って!あ、跪かないでいいから、そのままで。この貝殻そこで見つけたんだけど、なにか特別なものなの?」
「は……はい……」
私が話しかけると、男性はますます顔色が悪くなり冷や汗をかきだしてしまった。
しまった、私って一応姫君なんだった。
「普通に話してくれていいよ。言葉が崩れても、不敬だなんて言わないから。ただこの貝殻のことを教えてほしいって思っただけなんだよ」
私が慌てて言い募ると、とりあえず冷や汗は止まったようだった。
「はい……そ、それは、『人魚姫の贈り物』と呼ばれるものです」
クラークと名乗ったその男性は、詳しく話してくれた。
『人魚姫の贈り物』は極稀にしか見つからない。
生きた貝の状態を見たことがある人は誰もいなくて、見つかるのは貝殻だけ。
これを加工して作ったアクセサリーは幸運を呼ぶといわれていて需要が高く、『人魚姫の贈り物』は一つあたり金貨五枚くらいの高値で買い取りされている、とのことだった。
これが金貨五枚もするの!?と再び目を丸くする私とマックスに、クラークさんは恐る恐る尋ねてきた。
「このようなことをお願いしていいのかわかりませんが……そちらを私の働く工房で買い取らせていただけないでしょうか」
クラークさんは装飾品を作る工房で働いている職人で、その器用さを見込まれて遠征隊に毎年招集されているそうだ。
ここしばらく『人魚姫の贈り物』が手に入らず困っていると言われ、私は少し迷ったけど金貨四枚で売り渡すことにした。
「え、四枚ですか!?それだと安すぎますよ!」
「わかってるよ!その代わり、お願いがあるんだけど?」
「はい!お……私にできることなら、何なりとお申し付けください!」
私が対価として求めたのは、情報だった。
エルシーランにある美味しい食べ物、それが食べられる場所、お酒や王都まで持って帰れるような保存がきく食品や、それが手に入る場所。
港町のエルシーランならではの、異国から入ってきた珍しいものと、それを売っているお店など。
エルシーランに滞在できるのは限られた時間でしかないので、できるだけ効率よく楽しむためには情報が必要なのだ。
「珍しい染物の布があるの知ってる?あの布とか、それで作った既製服とかを売ってるお店とかもあったら教えてほしいな」
「お、お任せください!全部心当たりがあります。ただ、その、姫様が直接出向くには差し障りがあるような場所もたくさんありまして……」
「ああ、それは大丈夫。私は姫なんて呼ばれるけど、こんなところで魔獣狩りするのも平気なくらいだから。護衛もいるし、多少汚いところでも構わないよ。そんなこと気にして、本当に美味しいものを食べ損ねるなんてことはしたくないんだよ」
観光客向けのきれいに整えられたレストランなどより、地元の人が気軽に通う食堂の方が美味しかったりすることを私は知っている。
サリオ師の武者修行時代の話にでてくるような、ご当地B級グルメみたいなのを味わってみたいのだ。
「マックスは?なにか見てみたいものとかある?」
「そうだな……異国の本とかあるだろうか」
「あります!あ、いや、内容はわからないのですが、異国の商品を扱う店で本が並べられているのを見たことがあります」
私はぱっと顔を輝かせた。
「それいいね!私も異国の本があるなら読んでみたい!」
「そうだろう?ジークとエリオットにもいい土産になると思うぞ」
あの二人は本を読むのが好きなのだ。
珍しい本を手に入れたら、きっと喜んでくれるだろう。
フェリクスは……美味しいものを持って帰ってあげるから、それで納得してもらおう。
「お……私たちは姫様たちよりも先にエルシーランに戻ります。戻ったら、ご希望の情報をまとめて金貨四枚と一緒に領主様のお屋敷にお届けします。必ず、ご満足いただけるように全力を尽くしますので!」
「うん、頼りにしてるよ。お願いね」
にっこり笑って薄紅色の貝殻を手渡すと、クラークさんは赤くなって大事そうに抱え込み、それからバッと頭を下げて走り去っていった。
「金貨四枚もあったら、お土産がたくさん買えるよ!楽しみだね!」
「ああ、そうだな。輸入品は値が張る物も多いだろうから」
「また人魚姫の贈り物を見つけたら、もっと稼げるよね?探してみようよ!」
「さっきのは運が良かったんだ。流石にもう見つからないだろう」
「わからないじゃない!人魚姫の贈り物じゃなくても、きれいな貝殻があるかもしれないし」
「わかったわかった、まだ時間もあるし、探してみようか……それはそうと、一人では絶対に遠征隊に近づくなよ?」
相変わらず全く信用されていないようだ。
「わかってるってば!ほら、探しに行こう!」
私はむっと頬を膨らませながら、マックスの腕を引っ張ってまた砂浜を歩き出した。
魔獣の浜にいた数日間に、私たちは暇な時は砂浜を歩いて回った。
その結果、私は追加で四個、マックスは三個の人魚姫の贈り物を見つけることができた。
「これ……懐中時計についてる幸運の加護のおかげだよね、きっと」
「そうだろうな……今まで加護の効果を感じたことがなかったが、ここまでとは……」
故郷にいた時は人魚姫の贈り物を探したことが何度もあるけど、一度も見つけたことがないというアリシアさんは、顎が外れるんじゃないかと心配になるくらい驚いていた。
エルシーランで売るより、王都で売った方が高値がつくと教えてくれたので、私たちは王都に持って帰ることにした。
私は自分用に一つ、キアーラと王妃様にお土産として一つずつ、残りの一つは機会を見て売り払うために保管しておくことにした。
マックスは一つはいつもお世話になっているシストレイン子爵夫人へのお土産にして、二つを保管しておくそうだ。
マックスはフィリーネ皇女が帰国した後、寮に戻ろうとしたところキアーラの家族だけでなく使用人たち全員からも引き止められ、結局寮の部屋は引き払ってそのままタウンハウスに住み続けている。
その後、マックスのお父さんからシストレイン子爵宛てにお礼の手紙が届いたそうだ。
きっとアルディスさんが上手くとりなしてくれたのだろう。
お忍び街歩き中に偶然アルディスさんに遭遇したのも、加護の効果なんじゃないかと私は思ってるんだけど。
なにはともあれ、私もマックスも、これからも懐中時計は肌身離さず持っておくと心に決めた。




