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⑦ 解放

 フィリーネ皇女たちの姿が見えなくなってから、私の周りにまた女の子の囲いができた。


「レオ様!大丈夫ですか!?」


「医務室まだご一緒しましょうか?冷やした方がいいですわ」


「レオ様になんてことを!許せませんわ!」


 と騒ぐのを宥め、午後の講義に向かうように促していると、おっとり刀で学園長が駆けつけてきた。


 私はそのまま学園長室に連行され、マックスもそのすぐ後に呼び出されて二人同時に事情聴取を受けることとなった。


 学園長も王立学園の卒業生で、国王陛下と同じ時期に生徒として在籍していた。

 マックスと同じように他国からの留学生だったのだけど、あまりにも優秀なので国王陛下が口説き落として卒業後もアレグリンドに残ってもらったのだそうだ。

 今も国王陛下とは気の置けない友人関係が続いて、私とジークのことも可愛がってくれている。

 私からしたら親戚のおじさんみたいな関係だ。


 国王陛下は、王妃様、サリオ師、学園長と三人も口説き落としているわけだ。

 ジークもいつか同じようなことをするのかもしれない。


 私とマックスは包み隠さず訊かれたことには全て真実を答えた。

 学園長は、このことは全てありのままに国王陛下に報告するから、また国王陛下の方から質問がくるかもしれないから心しておくように、難しい顔で言った。


「レオノーラ姫。叩かれたところは大丈夫なのですか?」


「はい、もう痛くもなんともありません。腫れるようなこともないでしょう」


「そうですか……あまり無茶はしないように。貴女は女の子なのですからね」


「はい。以後気をつけます」


 全く反省していない私は、にっこりと笑って返した。


 学園長室を辞すると、ちょうど講義が行われている時間なので辺りには人気がなくしんとしていた。

 さて、これからどうしようかな、と思っていると、マックスが突然ぐいっと私の腕を引っ張った。


「マックス?どうしたの?」


 そのまま柱の陰になっている人目につかない場所に連れていかれた。

 驚いてマックスの顔を見上げると、紫紺の瞳が苦し気な光を湛えて私を見ていた。

 叩かれた方の頬に、マックスの手がそっと触れた。


「すまなかった。俺のせいで、こんなことに巻きこんでしまった」


 ここしばらくまともに会えていなかった上に、至近距離でこんなことをされたらドキドキしてしまう。


「あ、謝らないで!マックスはなにも悪くないんだから」


 顔も赤くなっているの、バレているんだろうか。もちろん、叩かれたから赤くなっているわけではない。


「本当に、なんともないのか?」


「大丈夫だってば。あれくらいでどうにかなるわけないじゃない。ルルグに体当たりされた方が痛いと思うよ」


 カエルみたいな手のひらサイズの魔獣ルルグ。

 あれが頬にベチャっと貼りつく方がどう考えてもダメージが大きい。精神的に。


「こんなことになるくらいなら、仮面なんかさっさと外して見せればよかった」


 これだけ大丈夫だと言っているのに苦渋の表情を崩してくれないマックスに、私はむっとして頬を膨らませた。


「なに言ってるの?そんなことさせられるわけないでしょ!私も騎士科を履修してるんだし、訓練中に蹴り飛ばされることくらい普通にあるよ。そっちのほうがよっぽど痛いに決まってるじゃない!学園長もだけど、マックスも心配しすぎだよ」


「だが……」


「もう、わからないの?あんなの簡単に避けられたのに、敢えて避けなかったんだよ?私は今、嬉しくて嬉しくて仕方がないんだよ?」


 そう。実は私は学園長室にいるときから、頬が緩んで顔がニヤけそうになるのを必死で我慢していたのだ。


 意味が分からないといった様子で首を傾げたマックスに、私はついに喜びを爆発させた。


「やっと!やっと解放される!重たいドレスからも、慣れない話し方からも、淑女教育からも!もうフィリーネ皇女に嫌味を言い続けなくてもいい!わざとらしくジークと仲良しアピールしなくていい!学園にも登校できるようになるよ!」


 私の頬に触れていたマックスの手を掴み、喜びのあまりにぶんぶんと振り回した。


「今日のフィリーネ皇女の行いは、国王陛下とジークの逆鱗に触れることになるはず。そうなったら、流石にキルシュの皇女であっても、アレグリンドにはいられなくなる。私たちの勝利だ!やったよ!私、頑張ったんだよ!」


 これで平和な日常が戻ってくる。

 ジークは女の子たちにまた囲まれるだろうけど、それでも今よりはよほどマシなはずだ。

 少なくとも学園に登校することはできるのだから。


「すごく!すごくすごく大変だったんだよ!冷たくあしらっても無視しても脅しても全然諦めてくれなくて!もしジークと結婚しても不幸にしかならないって諭しても引き下がってくれなくて!キルシュから来た侍女とか護衛の人たちも最近すごく顔色が悪いのに、フィリーネ皇女だけはギラギラした瞳で毎日ジークに突撃してくるんだよ!もう、ジークなんか貞操の危機を感じてて、毎晩別の部屋で寝るようにしてたくらいなんだから!そんな生活がやっと終わる!私も同時進行で淑女教育までされて、死にそうだったんだよ!」


 祈るように両手を握って喜びを噛みしめる私に、マックスはやっと表情を緩めた。


「そんなに大変だったのか?それが終わるなら、まぁよかったと言っていいのかな」


「うん!あ、次の週末、久しぶりに街歩きできないかな?ジークたちもストレス溜まってるし、みんなで遊びにいけたらいいなと思うんだけど、どう?」


「俺は構わない。キアーラは……喜ぶだろうな。ここしばらく元気がなさそうだったから、キアーラのためにもできればそうしてほしい」


「そうだね!ジークからの手紙は今朝渡したんだけど、本人に会える方が嬉しいに決まってるよね」


 ジークだってキアーラに会って癒されたいはずだ。

 エリオットとフェリクスもずっと大変だったんだから、少しくらい遊んだっていいだろう。


 と思ったところで、はたと気がついた。


「マックス……なんか、こざっぱりしてるね?」


 以前が汚かったわけではないけど、今のマックスはシャツはアイロンがあてられているらしくピシッとしているし、髪もきちんと櫛を通して整えられているのがわかる。


「……そう見えるのなら、キアーラの家の使用人たちのおかげだ。俺もあまり外見は気にしていなかったし、寮だとどうしても最低限になるからな」


 寮にも身の回りを整えてくれるメイドがいるにはいるけど、個人の細かいことまでは気を配ってくれない。

 中には専用の側仕えを連れて寮に来る生徒もいるらしいけど、単騎で帰省していたくらいなのでマックスにそういった人はいないのだろう。


「よくしてもらってるんだね」


「ああ、申し訳ないくらいにな。カイル殿の弟くらいな扱いになっている」


 あ、そういえば、フィリーネ皇女に従っていた護衛は、マックスのお兄さんだったのかな?

 気になるけど……今は確かめない方がいい気がする。


「それにしても、淑女教育とはそんなに大変なものなのか?」


「大変だよ!もう、信じられないくらい大変なんだから!師匠よりよっぽど酷いんだよ!」


「師匠より?それ、本当か?話盛ってないか?」


「本当だよ!この前なんか、三日かけて仕上げた刺繍を、たった一か所のミスだけでやり直しって言われたんだから!しかも、今度は二日で仕上げて持って来いって!そんなの、私の手が六本くらいないと無理なのに!」


「それは……大変そうだな」


「そうでしょ!?他にもね、優雅さが足りないとか言われて、足がパンパンになるまでひたすら淑女の礼の練習させられたりもしたし!それからね!」


 フィリーネ皇女が片付く目途がたったことと同じくらい、久しぶりにマックスと話ができることも嬉しかった。

 

 マックスは学園を卒業したら、婚約者が待っているキルシュに帰ることになる。 

 そんな相手を好きになるなんて、自分でも不毛だとわかっている。

 でも、私の中の恋心は膨らむばかりで消えてくれない。

 なので、私は受け入れることにした。

 片思いでもいいじゃないか。

 いつか青春時代の甘い思い出になるなら、それでいい。


 私が次に好きな人ができるまで。

 せめて、マックスがアレグリンドにいる間は、ひっそりと思い続けても許されるはず。

 マックスが帰国する時は、笑顔で送り出してあげよう。

 そしていつかマックスが婚約者と結婚する時は、ジークたちと連名でお祝いを送ってあげよう。

 

 だから、もう少しだけ。

 優しい色を湛えた紫紺の瞳を独占することを許してほしい。


 私は会ったこともないマックスの婚約者に心の中で許しを乞いながら、講義が終わって廊下に生徒が溢れるまでマックスと話し続けた。




 学園長は本当にすぐに陛下に報告を上げたようで、フィリーネ皇女はその日の夕刻には謁見の間に引き出された。

 急いで視察を切り上げて戻ってきたジークの斜め後ろで、庇われるように立つ私の左頬には、大袈裟なガーゼが貼りつけてある。

 既に泣きはらした顔をしていたフィリーネ皇女に対し、国王陛下はアレグリンドからの永久追放を言い渡し、ジークは『二度と目の前に現れるな』というのを極薄オブラートに包んで告げた。


 流石に即日追い出すというわけにもいかないので、数日中に王城から退去しそのまま真っすぐキルシュに帰国させる流れになった。

 王城にいる間、フィリーネ皇女は与えられた客室から出ることを禁じられ、厳重な監視がつけられるとのことだ。


 私が予想した通りだ。

 全て上手くいった!

 シストレイン子爵から貰った懐中時計のおかげなのかもしれない。

 

 ただ、淑女教育は続けると王妃様に宣言され、そこだけはがっかりした。

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