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③  面倒な小姑(本当は従妹)作戦

 あの後、キアーラはもう一つ提案をした。

 それはすぐジークにより国王夫妻に奏上され、即採用となった。

 誰が名付けたのか、それは『面倒な小姑(本当は従妹)作戦』と呼ばれるようになり、粛々と準備が整えられていざ決行の運びとなった。




「巻きこんですまない……」


「いいえ。ジーク兄様のためですもの。わたくし、体を張って頑張りますわ!」


 フィリーネ皇女を乗せた馬車がもうすぐ王城に到着する。

 出迎えのために私とジークは並んで立っているところだ。


 今日の私は、煌びやかな水色のドレスと豪華なアクセサリーを身に着け、髪も高々と結い上げられている。

 いつものお忍び用ドレスと違い、とても重くて動きにくい。

 慣れない言葉遣い、慣れない服装で、私は自分に気合を入れた。

 下着の中には幸運の加護がつけられた懐中時計。

 幸運の加護は効果がわかりにくいけど、きっと助けになってくれると信じている。


 キルシュ王家の紋章が刻まれた馬車が停まり、中からフィリーネ皇女が現れた。

 ピンクのドレスがよく似合う可愛らしいお姫さまなのだけど。


「ジーク様!」


 満面の笑みで駆け寄ってきたフィリーネ皇女は、そのままジークに抱きつこうとした。


 そうそう。数年前に会った時もこんな感じだった。

 びっくりするほどベタベタ触られて、振り払うわけにもいかず笑顔のままジークは嫌がっていたのだ。

 なので、こんなのは予想の範囲内で、もちろんそれを許す私ではない。


「フィリーネ皇女。お久しぶりでございます」


 私はジークの前に立ちはだかり、優雅にゆっくりと礼をして見せた。


「あ、あなたは……?」


「レオノーラ・エル・アレグリンドと申します。ジーク兄様の従妹にあたります。前回我が国においでになったときは、ほとんどお話する機会もございませんでしたもの。忘れていらっしゃっても当然ですわ」


 顔を合わせたことがある王族を見忘れるのは失礼にあたる。

 私はにっこり笑ってはっきりと嫌味を言い放ったのだ。


 『面倒な小姑(本当は従妹)作戦』の中身はこうだ。

 フィリーネ皇女が滞在している間、私はひたすらジークの側にいてフィリーネ皇女がジークに接触するたびに『ジーク兄様はわたしくしのもの!あんたなんかじゃジーク兄様に釣り合わない!』とアピールする。

 ジークも私を可愛がり、やれやれ仕方ないなぁとそれを止めない。

 ジークの周りも私を諫めるどころか、微笑ましく見守っている風を装う。

 この時、普段通りの男装ではなく、本来の身分に相応しい服装をするのがポイントだ。

 男装のままだと情報量が多くて説得力が薄れる、とキアーラにも王妃様にも侍女たちにも言われた。

 もしジークのところに輿入れしてきたら、面倒な小姑に一生嫌味を言われ続けることになる上にジークも含め全員が私の味方、ということを見せつけて諦めてもらうことが最終目標だ。


 発案:キアーラ、監修・演出:王妃様と王妃様つきの侍女たち、主演:私、助演:ジーク、協賛:国王陛下となっている。


 フィリーネ皇女到着まで日がなかったため、準備は急ピッチで進められた。

 まず、王妃様が持っていたドレスの中から私に似合いそうなものを選び、お針子を総動員して私に合うようにサイズの調整がなされた。

 主に胸部がガバガバで手間がかかりそうだということが素人目にもわかったけど、そこは見て見ぬふりをした。


 それから、学園にも公休届をだして、ひたすら淑女教育を詰めこまれた。

 私が女の子としてまともに育てられたのは五歳までだったので、そこから淑女教育はほぼ手つかずのままだった。

 王妃様は実はそれをずっと気にしていてくれたらしい。

 教育は淑女の礼に始まり、歩き方、立ち振る舞い、言葉遣い、お茶会での作法など多岐にわたり、サリオ師の訓練が生温いと思えるほどの厳しさだった。


 ジークによく似た容貌の王妃様は、もう三十代半ばなのに極上のお人形のように美しい。

 その美しさに国王陛下が惚れこんで、頑張って口説き落として王妃に据えたくらいだ。

 つまり、こんな身分の人には珍しい恋愛結婚で、そのおかげで今も国王夫妻は仲睦まじい。

 なので、息子にも好きな相手と結婚してほしいと望んでおり、息子が望まぬ押しかけ女房はお断りしたいのだ。


 現在、アレグリンドとキルシュの国力は、アレグリンドが少し上といったところだ。

 キルシュ側が一方的に無理を通すことができる関係ではない。

 フィリーネ皇女とジークの縁談を断っても、アレグリンドとしては問題ないのだ。


 優雅に、優しく、そして厳しく、王妃様は私に淑女としての振る舞いを叩き込んだ。

 それに加え、効果的に嫌味を言う方法、優しく微笑みながら心をえぐる言葉などを侍女たちの実体験を元にみっちりと教え込まれた。

 

 私は折れそうになる心をジークのために!と奮い立たせながら本番当日を迎え、見事フィリーネ皇女に最初の嫌味を放ってみせたのだ。


「お出迎えありがとうございます。ジークフリード・エル・アレグリンド王太子殿下、レオノーラ・エル・アレグリンド様」

 やっと追いついてきた侍女に促され、フィリーネ皇女も慌てて礼を返してきた。


「お久しぶりですね、フィリーネ皇女。遠いところをよくお越しくださいました。客室にご案内いたします。まずはごゆるりとお寛ぎください」


 完璧な貴公子の笑顔をうかべたジークは手を差し伸べる。

 頬を赤らめながらその手を取ろうとしたフィリーネ皇女だったけど、その直前に私が横からさっとジークの手をとった。


「さあ、参りましょう。特別に景色がいいお部屋をご用意いたしましたの。きっと気に入っていただけると思いますわ」


 私はジークにエスコートされながら、フィリーネ皇女に勝ち誇った笑みを向けた。

 フィリーネ皇女の榛色の瞳が敵意で燃え上がったのが見え、出だしは順調だと確信した。


 その後、城内を案内しながら客室に連れていく間も私はジークの前に出て喋りまくった。


「ねぇ、ジーク兄様」


「ああ、そうだねレオ」


 というやり取りを三分に一回は取り入れながら。

 我ながらやりすぎなんじゃないかと思いつつ、これも作戦のうちだと開き直った。


 謁見の間で国王陛下にフィリーネ皇女が挨拶するときも、私はジークの隣に寄り添い、陛下も必要最低限の言葉しかフィリーネ皇女にかけなかった。

 晩餐会でも、私とジークの席は隣でフィリーネ皇女の席は遥か遠くにされており、ちょっと可哀想になるくらいの扱いだった。


 全ての予定をこなした後、私たちはぐったりと疲れ切っていた。


「お疲れ様。頑張ったね、レオ」


「なかなか小姑ぶりだったよ。キレのある嫌味が炸裂してた。練習の成果だね」


「すごく疲れたよ……これで諦めてくれるといいんだけど」


 ジークとエリオットが労ってくれた。

 意識的に嫌味を言って感じ悪い態度をとるというのは、精神的にとても疲れる。


「そういえば、マックスの兄上っぽい人がいたぞ」


「あ、やっぱり来てるんだね。ちょっと話してみたいけど、無理だよね……」


「まぁ、レオは無理だろうな。優しそうな顔してたけど、かなりの手練れみたいだ。俺もどんな人か気になるし、機会があったら話してみるよ」


 フェリクスならフィリーネ皇女の護衛と話すのも不自然ではないかもしれない。

 今日はフィリーネ皇女以外の人まで見る余裕はなかったけど、明日は気をつけて見てみようと思った。


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