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② 変化

 変わったことはそれだけではない。


「レオ様!私、お掃除魔法が上達したのです!見てください!」


「また手合わせをお願いします!」


「私は水球を鳥の形にしてみました!どうでしょうか?」


「レオ様!私、土魔法を剣に纏わせるのが苦手なのです。なにが悪いのでしょうか?」


 以前は遠巻きにされていたのに、騎士科の授業でも私は女の子たちに囲まれるようになったのだ。

 これにはキアーラの暗躍があったようだ。


「レオ様は、幼いころに一度だけお会いになった他国の王子様と思い合っていらっしゃって、学園を卒業したら結婚する、という約束を交わしていらっしゃると聞いています。今は遠い地で離れ離れで、手紙のやり取りだけしかできなくても、お互いを信じて愛を育んでいらっしゃるのだと。去年から家政科を履修していらっしゃるのは、輿入れの準備なのでしょう?凛々しくて、お優しくて、その上に献身的だなんて、レオ様は恋愛小説の主人公みたいですわ!大丈夫です!私たちがレオ様に寄ってくる男を追い払いますから!レオ様の恋を叶える手助けが少しでもできたら、私たちとても幸せです!」


 いつの間にやら、私には遠距離恋愛中の恋人ができていた。


 こういった恋愛話が大好物な年頃の女の子たちは心を鷲掴みにされたらしく、学園にいる間は常に女の子に囲まれるようになった。

 正直、ちょっと鬱陶しい……けど、言われてみれば遠くからなにやらもの言いたげに私を見ている男子生徒がちらほらといるのに気がついた。

 またローレンスみたいなのに絡まれるより、女の子たちに囲まれている方が百倍はマシだ。


 ただ、弊害としてジークたちまで私に近づけなくなってしまった。


 一部の女生徒の間では、ジークは私に横恋慕していて、私と異国の恋人の間を邪魔している悪役になっているらしいのだ。

 エリオットとフェリクスも同じだ。そんなわけないのに。


 じゃあ、マックスは……どうなっているんだろう?


 どちらにしろ女の子の集団にマックスが近づくことはないから、距離ができてしまったことには変わりない。

 週末は王城の訓練所で会えるけど、マックスは訓練に夢中であまり話をすることはできない。

 ただ、私が作った料理を食べて美味しいといってくれて、自然に頼ってくれるようになったのは嬉しかった。


 引き裂かれたままの恋心は、私の中でまだ息づいている。



 もう一つ、変わったことがある。


 それは、ジークが婚約者を決めようとしているという噂が流れだしたことだ。

 といっても、これは噂というよりは真実に近い。


 ジークは王太子だけど、ある程度の身分差までなら許容するから結婚相手は自分で見つけるように、と陛下から言い渡されているのは周知の事実だ。


 現在アレグリンドも周辺諸国も落ち着いた状態なので、無理に政略結婚を押しつけるつもりはない。

 将来国王という重責に耐えるためにも、心の支えとなる伴侶を探すように、という陛下の親心だ。


 できれば王立学園に在学中に見つけてほしい、とのことだけど、もうジークは最終学年になってしまった。

 次の夏には卒業だ。

 今までは鳴りを潜めていた王太子妃の座を狙う女生徒たちが黙っているはずがない。

 というわけで、ジークはジークで気を惹こうとする女の子たちに取り囲まれるようになっている。

 あっちは私の百倍以上は鬱陶しいんだろうな、と思うと気の毒で仕方がないけど、今の私ではなにもできない。

 フェリクスとエリオットも頑張って女の子たちを引き離そうと苦労している。


 こんな時、以前はマックスが横から声をかけたらジークを救い出すことができたそうなのだけど、今はそうもいかない。


 最近はマックスにまで秋波が送られるようになったからだ。


 まだまだ不愛想ながらたまに笑顔を見せるようになり雰囲気が柔らかくなったマックスは、密かに人気を集めるようになったのだ。

 また、留学生なのにジークと親しいこともあり、取り込んでジークへの足掛かりにしたい、という思惑を含む誘いが舞い込むようにもなった。

 どう考えてもマックスが参加したがるはずがないお茶会や晩餐会の招待状がちらほらと届くというのだ。

 一応全てエリオットが目を通し、全部一括で却下という扱いになっている。


 以前はマックスが近寄るだけで怖がって逃げていた女の子たちのあまりの手の平の返しぶりに、ジークたちも私もドン引きしているところだ。

 そんなことをする女の子をジークが選ぶはずがないのに。


 というか。

 あんなの全部無駄だ。


 ジークは、もう選んでしまっているのだから。



 そんなある日の週末、訓練場にはジークとエリオットの姿もあった。


 二人ともマックスとフェリクスとは別の意味で疲れた顔をしていた。


「悪い知らせがある」


 私とキアーラが運んできた昼食をジークとエリオットまでガッツいて食べつくした後、ハーブティーを飲みながら暗い顔のジークが口を開いた。


「来週、キルシュから客人が来ることになった」


「キルシュから?来週だなんて急だね。誰が来るの?」


「フィリーネ皇女だ。レオも会ったことあるよね?」


 あまり聞きたくなかった名に、私は顔を顰めた。


 数年前に一度会ったことがある。

 艶やかな黒い巻き毛と榛色の瞳の可愛らしいお姫様だった。


「あの人か……面倒なことになりそうだね」


「ああ、間違いなくそうなるだろう」


 難しい顔をする私たちに、キアーラは不思議そうに言った。


「その方が、なにか問題があるのですか?」


「ジークに一目惚れして、既に王太子だったジークを婿に欲しがったんだ」


 非常識さがよく伝わるエリオットの端的な解説に、キアーラとマックスも眉を寄せた。


「実は、少し前に正式に輿入れの打診をされた。父上がはっきりと断ってくださったのだけど、納得してもらえなかったようだ」


 ジークは溜息をついた。


「どれくらいの期間こっちに滞在する予定かわかるか?」


「いや、それはまだ決まっていない。できるだけ早くお引き取り願いたいところだけど……もしかして、面識があるの?」


「下の兄が今年からフィリーネ皇女の護衛騎士になったと言っていた」


「なるほど、じゃあ兄君も一緒に来ることになるんだろうね」


 マックスは嫌そうな顔で仮面に触れた。


「フィリーネ皇女は俺に会いたがっていたそうだ。この仮面の下を見てみたいのだろう。残念だが、フィリーネ皇女が滞在している間は、俺は王城に来るのは控えることにする。それから、兄は俺がジークたちと親しくしていることを知らない。もしなにか訊かれても答えないでくれると助かる」


「そうか……わかった。そのようにするよ」


 ここでキアーラがぱっと顔をあげた。


「マックス様!フィリーネ皇女がこちらにおられる間は、我が家にいらっしゃいませんか?」


 思わぬ提案に皆が首を傾げた。


「フィリーネ皇女にお会いしたくないのでしょう?マックス様は寮にお住まいですから、寮に押しかけられたら逃げ場がなくなってしまうではありませんか」


「それはそうだが……そこまで世話になるわけには」


「実は、数日後に両親とカイル兄様がタウンハウスに来ることになっているのです。マックス様はもう家の子みたいなものですもの、みんな歓迎いたしますわ!」


「いや、しかし……」


「訓練ができないのなら、お忍び街歩き再開ですわね!カイル兄様も同行する気満々なのです。なんでも、カイル兄様の学生時代に通っていた場所に連れて行ってくれるのですって。楽しみですわね!」


 勢いに乗ったキアーラにマックスが勝てるはずもなく、マックスはシストレイン子爵家のタウンハウスにしばらくお世話になることになった。


 カイル兄様が喜ぶだろうな。


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