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① 剣聖

 アルツェークから王都に帰り、王立学園も新学期を迎えた。

 私とキアーラは五年生、ジークたちは六年生で最終学年となった。

 週末にお忍びで出かけるのは相変わらずなのだけど、変わったことがいくつかある。


 まず、出かける先が街から王城になることが多くなった。

 もう少し具体的に言えば、王城の中にある訓練場だ。


 この日も私はシストレイン子爵家のタウンハウスに早朝から出向き、キアーラや料理人たちとサンドイッチやパイ、ポットに入れたスープ、カップケーキなどをたくさん作った。

 それらをバスケットに詰め込んで、向かうのは王城だ。


 城の片隅にある訓練場に着いたのはちょうどお昼頃だった。

 訓練場では、マックスとフェリクスがそれぞれ刃の潰された剣で壮年の騎士に斬りかかってるところだった。

 茶色の瞳と白髪が混ざった黒髪でロイド・サリオという名のその騎士は、剣聖と呼ばれる剣の達人だ。

 魔法を使っていないにしても、マックスとフェリクスが二人同時に全力で斬りつけているというのに、サリオ師はあっさりと右手に持った剣だけでいなしてしまっている。相変わらず凄まじい技量だ。

 


「さて、マックス。きみにはファーリーン湖で双頭の魔獣を討伐した功績により、また恩賞が与えられることになっている。なにか望みはある?」


 ジークがマックスにこう尋ねたのは、アルツェークから戻る道すがらのことだった。

 ローレンスによる襲撃の時にはなにもいらないと即答したマックスだったけど、この時ははっきりと希望を口にした。


 マックスの希望は、『全力で訓練できる場を設けてほしい』ということだった。


「学園の訓練場では全力を出すことができない。普段からきちんとした訓練をしていたら、もっと楽にあの魔獣を討伐できたはずだ。俺が未熟だったせいで、多くの人を危険に晒してしまった。もう二度とあんなことにならないようにしなくてはいけない」


「なるほどね。確かに、きみの実力はもっと伸ばすべきだろう。父上に相談すると約束しよう。もし無理だったら、悪いけどまた例のナイフみたいなのを下賜するということで承知してほしい」


「わかった。よろしく頼む」


 ジークは鷹揚に頷き、それから私に目を向けた。


「では、レオ。次はきみだ。なにか望みは?」


「え?私も?いいの?」


 これは予想していなかった。

 私も協力はしたけど、活躍したのも止めを刺したのもマックスだ。

 それに、私は一応王族なのだから、ああいった場面で命を張るのは当然ではないか。


「もちろんだよ。報告を聞く限り、きみがいなかったらどう考えてもあの魔獣は討伐しきれなかっただろう。それに、王都に戻ったら、あのお掃除魔術を騎士団に教授してほしいんだ。あれは小さい魔獣にはとても有効なようだからね。その対価も含めた上で、なにか望みがあれば聞こう」


 そうか、あのお掃除魔法か。

 あれを教えるというのは、確かに功績になるかもしれない。


 私はない頭で考えた。


「じゃあ……じゃあ、保留で!」


「保留?」


 ジークは首を傾げた。


「ええと、今じゃなくて……二年後に学園を卒業する頃に、叶えてほしい望みを伝える、というのでもいいかな?」


「そういえば、なにかやりたいことがあると前に言っていたね。その関係なのかな?」


「うん、そういうこと」


「なにがやりたいのか、ということは、まだ教えてくれないの?」


 ジークのきれいな空色の瞳が探るように私を見ている。

 私は後ろめたくて目を逸らしてしまった。


「まだ……少なくともあと二年は学園にいるし。その間に私もできることをして……それによって、その後どうするか変わると思うから」


 全く答えになっていない曖昧なことを言って誤魔化した。


「ふぅん……言いたくないのなら無理には訊かないけど。危ないことや無茶なことはしないように。でないと、僕の全ての権力を使って、全力で阻止して閉じ込めないといけなくなるからね?」


 以前に同じようなことを言われた時より、不穏な言葉が増えているのはなぜなのだろうか。


「わかってるよ。変なことはしないから、そこは心配しないで。なにかあったら、すぐジークに相談するから」


「それならいい。約束だからね」


 いつも通りにジークは私の髪を撫でてくれて、その優しさに私はほっと息をついた。


 ジークが陛下に相談したところ、マックスの希望は叶えられることになった。

 王城の中にある訓練場の使用許可が出たのだ。

 ついでに、フェリクスの師であるサリオ師がマックスの話を聞いて興味を持った。

 フェリクスのいい刺激にもなるからと、週末にマックスとフェリクス二人同時に訓練をしてくれるようになった。


 そして今日はその訓練の日なのだ。

  

「師匠!マックス!フェリクス!そろそろお昼にしませんか?」


 私が大きく手を振って呼びかけると、三人が動きを止めて振り返った。

 私とジークも学園に入学する前はサリオ師に手ほどきをうけていたので、今でも師匠と呼んでいる。


「おお、レオノーラ姫。待っていたよ」


 ほとんど息も乱さず髪も整えられたままのサリオ師に対し、マックスもフェリクスも汗だくで肩で息をしていて、何度か地面に転がされたらしく土で汚れている。

 キアーラとタウンハウスからついて来てくれた侍女が、バスケットの中身を訓練場の隅に置かれている台の上に広げていく。

 その間に、私は息も絶え絶えの二人に浄化魔法をかけてきれいにしてあげた。


「今日もしごかれたみたいだね」


「……師匠は……化け物だ……双頭の魔獣なんて目じゃないくらい強い……」


「永遠に、勝てる気が……しない……」


 肩を落とす二人に対し、サリオ師はにこにこと私に笑いかける。


「レオノーラ姫。今日のお昼はなにかな?」


「ザブルのもも肉のハーブ焼き、卵とハムと野菜のサンドイッチ、ひき肉と茸のパイ、野菜たっぷりクリームスープ、豆とエイルのサラダ、デザートは甘いお芋のカップケーキです。あと、元気が出るハーブティーも」 


「それは楽しみだ」


 料理には体力と魔力を回復する効果のあるハーブがたっぷりと使われている。

 私とキアーラと侍女が手分けして男性三人に料理をとりわけ、スープをよそってお茶を注いだカップを渡していく。

 マックスとフェリクスは見ていて気持ちいいくらいの勢いで平らげていき、サリオ師も優雅に見える手つきながら同じくらいの勢いで食べる。


 三人が少し落ち着いたころ、私たちも食事に手をつけ始めた。

 腕のいい料理人のおかげもあり、どれも美味しい料理ばかりだ。


「今日のカップケーキは、レオ様考案のレシピなのです。味見してみましたけど、とても美味しかったですわ」


 前世であったサツマイモのケーキみたいなのを作ってみたのだ。

 アレグリンドでは珍しい組み合わせだったようで、なかなか好評だった。


「レオノーラ姫は料理でも変わったものを作るんだね。似たようなのを食べたことがあるな。どこだったかな、テルシアの北の方だったかな。あのあたりは冬になると雪に紛れて大きい猫みたいな魔獣が出るんだ。あの時も……」


 サリオ師はアレグリンド出身ではない。傭兵として大陸各地を武者修行して回っていた時、偶然国王陛下に出会って気に入られ、口説き落とされてアレグリンドに腰を落ち着けることにしたのだそうだ。

 サリオ師の傭兵時代の話はとても面白くて聞いていて飽きない。


 砂漠地帯で一帯の部族を束ねる族長で、サリオ師よりも頭一つくらい背が高く筋骨隆々の女傑に力づくで夫にされそうになり、無茶苦茶に魔法を放って命からがら逃げ出した話などは全員で腹を抱えて笑ったものだ。


 訓練中は鬼のように容赦ないけど、それ以外の時は気さくなおじ様なのだ。


 昼食後、マックスは大斧、フェリクスは薙刀みたいな長柄の武器に持ち替えて、またサリオ師に斬りかかってはいなされ続けていた。

 私とキアーラも日によっては午後からは訓練に参加して汗だく土まみれになることもあるけど、今日はお掃除魔法を数人の騎士に教えてほしいといわれていたので、街歩き用のドレス姿だ。


 時間になって現れた騎士たちは、一番若くて三十代後半くらいの年齢だった。

 風魔法が得意な騎士の中から希望者を募り、順番に教えていくことになっている。

 若くて独身の騎士が一人もいないのは、私とキアーラを慮ってのことだろう。


 私がお掃除魔法を発動させ、実際にいくつかの落ち葉などを集めてみせつつ、キアーラが大袈裟にどれだけ便利な魔法なのかを解説する。

 その後、二人で術式などを説明し、実際に試してもらうというのがいつもの流れだ。

 風魔法が得意な騎士ばかりなので、約半数がその日のうちになんとか使えるようになる。

 ただ、私のように少ない魔力では思うように動かすのは難しいようなので、そこは個人で訓練してこの魔法に慣れてもらうしかない。


 日が傾きかけたころ、やっと訓練は終わる。


「二人ともまだまだだね。マックスは周りが見えていない。フェリクスは足元が注意散漫だ。僕が今日教えたことは、次回までにちゃんとものにしておくように」


 地面に座り込んだマックスとフェリクスに、サリオ師は涼しい顔で言い放った。

 二人とも今日もまたサリオ師に攻撃を掠らせることもできなかったようだ。

 双頭の魔獣との戦闘でもマックスはここまで疲弊しきっていなかったというのに、やはりサリオ師は化け物なのかもしれない。


「お疲れ様。大丈夫?立てる?」

 ふらふらと立ち上がった二人に、また浄化魔法をかけてあげた。


「ああ、大丈夫だ……」


「今日もキツかったな……」


 二人は疲れた顔でキアーラに渡されたハーブティーを飲みながらも、どこか満足気だった。

 マックスは全力が出せたことが、フェリクスは競い合う相手ができたことが嬉しいようだ。


「とても有意義な一日でしたわね。街歩きもいいですけど、こういうのも楽しいですわ」


 キアーラの言葉が全員の気持ちを代弁していた。



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