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㉔ マックス視点3 毒入りローグと美しい雫

 その後も週末ごとにお忍びに付き合わされるようになった。

 困ったことに、いつまでたってもレオは危なっかしいままだった。

 さらに困ったことに、普段はしっかりしているキアーラ嬢もレオのことになると周りが見えなくなることが多いのだ。

 キアーラ嬢も整った顔立ちをしているため、レオと二人並ぶとどうしても人目を惹く。

 そこにジークまで加わったら猶更だ。


 毎回様々な視線を向けられているというのに、レオは相変わらずまったく警戒心がない。

 フェリクスがいる時はいいのだが、正直エリオットだけでは抑止力にならないだろう。

 無用なトラブルを避けるのに俺みたいな強面が役に立つわけだ。

 常に護衛がついているらしいが、手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいて守ることができるならその方が安全に決まっている。


 レオは毎回駆り出される俺に申し訳なく思っているようだった。

 でも、俺は俺で楽しんでいた。

 回を重ねるごとにレオは俺に気安く接するようになった。

 かつてはジークたちだけのものだった笑顔が、今は俺にも向けられている。 

 それが嬉しかった。


 最初の日に口にして以来気に入ったらしく、屋台に行くとレオは毎回ローグを買い求めるようになった。

 レオと二人でローグを食べるといつも胸が温かくなる。

 多分、これが幸せという感情なのだろう。 

 ジークでさえ割り込めない瞬間がレオとの間にあるということがとにかく嬉しくて、これ以上を望んではいけないと自分を戒めても心が動くのを止められなかった。

 俺たちはすっかりローグ屋台の常連になっていた。


 そして、それが仇になってしまった。

 まさか本当に毒を盛ってくるとは。

 かつてエリオットが言ったことが現実になってしまった。


 俺が毒入りローグを敢えて齧って見せると、レオは顔色を変えて動揺した。

 本気で心配してくれている様子に、こんな状況ながら嬉しくなってしまった。

 

「おや、こんなところに美しい人がいると思ったら、レオノーラ様ではありませんか」


 現れたローレンス・パーカーに、やっぱりこいつだったかと思った。

 秀麗な顔に笑みを浮かべているのに、まったく好感が持てないなにかがある。


 フェリクスたち護衛はいつ到着するのだろうか。

 この男一人くらいどうということもないのだが、やはり護衛に捕らえてもらった方がいいだろう。


 ローレンスは俺たちが毒にやられていると信じているらしく隙だらけで歩み寄ってくる。

 この男も騎士科を履修しているが、実力はレオの方が上だ。

 剣がなくてもレオの得意な水魔法だけで叩きのめすことができる。


 それなのに、なぜかレオは恐怖で塗りつぶされた青い瞳を限界まで見開いて、体を強張らせていた。

 理由はわからないが、レオはローレンスが怖くて動けないらしい。

 

「ああなんてことだ、今にも倒れそうではありませんか。すぐに横にならなくては。近くに私がよく利用する宿があるのです。そこにお連れいたします。さあ……」


 ローレンスがレオに手を伸ばした。

 まだ動けないでいるレオの顔が恐怖でひきつっている。

 フェリクスたちはまだ来ない。


 こんな男がレオに触れるなど許せない。

 レオを害しようとするなど許さない。


 俺は怒りにまかせてローレンスの顔を殴りつけた。

 

 ローレンスに雇われているらしい男たちも大したことはなかった。

 魔法を使わなくても剣だけで凌げる程度だ。

 ただ、殺してしまわないようそれだけは気をつけた。

 俺の後ろで震えているレオをこれ以上怖がらせたくなかったからだ。


 フェリクスがやっと到着し、ローレンスたちを捕縛しにかかった。

 ほっと息をついた瞬間、水属性の攻撃魔法が俺とレオのいる方向に放たれた。

 避けるのは簡単だったが、そうすると後ろのレオに当たってしまう。

 剣で水球を叩き落としたが、最後に一つだけ避けきれずにちょうど顔の左側の仮面のところに直撃してしまった。

 その勢いで後ろに倒れ、一瞬意識が朦朧となった。


 顔になにかが触れた。

 はっと見上げると、レオが仮面が剥がれた俺の左頬に手をあてて火竜の紋を隠してくれていた。


 気持ち悪いと罵られ続けた赤い文様。

 それにレオは躊躇うことなくその白い手で触れていた。


「ごめん。なにもできなくて、動けなくて、ごめん。守ってくれて、ありがとう……」 


 青ざめた頬に一雫の涙が零れ落ちた。


 アレグリンド現国王の姪で、王太子の宝物。

 本来なら俺なんかが近寄ることすら許されない宝石だ。

 望んだところで手が届くわけがない。


 でも、この一雫だけは、俺のものにしていいはずだ。

 これだけは俺のものだ。

 誰の目にも触れさせたくなくて、そっと美しい雫を拭った。


 

 


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