第六章・冬の終り(その12)・第一部完
ちょうどそのとき、潮音の家のインターホンが鳴った。綾乃が玄関まで迎えに行くと、そこには暁子と優菜の二人が真新しい松風女子高校の制服を着て並んで立っていた。綾乃がその二人の制服姿をほめそやすと、二人とも互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべていた。
そして暁子と優菜も居間に通されると、潮音の制服姿をしばらくじっと見つめていた。
「潮音…けっこう制服似合ってるじゃん。こうして見ると、ついこないだまであんたが男の子だったなんて信じられない」
暁子が当惑気味に声をかけると、潮音はしばらく黙った末に口を開いた。
「誤解するなよ、暁子。オレは今こんなかっこしてるからといって、女として生きることを決めたとか、そんなわけじゃないんだ。オレはただ、逃げたりせずに今の自分にできることや今の自分がやらなきゃいけないことをやる、それしかないんだ」
さらに潮音は言葉を継いだ。
「オレは体は女だけど心は男だという人が、制服でどうしてもスカートはくのいやだという気持ちだって痛いくらいわかるよ。もしそういう人が男子の服を着て学校行きたいと言うのなら、オレはそれを応援したいと思う」
「じゃあなんであんたはそうしないのよ」
「前にも言っただろ。今のオレはスカートはくのもそんなに嫌じゃないって。下にこれはいてりゃ、スカートはくのにもあまり抵抗なくなったし」
そう言って潮音は自らスカートをめくって、黒いショートスパッツをあらわにした。それには暁子と優菜も、おもわず赤面して潮音をにらみつけてしまった。
潮音は気恥ずかしそうにスカートの裾を直すと、あらためて言った。
「だいたいズボンはいたくらいで学校が楽しくなるなら、だれも苦労なんかしないよ。そもそもオレは、スカートはいたくらいでつぶされるようなつまんない個性なんか持ってないつもりだよ」
「だからそうやって無理してかっこつけることなんかないって言ってるでしょ。松風の制服にはスラックスだってあるんだから、はきたければそれはきゃいいじゃん」
暁子はそう言って、潮音の肩をぽんと叩いてやった。
「たしかに松風でも制服にスラックスはいてる生徒はあまりいないらしいけど…あんたが着たいというならそれでもいいと思うよ。ほかの人の目なんか気にすることないじゃん」
「そういう暁子こそ、どうしてズボンはかないんだよ」
「スカートはいても似合うと今までさんざん言ってきたのはあんたでしょ。さすがに冬寒かったらスラックスはくかもしれないけど」
「念のために言っとくけど、女がズボンばかりはいてるとマジで男子にもてないぞ。このオレが言うんだから間違いないよ」
「そんな人の気持ちを考えない、上っ面しか見ないような男なんて、こっちの方からお断りだよ」
暁子はふて腐れた表情をしていた。優菜はその二人のやり取りを、やれやれとでも言いたげな表情で眺めていた。
そうこうしているうちに、綾乃が潮音の部屋から柄違いの替えのスカートやスラックス、オプションのニットのベストを持ち出して居間に戻って来た。
「ちょっと見てみたんだけど、あんたの学校の制服ってバリエーション広いじゃん」
「だから…どうしようというわけ?」
「こっちのスカートにはきかえてみてよ」
そう言って綾乃は潮音にグレー系の替えのスカートを差し出した。スカートを取り替えてみると、さっきまでのシックな装いとうって変わって軽快な感じがした。
「そのスカートもなかなかいいじゃん」
それからしばらくの間、潮音はベストやスカートを取り替えさせられ、そのたびに綾乃や流風、暁子や優菜に批評されて写真を何枚もとらされた。しまいには綾乃に、スカートをウエストで折り返してミニにする方法まで教えられた。潮音がスカートをミニにすると、暁子はそれを何やら複雑そうな面持ちで眺めていた。
潮音は綾乃たち四人の相手をするのにいささかくたびれていた。
「姉ちゃん…オレは着せ替え人形じゃないんだぞ」
「潮音、いいかげんにそうやって自分のこと『オレ』というの何とかしなさい」
しかし潮音と綾乃が言い合うのを見て、流風もいつしか表情をほころばせていた。
「でもよかったよ。私も潮音ちゃんのことがずっと心配だったけど、なんか元気そうで」
「この子はこれからも流風ちゃんにいろいろ迷惑かけると思うけど、そのときはよろしくね」
綾乃が言うと、流風も笑顔で応えた。
「潮音ちゃんももういっぺんバレエやってみない? バレエ教室に行けばいつでも体験入門できるよ」
流風にそう言われて潮音が照れくさそうにしていると、優菜が元気そうに声をかけた。
「潮音、退院してからはずっと思いつめたような表情しとったけど、やっと自然に笑えるようになったね」
「うん…でもそれもみんなのおかげだよ。暁子や優菜がいろいろ相手をしてくれて、旅行にまで誘ってくれなかったら…」
「ねえ潮音、せっかくだから外行かない? 優菜も一緒になってさ」
暁子の誘いに、潮音も深くうなづいた。そこで綾乃はまたスマホを取り出すと、潮音と暁子、優菜三人の制服姿を写真に撮った。
そして潮音は玄関で両足に黒光りのする真新しいローファーをはくと、暁子や優菜と一緒に家の外に出て春の夕陽が照らす通りへと駆け出した。
(第一部・完)
「裸足の人魚」は、これで完結です。書きながら自分自身のボキャ貧ぶりを痛感したりもしたし、いっぺんアップしたものを書き直したりしたことも何度もありましたが、なんとかここまでこぎつけることができました。
この「裸足の人魚」のもとになる話を書いたのは、だいぶ昔、2003年ごろのことです。そのころ「TSF」という言葉は今ほどメジャーではありませんでしたが、そのころTSものの投稿小説を集めた「少年少女文庫」というサイトを見て、それに触発されて書いてみたのがはじまりです。
これからだいぶ私も歳を食いましたが、書いてから十年以上がたって社会もだいぶ変化し、「LGBT」と呼ばれる人たちの存在もクローズアップされるようになったのを機に、話の内容を大幅に書き直してみました。しかしどのような作品も「時代遅れ」になる運命からは免れないもので、このへんは難しいところです。最近は制服を男女でスカートもズボンも選べるようにしている地域が増えているといいますが、そうなるとこの話の「男子は学ラン、女子はセーラー服」という前提自体が成り立たなくなってしまうし。
そういうわけで、2020年の新年を迎えたのを機に、自分のやりたいことをやってみようと執筆にとりかかりましたが、その直後からコロナウイルスに世の中が振り回されるようになりました。しかしこれで「ステイホーム」と言われるようになって、執筆の時間が取れるようになったことは皮肉ですね。さらにこのあとがきを書いている途中は九州を中心に各地で集中豪雨による被害が出ており、早く世の中が平和になってほしいと思いながらキーを叩いております。
この話に登場するキャラの中で、個人的に気に入っているキャラは綾乃姉ちゃんです。多少性格に強引なところがありますが、そこがまた魅力というわけで。あとこの話は舞台を神戸に設定したので、関西弁で話すキャラも結構登場しますが、その点読みづらいと感じた人もいるかもしれないとも気になっています。この点についてはいかがでしょうか。
あと、私の書いたものを小説投稿サイトの他の作品と読み比べてみると、「文体がかたくて古臭い」ということは自分でも感じます。しかしこれが自分自身の文章のスタイルなのでなかなか変えるのが難しく、むしろ下手に他人を真似ることもないと思っていますが。「憔悴」「安堵の色を浮かべる」「脳裏に蘇る」といった表現は、いまどきの高校生くらいには少し難しいかもしれませんが、我々も本を読むことを通してこういった言葉を覚えていったわけだし。
さて、この話の続きを書いてみたいという希望もありますが、私のような者にいまどきの女子高生がどんなことを考え、どんな暮らしをしているかなどわかるはずがないから、少々難しいかと思います。これについては、もう少し考える時間をいただきたいと思います。
ともあれ、このつたない話にお付き合いくださりありがとうございます。意見・感想等聞かせて下されば幸いです。




