第二章・スケートに行こう(その3)
そうしているうちに、二学期の終業式は終って学校は冬休みに入った。二学期の終業式と共に高等部の三年生は本格的な授業が完了し、学校に毎日顔を出すのはこれが最後ということもあって、生徒たちの間には三年生との別れを名残惜しそうにしている者もいた。特に千晶の周りには、剣道部の部員だけでなく多くの生徒たちが集まっていたが、千晶の妹の香澄はそれを少し寂しそうな目で眺めていた。
そして紫も、バレエのクリスマス公演を大盛況のうちに成し遂げた。潮音はそれを客席から拍手で見送ったが、バレエの演技を成し遂げたときの紫の晴れやかですがすがしい表情を眺めているだけで、潮音も心の中に何かこみ上げてくるものを感じていた。
スケートリンクもクリスマスが終ってから程なくして年末年始の休業期間に入るので、潮音たちは急いで日取りを決めなければと思っていた。そして実際に潮音たちがスケートに行くことに決めた日取りは、ちょうどクリスマスが過ぎてイルミネーションも片付けられ、街がお正月に向けて慌ただしさを増す頃だった。スケートリンクは神戸の街の中心から新交通システムで橋を渡った人工島の中にあるスポーツ施設に設置されており、潮音たちは新交通システムの発車する三宮の駅で待ち合せてスポーツ施設に向かうことに決めていた。
潮音はそれぞれの家が近い暁子や優菜、紫と一緒の電車に乗って三宮に向かうことにしていたが、その間も暁子はどこか不安そうな顔つきをしていた。暁子にとって、今まで経験のなかったスケートを行うのはやはり不安なようだった。潮音はそのような暁子の表情を見て心の中を察すると、暁子にそっと声をかけてやった。
「どうしたの? 暁子。せっかくみんなと一緒に遊びに行くんだから、そんな浮かない表情してないで、もっと楽しそうにすればいいのに」
それでも暁子が黙ったままでいるのを見て、潮音はさらに言葉を継いだ。
「もしかして暁子、今までスケートやったことないからちゃんとできるか不安なの? そんなの全然気にすることないじゃん。今日は別にスケートの練習をしに行くわけじゃないんだから、下手くそでも全然構わないよ。それに今日はせっかく紫がついて来てくれたんだから、うまくいかないときには紫に教えてもらえばいいよ」
潮音が紫のことを話題にしたのを聞いて、紫も少々戸惑い気味の表情をした。
「そんな…。私だって昔はフィギュアスケートの選手に憧れたことはあるけど、人に教えられるほどの腕はないよ」
「私だってそこまでしてもらおうなんて思ってないよ。それでも今日のこの場に紫がいるのといないのとでは、それだけで全然空気が違うよ。私だってスケートはこれまであまりやったことないけど、紫がいるからちょっと安心できるかな」
潮音の言葉に紫が照れくさそうにしていると、傍らにいた優菜も声をかけた。
「それにしても紫は今日はよう来てくれたな。潮音から聞いたけど、バレエのクリスマス公演がまだ終ったばっかりなんやろ? それでも今日またここに来るなんて、ほんまに大丈夫? バレエの疲れ取れたん?」
「いや、バレエは好きでやってることだからね。それに今日はみんなで一緒に遊びに行けるチャンスなんだから、そんなときに家でグズグズしてばかりいるのももったいないじゃん。やるならやるで、みんな一緒にパーッと楽しまないとね」
紫の話をはたで聞きながら潮音は、紫のフットワークの軽さやバイタリティを見習いたいと思っていた。そのようにして潮音たちが電車の中で会話するのを聞いて、暁子の表情にも少し明るさが戻ってきたようだった。
そうしているうちに電車が三宮の駅に着いて、潮音たちが人工島に向かう新交通システムの駅の改札口に着くと、そこにはすでに光瑠とキャサリン、恭子と美鈴の姿があった。潮音はスポーツの得意な光瑠や美鈴がメンバーの中にいることに少し安堵したものの、潮音のクラスメイトたちの中でも口数が多くてにぎやかな顔ぶれもそろっていたので、これから一筋縄ではいかないことになりそうだと感じていた。そこで潮音は恭子に尋ねてみた。
「恭子ってスケートやったことあるのかよ」
それに対して恭子は、どこか気恥ずかしそうな顔で答えた。
「実を言うと、あたしはスケートって今まであんまりやったことないんやけど…でも何とかなるやろ」
潮音は恭子は紫と一緒に遊ぶのが目的ではないのかと思いながら、冷ややかな目で恭子の方を見ていた。
潮音たちがそのまま三宮駅から新交通システムの電車に乗り込むと、電車はビルの合間を抜けて港を見下ろしながら赤く塗られた橋を渡り、人工島に渡った。その間に潮音はキャサリンに尋ねてみた。
「キャサリンってイギリスに住んでた頃はスケートに行ったりしたことなかったの?」
それに対してキャサリンが答えた。
「はい、イギリスでも冬になるとスケートはけっこう盛んに行われますよ。私も家族や友達と一緒にスケートリンクに行ったことは何回もあります」
「ロンドンのスケートリンクってどんな感じなんか、ちょっと見てみたいわあ」
キャサリンの言葉をそばで聞いていた優菜が、興味深そうにキャサリンに話しかけた。キャサリンもかすかに微笑みを浮べてそれに答えた。
「みんなもいつか一緒にイギリスに行けるといいですね」
「そのときはキャサリンに案内頼んだで」
その優菜の言葉には、キャサリンも苦笑せずにはいられなかった。
そうしているうちに新交通システムはスポーツ施設の最寄駅に着き、潮音たちはみんなで電車を降りると、駅の近くにあるスポーツ施設に足を向けた。
優菜がもらったチケットの枚数だけではその場にいた八人全員が入場することはできないので、潮音たちはスポーツ施設の入口で足りない分の利用券を買い求めると、それぞれの足のサイズに合ったスケート靴を借りてリンクに出た。リンクは冬休み中ということもあって、家族連れや潮音たちのような若者のグループの姿もちらほら見られたが、暁子は一面に広がる氷の面を見つめながら不安そうにしていた。
潮音がこのような暁子の表情を横目に少し気をもんでいる間に、紫はすでにリンクの表面に立ってスケートを始めていた。しかし紫の盤面を軽やかに悠然と滑ってみせるスケート技術の確かさには、潮音だけでなく暁子や優菜までもが目を離せなくなっていた。
「これでスケートは昔ちょっとかじっただけやなんてウソやろ」
優菜は口から驚きの声を漏らしていたが、中等部の頃から紫に憧れていた恭子も、紫のスケートの腕には驚いているようだった。
「紫はバレエかてすごいけど、スケートやってもこんなにすごいとは思わんかったわ」
そう言いながら恭子が紫に憧れるようなうっとりした眼差しを送っているのを見て、潮音はやれやれと思いたくなった。
しかし紫だけでなく、美鈴も割と上手にスケートをこなしてみせた。さらにキャサリンも、すでにロンドンにいた頃からスケートをやっていたというだけのことはあって、スケートの基礎は押さえているようだった。
美鈴が一通りスケートを滑り終えたタイミングを見計らって、潮音は美鈴に尋ねてみた。
「美鈴もスケートけっこううまいよね。ちっちゃな頃から練習してたの?」
「あたしが小学校の頃までおった山あいの町は、冬になるとけっこう寒うなるからね。それでスケートをやる子もおったよ」
そこでキャサリンが口をはさんだ。
「私も今年のゴールデンウィークに天野さんの実家に遊びに行ったけど、景色もきれいですごくのんびりしたところでした。いちご畑で摘んだいちごや、帰りに食べたぼたん鍋もおいしかったです」
「あそこはいちごやぼたん鍋以外にも、おいしいものやったらぎょうさんあるよ。キャサリンももういっぺんくらいあたしの実家に行けたらええのにね」
「はい、ぜひもういっぺん美鈴の実家の町に行ってみたいです」
キャサリンがご機嫌そうに話すのを、美鈴もニコニコしながら聞いていた。
その間に光瑠もスケートのコツをつかんだらしくて、美鈴やキャサリンと一緒にリンクの上を滑っていた。それを見て恭子は言葉を漏らしていた。
「やっぱり光瑠って運動神経ええわ」
さらに優菜もリンクに入って、はじめはスケート靴でリンクの盤面に立つコツを思い浮べていたものの、そのうちにゆっくり滑るくらいはできるようになっていた。潮音がそれを眺めているとそこに紫がやって来て、潮音と恭子に言った。
「潮音はさっきから恭子とおしゃべりばっかりしてるけど、せっかくここに来たんだから少しスケートに挑戦してみたら? 初心者で引け目を感じる気持ちだってわかるけど、このままじっとしていたって何も始まらないじゃん」
紫にそこまで言われたら自分ももはや引下がることはできないと思って、潮音はようやくリンクの上に立つことにした。暁子や恭子といったスケート初心者たちも、潮音に続いてリンクの上に向かった。




