第一章・潮音、アイドルになる(その9)
統一行事のステージが開催されるのは、午後の日が傾きかけて文化祭の二日目もいよいよ大詰めになった頃である。その頃になると展示を終えて後片付けを始めていた部活やクラスもあったが、校庭に設けられた仮設の野外ステージの前には人だかりができていた。
やがてステージの上に華麗できらびやかな衣裳を身にまとった高等部二年の生徒たちが現れると、ステージの前に集まった観衆は拍手と喝采でそれを出迎えた。特に中等部や高等部一年の生徒たちは、先輩たちに熱い視線を向けていたが、特に彼女たちの注目を集めていたのはセンターとしてみんなをまとめる役割をつとめる紫と、長身でクールな人柄で校内でも人気のある光瑠だった。
潮音がそのアイドルの一人としてステージに立ったときには、緊張のあまり身震いがした。潮音はステージに集中していたので、ステージの周りに集まっている観衆の中に自らの家族や昇、漣がいるのかを確かめる余裕もなかった。
その昇と漣も、ステージの観衆の中にいてパフォーマンスが始まるのを待っていた。漣は松風女子学園の生徒たちに囲まれてどこか気づまりな表情をしていたが、昇はそのような漣の肩を軽く叩いて気持ちを落ち着かせてやった。
ちょうどその頃、暁子も手芸部のバザーを切り上げてステージの前に向かうと、人だかりの中でステージの上に潮音の姿がないか目で探していた。その隣には優菜が控えていたが、優菜は暁子の表情を見ると小声でそっとささやきかけた。
「アッコはやっぱり潮音が出とるか気になるん?」
暁子が黙ったまま軽くうなづくと、優菜はやれやれとでも言いたげな顔をした。
――アッコってほんまに潮音のことが気になっとるんやな。そりゃあたしかて、潮音はちょっと無理しすぎやないかと思うことかてあるけど、潮音は自分の考えで行動しとるんやから、アッコかてもっと潮音のことを突き放して見たらええのに。
そのような暁子や優菜の懸念をよそに、やがてスピーカーから大音量で音楽が鳴り出して、それに合わせてステージの上のアイドルに扮した生徒たちもダンスをしながら歌い始めた。潮音はこの日のためにずっと練習してきた成果を今このステージの上に全てぶつけるしかないと覚悟を決めて、必死で周りの生徒たちに合わせてダンスを踊りながら歌ってみせた。
潮音たちが最初に歌った曲は、アップテンポの快活な感じのする曲だった。そこでますます観衆のボルテージが高まると、潮音を不安げな眼差しで眺めていた暁子や優菜もその渦に巻き込まれて、周囲の観衆に合わせて手を振り続けていた。そればかりか、日ごろはクールな昇や、先ほどまで不安げな顔をしていた漣までもが、ステージの上で踊る生徒たちの姿から目を離せなくなっているようだった。
そして最初の曲が終ると、潮音はなんとかしてダンスについていきながら一曲を歌い切ったことに対して、まずはほっと息をつけるような思いがした。周りの生徒たちの中には、すでに肩で息をしている者もいた。
そこで紫が、ステージを取り囲んだ観衆に向かって、勢いよく声を上げながらあいさつをした。
「本日は私たちのパフォーマンスを見に来てくれて本当にありがとうございます。私たちの歌を最後まで聴いて下さい」
紫があいさつとともに一礼すると、それに対してステージを囲んだ観衆たちからは一斉に拍手と歓声が上がった。
潮音がステージの周囲を見渡すと、遥子をはじめとする潮音の一年下の高校一年生たちや、松崎香澄をはじめとする中等部の生徒も、ステージの上の潮音たちに熱い視線を向けていた。後輩たちからもこのように注目されると、潮音は照れくささを感じずにはいられなかった。
そこからさらに潮音が別の方向を見渡すと、観衆たちの片隅で三年生の松崎千晶と椿絵里香が並んで立ちすくんだまま、後輩たちの精一杯のパフォーマンスをじっと見つめているのがかすかに目についた。大学受験と卒業を直前に控えた千晶と絵里香の二人は、潮音たちの姿を眺めながらもこの学校で過ごした日々をどこか名残惜しく感じているようだった。潮音は千晶と絵里香の想いに応えるためにも、このパフォーマンスを何としても成功させなければならないと意を新たにしていた。
それから潮音たちは、ステージの上でダンスと共にアイドルの歌を何曲か歌ってみせた。その間も観衆たちの熱狂はずっと絶えることがなく、潮音たちが一曲歌い終るたびにステージは拍手で包まれた。
潮音と一緒にステージに立った生徒たちの中では、もともとスポーツが得意な光瑠が軽快な足取りでダンスもそつなくこなして、特に後輩たちの注目を一身に集めていた。その一方でもともとあまり運動が得意ではない琴絵は、ダンスの点では他の生徒たちに比べて若干のもたつきが見られたが、それでも必死にみんなについていこうとする姿勢からは、琴絵はやはりアイドルが好きで憧れているのだということがはっきりと感じられた。
パフォーマンスの締めくくりに潮音たちが歌ったのは、穏やかなバラードだった。そして潮音たちは最後に全員で手をつないで、ステージの前の観衆たちに笑顔でお辞儀をした。そのときステージの周りからは、万雷の拍手がしばらくの間鳴り止むことはなかった。紫はそのような観衆たちに対して、何度も「ありがとう」と絶叫していた。
潮音と一緒にステージに立った生徒たちの中には、感極まって涙ぐんでいる者もいた。とはいえ秋の少し赤みを帯びた夕陽に照らされた、ステージの上の少女たちの顔は、そのどれもがみんなで協力し合ってパフォーマンスをやり遂げたという喜びと達成感、そしてすがすがしさにあふれていた。潮音はあらためて、自分がこのステージに立ったことは間違いではなかったと思って、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ちょうどそのとき、潮音の担任の吉野美咲も同僚の山代紗智と一緒に、ステージの観衆の中に紛れて二年生たちのパフォーマンスを眺めていた。ステージの上の二年生たちが万雷の拍手を浴びるのを見守りながら、美咲は紗智に声をかけた。
「私たちがこの学校に通っていた頃は、文化祭の統一行事でこんなアイドルの真似とかはしなかったけど、それでもみんなでこれだけのことをするんだからあの子たちも大したものじゃない」
そこで紗智も相槌を打った。
「ああ、そうよね…。でもこの熱心さを少し勉強にも向けてくれるといいんだけど」
そう話すときの紗智は、少し困ったような顔をしていた。そこで美咲は、少し呆れたような口調で紗智に言った。
「この場でこんなこと言うなんて、さっちんってほんとに野暮よね。こんなときくらい生徒たちのことを温かく見守ってやればいいのに」
「あんたこそ文化祭ではお祭り気分ではしゃいじゃって。生徒として学校通ってた頃と全然変ってないじゃん。そんなことだから理事長先生から、もっと教師としての自覚を持つようにと注意されるのよ」
美咲の傍らでも、紗智は冷静で落ち着いた態度を崩そうとしなかった。
そして潮音たちが手を振りながらステージを後にするとともに、ステージの周りに集まっていた人たちも、ぽつりぽつりとその場から立ち去っていった。昇も帰宅の途につこうとしたが、そこで昇は漣と花梨を駅まで送ることにした。
駅まで向かう途中でも、花梨はやや興奮気味に潮音のアイドルの演技がうまかったと褒めそやしていた。漣も口数こそ少なかったものの、心の中で潮音の姿から何かを感じていたようだった。昇は漣の表情を見ながら、漣ももっと素直に自分の気持ちを人に伝えられるようになれたらいいのにと思っていた。
気がつくとこの小説の字数も百万字をこえていました。この先どこまで続くかはわかりませんが、頑張って書いていきたいと思います。




