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裸足の人魚  作者: やわら碧水
第六部
267/296

第一章・潮音、アイドルになる(その7)

 そしてとうとう、文化祭の当日が来た。校内には模擬店が並び、校舎の中も装飾で華やかに彩られていた。


 潮音が出演するパフォーマンスは二日目の最後に行われるので、潮音は校内のいろいろな展示を見て回る余裕があったものの、潮音は昇と漣がちゃんと来るか気がかりだった。潮音が文化祭の喧騒の中で考え込むようなそぶりをしていると、優菜が寄ってきて声をかけた。


「どないしたん? せっかくの文化祭なんやからもっといろいろ見て回ろうよ。アッコは手芸部のバザーで忙しいみたいやけど」


 それでも潮音が気づまりな表情を崩そうとしないと、優菜はじれったそうな顔をした。


「もしかして潮音はあの尚洋の彼氏がちゃんと来るか心配なん? 潮音もあんな彼氏まで作るんやから隅に置けへんな。でも文化祭は二日間あるんやから、二日目に来るかもしれへんやろ。そんなに気にすることあらへんやん」


 その優菜の言葉を聞いて、潮音もそうかもしれないと思い直した。そして二人はまず、一年桜組の樋沢遥子たちが出演する「ピーターパン」の劇を見るために講堂に向かった。


 潮音と優菜が講堂の客席につくと、そこには紫と光瑠が隣り合って腰を下していた。潮音が驚いていると、紫が小声でそっと話しかけた。


「私たちも後輩たちの劇をちゃんと見ておきたいからね。あ、もうすぐ劇始まるよ。劇が始まったら私語は厳禁だからね」


 紫が潮音を黙らせると、間もなくブザーが鳴って幕が上がり、さっそく劇が始まった。遥子はこの劇の主役であるピーターパンの冒険を、舞台の上で元気いっぱいに演じてみせていた。はきはきとした声が講堂いっぱいに響くのを見て、遥子はこの劇をやるにあたって発声練習もしっかり行ったのだなと潮音は気づいていた。何よりも遥子の明るく快活な様子に観客たちは皆ひきつけられており、劇が終った後の舞台挨拶では、笑顔で観客たちに手を振る遥子や他の出演者たちに対して拍手が鳴り止まなかった。


 劇が終った後で潮音が講堂を後にすると、さっそく講堂の裏手にある楽屋の扉の前に人だかりができていた。潮音がその方に行ってみると、ピーターパンの役を演じ終えたばかりの遥子が、同じ一年桜組の生徒たちに取り囲まれていた。そして遥子のクラスメイトたちは皆、遥子をはじめとする劇で主要な役回りを演じた生徒たちを威勢よく胴上げし始めた。遥子だけでなくそこにいるどの生徒たちの顔も皆、劇をやり遂げたという達成感と喜びに満ちあふれていた。


 胴上げが一段落すると、遥子はさっそく潮音がそばに来ていることに気づいて、元気よく駆け寄ってきた。


「藤坂先輩、私たちの劇を見に来てくれていたのですね」


 そのときの遥子の表情は、笑顔ではちきれそうだった。


「うん。すごく良かったよ。樋沢さんのピーターパンも元気さが出ていて、なかなかのはまり役だったし」


「ほんまやで。樋沢さんのピーターパン、なかなかかわいかったよ」


 潮音と優菜から口々に褒められると、遥子は照れくさそうにしていた。


「いや…そんなこと全然ありませんよ。実は私は去年、中三の受験生で進学先を考えていたときにうちの学校の文化祭を見に行ったのですが、そのときに先輩たちの劇を見て自分も高校に入ったらこんな劇をやってみたいと思ったのですよ。…そのときから私は、ジュリエットの役をやった藤坂先輩のことは知っていたんです。私たちはこの劇をやるにあたって、先輩たちが去年やった『ロミオとジュリエット』の動画を何回も見返しましたが、そのときの先輩たちの演技は本当にすごいとあらためて思いました。特に吹屋先輩のロミオは本当にすらっとしていてかっこよかったですが、藤坂先輩だってジュリエットの役としてロミオの相手をちゃんと演じてたじゃないですか」


 遥子にそこまで言われると、潮音の方がかえって気恥ずかしい思いをした。


「そんなに謙遜しなくてもいいよ。あのピーターパンの役は、樋沢さんのいつもの明るくて元気なキャラクターだからこそできたんだと思うよ。さっきの劇だって、うちの学校を来年受験しようという小学生や中学生も見てたかもしれないね」


 潮音にそのように言われると、遥子はますます照れくさそうに顔を赤らめていた。潮音はいつも元気な遥子がそのような表情を見せるのが意外だった。そこで遥子のそばにいた小春が潮音に声をかけた。


「藤坂先輩…遥子はよく頑張りましたよ。私はこの劇の脚本や演出を担当したけれども、遥子はクラスの誰よりも熱心に練習していました」


 小春に言われると、遥子はますます恥ずかしそうな顔をした。


「小春までそんなこと言わないでよ。あたしがここまでちゃんと劇をやれたのは、小春の書いた脚本や演技の指導がしっかりしていたからだよ」


 小春も遥子の言葉にこたえて言った。


「それを言うんだったら、音響や照明、道具や衣裳づくりで協力してくれたクラスのみんなのおかげだってあるんじゃない? すぴかだってファッション同好会の活動で忙しい中で、衣裳のデザインをやってくれたし」


 そこで潮音は、遥子と小春の双方をなだめるように言った。


「樋沢さんがここまで練習を頑張れたのは、もちろん壬生さんをはじめとするクラスのみんなが協力してくれたおかげもあるけれども、やっぱり樋沢さんにはフットサルを通して培ってきた体力やガッツ、根性があるからじゃないかな。でもフットサルをやるのもいいけど、そのガッツや根性で勉強もしっかりやらなきゃね」


 潮音に勉強の話を持ち出されると遥子はいやそうな顔をしたが、小春はそれをニコニコしながら眺めていた。しかしそこで、潮音の背後から声がした。


「やっぱり潮音って後輩たちから人気があるのね」


 紫の声だった。潮音が振り向くと、そこに紫と光瑠が並んで立っていた。生徒会長の紫と、後輩たちにカリスマ的な人気がある光瑠が姿を現しただけで、そこにいた一年生たちはみんな顔色を変えて、その場全体の空気が引き締ったような感じがした。そこで紫はそんなにかしこまらなくてもいいと言って一年生たちを落ち着かせた後で、遥子を向き直して温和な口調で声をかけた。


「あの劇は私たちも見てたけど、一年生たちもみんなよく頑張ったじゃない。特に樋沢さんのピーターパンは、元気溌溂(はつらつ)としているところが良かったわ」


 紫に褒められると、遥子だけでなくその場に居合わせた桜組の一年生みんなが嬉しそうな顔をした。そこで小春は、潮音たち二年生に言った。


「先輩、これからこの講堂ではすぴかたちのファッション同好会がファッションショーをやりますよ。せっかくだから先輩たちも見ていきませんか?」


 潮音と優菜もその小春の言に従って、すぴかたちの行うファッションショーを見に行くことにした。しかしそのとき、紫と光瑠までもが自分たちについて行ったのには、潮音も若干の気後れを感じていた。紫はファッション同好会の活動の実態をきちんと見ておく必要があると考えているようだったが、それだけに潮音はすぴかたちがなんとかしてこのファッションショーを成功させてほしいと願わずにはいられなかった。


 ファッションショーが始まると、すぴかをはじめとするファッション同好会のメンバーたちが、まばゆい照明に照らされながら自分たちでデザインした服をまとって、次々と立ち代わりステージの上に登場した。この服の数々を眺めているだけでも、すぴかたちが服のデザインにあたってメンバー同士で活発に意見を出し合い、みんなで協力しながら服の制作にあたった様子がありありと伝わってきた。潮音の隣の席でファッションショーを見守っていた紫も、ファッション同好会のメンバーたちが本当にファッションのことが好きという思いから積極的に活動しており、その活動に充実感を感じていることを認めないわけにはいかないようだった。ファッションショーが終ったときには、客席からは拍手が鳴り止まなかった。


 ファッションショーが終ったときには、潮音もあっという間に時間が経ったような気がしていた。潮音が席を立って紫と一緒に講堂を後にすると、紫もファッションショーに満足したような顔をしていた。


「あの子たちもずいぶん頑張ってるじゃない。私は四月に一年の子がファッション同好会を作りたいと言い出したときは、本当に大丈夫なのかと思ったけど、どうやら反省しなきゃいけないみたいね」


 そして紫は、笑顔を浮べてそばにいた光瑠にも顔を向けた。


「光瑠もモデルとしてファッションショーに出てみたら? 光瑠だったらかっこいい服もかわいい服も、きちんと着こなしそうな気がするけど」


「冗談はよしてよ」


 紫が茶化したような言い方をするのには、光瑠も困ったような表情をしていた。するとそこで、紫に対して元気な声をかける者がいた。


「お姉ちゃん」


 その声の主は、紫の双子の妹の萌葱と浅葱だった。この二人は紫の母親の幸枝に付き添われていたが、紫の姿を見るなり元気に駆け寄ってきた。さっそく紫は、光瑠をはじめとするクラスメイトたちに萌葱と浅葱を紹介した。


「紹介するね。この二人は私の双子の妹で、萌葱と浅葱っていうんだ。うちの学校はこれから中学や高校を受験しようとする小学生や中学生の子たちにも文化祭を開放しているけれども、それでこの子たちは今日文化祭に来ているの。二人とも今小六で、来年が中学受験だからね。今日も午前中は二人で塾に行っていて、その後でここに来たの」


 潮音はバレエ教室ですでに萌葱と浅葱とは顔見知りだったが、かわいらしい感じのする萌葱と浅葱はさっそく紫のクラスメイトたちの注目の的となっていた。そしてそのまま、紫は萌葱と浅葱を連れて文化祭の各展示の案内に向かった。それを見送りながら優菜は口を開いた。


「あの子たち、来年うちの学校受験するんかな。あの子たちが入学したら学校もにぎやかになりそうやけど」


「その前に入試に受からないことには何にもならないけどな。紫はいつも、あの二人は来年受験だというのに全然勉強しないってぶつくさ言ってるけど」


 それから潮音は、優菜と一緒に文化祭の会場を見て回った。その中でも特に潮音が行きたいと思っていたのは美術部の展示だった。潮音は真桜が美術部の部室でカンバスに向かっているところを目にしただけに、真桜がどんな油絵を仕上げたのかを楽しみにしていた。


 美術部の展示は、観客でにぎわう校舎の中では、来場者も少なくどこかがらんと静まり返っていた。潮音が美術部の展示が行われている教室の入口で応対をしていた真桜に軽くあいさつをすると、真桜はさっそく潮音と優菜を北海道の風景を描いた油絵の前へと案内した。その油絵の豊かな色彩と繊細な筆致を前にすると、絵画にはあまり詳しくない潮音も心の中に何かこみ上げてくるものがあった。潮音と一緒にいた優菜も、真桜の画力を認めたようだった。


「国岡さんってめっちゃ絵うまいな。どっかその才能を活かせるような仕事に就けばええのに」


 優菜は真桜の油絵を眺めながら、自分も真桜と同じ班で行動した修学旅行のことを思い出しているようだった。しかし真桜は優菜の言葉に対しても、どこか考え込むようなそぶりをしていた。潮音はいくら絵が上手でも、それを生活の手段にするのはいろいろ大変なのかもしれないと感じていた。


 それから潮音と優菜は、校舎の中のいくつかの展示を見て回った。書道部の展示では、柚木芽実の書いた力強い書に潮音と優菜は目を引きつけられた。潮音と優菜がその後で、暁子が所属している手芸部のバザーに向かうと、会場にいた暁子も元気に手を振った。その傍らには松崎香澄の姿もあった。


「先輩たちも手芸部のバザーを見て行って下さい」


「アッコも張り切っとるな。これみんなアッコの手作りやろ」


 潮音も優菜と一緒に暁子が作ったマスコットなどを眺めながら言った。


「暁子ってこういう手芸とかけっこう得意だよな。この人形かわいいじゃん」


「いや、私なんかまだまだだよ。ところで潮音は明日の統一行事に出るんでしょ? 大変かもしれないけど頑張ってね」


 その話をそばで聞いていた香澄も、嬉しそうに声をあげた。


「藤坂先輩のアイドルパフォーマンス、楽しみにしてますよ。ぜひともがんばって下さいね」


 香澄の明るく屈託のない態度を前にしては、潮音も苦笑する以外にはなかった。


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