第七章・TOKYO(その8)
その翌日は、いよいよ潮音たちが東京旅行を終えて神戸に戻る日だった。潮音たちの乗る新幹線は夕方に東京を発車するので、それまで真由美が潮音たちに都内のいろいろなところを案内することになった。潮音たちと知り合ったばかりのみなもも、是非一緒に行きたいと言った。
潮音たちが真由美の家で朝食を取っている間も、暁子や優菜は真由美やその家族と別れるのを名残惜しそうにしていた。真由美の母親の好美は、そのうちにまたいつでも東京に行けると暁子たちをなだめていた。
朝食が済むと潮音たちはキャリーバッグに荷物をまとめて服装を整えると、数日間世話になったことに対して真由美の両親に丁寧にお礼を言った。
「すみません…何日もここにお邪魔して迷惑じゃなかったですか。夜中までおしゃべりしたりして」
それに対する好美の反応は、あくまでも明るかった。
「迷惑なんてとんでもない。真由美にとっても新しい友達ができたみたいだし、私たちも楽しかったわ。これからも東京に来る用事があったらいつでもいらっしゃい」
潮音たちが真由美の家を後にして、駅前でみなもと落ち合うと、みなもは相変らず身軽でボーイッシュな装いをしていた。
真由美が潮音たちを案内してまず向かった先は原宿だった。電車が原宿に着いて、潮音が竹下通りに案内されると、まず狭い通りにあふれる人並みに圧倒された。そればかりか通りを歩く若者たちのファッションや、店頭に並ぶカラフルな雑貨の数々も、潮音たちの目を引いた。みなもはストリートカジュアル系のファッションやエスニックな小物には目を向けたものの、おしゃれな感じの制服を扱っている店があったのには、少し気後れするようなそぶりを見せていた。
竹下通りを一通り散策した後で、潮音たちは通りの一角のクレープ屋で一休みすることにした。みんなでクリームやフルーツをふんわりした生地でくるんだクレープを味わっていると、暁子が周囲を見渡しながらふと息をついて言った。
「やっぱり原宿の子たちはみんなおしゃれでかわいいよね」
真由美の目には、暁子がどこか気後れしているように見えたようだった。
「おしゃれは自分らしいスタイルでやるのが一番だよ。変に人と比べることなんかないじゃん」
しかしそこで、潮音はみなもの反応が気になっていた。そこで潮音はあえてみなもに尋ねてみた。
「みなもはこうやって街に買い物に行ったりすることあるの?」
それに対して、みなもは少し恥ずかしそうに答えた。
「そりゃぼくはあまり女の子みたいなかっこするのは苦手だけど…ここにはストリートカジュアル系の服を扱っている店だってあるし、服以外にもいろんなものを扱っている店だってあるから、ここにときどき来ることがあるんだ」
しかしここでみなもは、言葉を抑え気味になった。
「ぼくが中学生の頃、学校に居場所がなくて、それで親とも関係が良くなくて困っていたときには、電車に乗ってここに来たこともあるんだ。この街はたしかに迷路みたいにごちゃごちゃしてるけど、むしろだからこそここに来ていろんなものを眺めていると、いやなことがあっても少しは気が紛れたし、それに何よりこの街には自分の居場所があるような気がしたから…。同じ理由で下北沢にもよく行くかな」
潮音はこのみなもの話を聞いていて、少し考え込まずにはいられなかった。自分の場合は綾乃や流風をはじめとする家族や親戚、暁子や優菜のような友達が支えてくれたし、高校に入ってからも紫をはじめとする周囲の生徒や学校は自分のことを理解し受け入れてくれた。でもみなもはそのような、自分のことをわかってくれる人すらいない環境でただ一人で過ごしてきたのだろうかと考えると、潮音は胸が痛まずにはいられなかった。
さらに潮音が思い出していたのは、漣のことだった。漣だって幼少の頃から周囲に溶け込むことができずに悩んでいたところに、自分と同じように男から女になってより周りとの間に壁を感じなければならなくなったことを思うと、誰もが心の中に悩みを抱えているのだと思わずにはいられなかった。潮音はしばらく漣にも会っていなかったので、そろそろ会って話をしなければと思っていた。
それから潮音たちは、原宿の街から山手線をはさんだ向こう側にある明治神宮に向かった。潮音や暁子、優菜は繁華街のすぐそばにこのような鬱蒼とした広大な森が広がっていることに驚いたが、先ほどまで夏の炎天下のごった返す人ごみの中を歩いてきただけに、木陰からそよぐ風に吹かれるとほっと息をついた。それでも潮音たちは、しんと静まり返った森の中の玉砂利を敷きつめた道をかなり歩かないと本殿にたどり着けない、潮音の知っているような神社から見たら桁違いの明治神宮の規模には驚かずにはいられなかった。
明治神宮で参拝を済ませて引いたおみくじを互いに見せ合うと、真由美はここからなら渋谷には歩いても行けるから、渋谷に行こうと言った。
みんなが真由美の提案に同意して渋谷に向かうと、スペイン坂の周辺に連なるおしゃれな店の数々に目を奪われていた。そして渋谷駅前のスクランブル交差点まで来ると、優菜は多くの人が信号機に従って横断歩道を渡るのを見て、あらためてその人ごみに驚いているようだった。
「ここの交差点は今までテレビでもよう見とったけど、ほんまに人がぎょうさんおるな」
そこからさらに、潮音たちは渋谷の駅前に佇んでいるハチ公の銅像にも足を向けた。
「ハチ公って片っぽの耳が垂れてるなんて知らなかったよ」
暁子がハチ公の耳をもの珍しそうに見ていると、優菜も周りを見渡しながら言った。
「でもここ、待ち合わせ場所と言うても、こんなに人がぎょうさんおったらかえって迷いそうやな」
さらにはみんなで渋谷スカイに行こうとしたとき、みなもはもじもじしていて乗り気ではなさそうだった。それでもエレベーターを降りてオープンデッキの展望台に立つと、そこから渋谷の街が一望できるのには潮音も思わず目を細めていた。暁子や優菜も、この展望台のスケールには驚いているようだった。
「こうやってガラス越しじゃなくて、東京の街の景色を生でみられるのがすごいよね。スリルあるわ」
「でもこうして見ると、やっぱり東京ってどこまで行っても家が続いとるな」
しかしみなもは展望台の端にも行こうとせずに、おどおどした顔をして縮こまっていた。潮音は声も出さずにただ怖そうにしているみなもを見て、みなもは案外高所恐怖症なのかもと思った。
真由美もみなものそのような様子に気がついたようで、すまなさそうにみなもに声をかけた。
「ごめんみなも。みなもが高所恐怖症だなんて知らなかったから。だったら無理しないで、下で待っていても良かったのに」
真由美に声をかけられても、みなもは軽くうなづくのみだった。そこで真由美は場の空気を変えようと、みんなに提案した。
「潮音たちが新幹線に乗る時間までまだ少し余裕があるから、せっかくだからお台場に行ってみない? そこにもいろんな面白いスポットがあるよ」
「ええな。あたしもお台場には行ってみたかったんや」
真由美の提案には、優菜も乗り気になっているようだった。




